もふもふメイドは魔王の溺愛に気づかない

美雨音ハル

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第3章 赤髪のルーチェ、襲来

初恋?

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 まだ孤児院に入ったばかりの頃の夢だった。
 獣人は、人間界での地位がかなり低く、迫害の対象になっていた。
 重税により貧しく、飢えた町の孤児院に預けられたショコラは、言わずもがな、人間たちに虐げられ、ひどい暮らしをさせられていた。
 食事を抜かれるのはいい方で、ひどいときには暴力の対象にもなっていた。それでも幼いショコラにはそこしか居場所がなかったのだ。

 ある日のこと。
 ショコラは胸に焼き芋を抱えて、近くの寂れた公園を通りかかった。
 何日も食事を抜かれてフラフラになっていたショコラに、優しい老婦人が食べ物を買って与えてくれたのだ。

 これを他の子どもたちに見つかっては取られてしまう。
 今食べなければ死んでしまうと思うほどには、ショコラは腹を空かせていた。
 ショコラはこれを隠れて食べようと、公園へ向かっていた。
 いつも寂れている、誰もいない公園。
 ところがその日は、先客がいた。

 ベンチに、ひとりの男が腰をかけていたのだ。
 背はかなり高く、黒い軍服のようなものを着ている。
 さらりとした黒髪が目元を隠していて、その表情は分からない。
 けれどショコラは、なんとなく、その人のことが気になった。
 明らかに体調が悪そうな気がしたからだ。
 放ってはおけない。
 そう思った。

 そろりそろりと近づいていけば、ぴく、と男は反応して、顔を上げた。

 ずいぶんと整った顔立ちをした男だった。
 全身真っ黒の中、目だけは冴え渡る青空のように、澄み切っている。
 ショコラは驚いた。
 こんなに美しい男を見たことがなかったからだ。
 不思議な魅力を持つ男だと思った。
 
「……獣人?」

 男はかすれた声でつぶやいた。

「なんでこんなところに」

「……あ、の」

 ショコラはおろおろと、男を見た。
 顔色が悪い。
 今にも倒れてしまいそうだ。

「お腹、いたいですか?」

「え?」

「すごく、あの……しんどそうだから」

「……」

 男はゆっくりと瞬きすると、口をつぐんだ。
 それから再び、うつむいてしまう。
 ショコラはどうしていいか分からなくなって、そろりそろりと男に近づいた。

 それから、男の顔を覗き込んだ。

「これ、あげるから……」

 手に持っていたあたたかな芋を、男に差し出す。
 
「おにいさん、元気だして……」

 すると、男は顔を上げた。

「君……」

 何かいいかけて、やめる。
 ショコラは男の横に腰をかけると、焼き芋を二つに割った。

「あ」

 半分こしたつもりだったが、明らかに大きい方と小さい方に別れてしまっている。
 ショコラはがーん、となったものの、ぶんぶんと首を横に振って、大きい方を男の手に握らせた。

「おにいさんの手、冷たい……。これであったかくしてください」

 男はショコラにされるがまま、芋を握らされる。
 けれどそのあたたかさが移ろっていくように、男の顔色は少しよくなった気がした。

 ショコラは自分の空腹も我慢できなくなってしまって、ぱく、と芋を頬張った。甘くてとても美味しい。
 男はぼうっとそれを見つめていた。

「疲れた」

「……え?」

 男はぽつりとつぶやいた。

「これでよかったのかと。僕には分からない」

「?」

 ショコラは男が何を言っているのかよくわからなくて、首をかしげた。
 けれどショコラなりに一生懸命考えて、言葉を紡ぐ。

「おにいさん、疲れちゃったんですか?」

「うん」

「じゃあ、わたしと一緒におやすみしましょう」

 男がショコラを見る。

「一緒におやすみしたら、きっとよくなります」

 ショコラが微笑んでみせると、男は目を見開いた。

「本当に?」

 すがるような声で呟く。

「本当に、僕と一緒にいてくれるのかい」

「はい!」

 ショコラは男を励ますのに必死だった。
 自分も疲弊しているのに、この男を構わずにはいられない。

「お芋、おいしいです。あまいですよ」

 そういって、がぶ、と芋を頬張ってみせた。

「おひいはんほ、はへて」

 もぐもぐと頬張りながらそういえば、男は手元の芋に視線を落とした。
 それからようやく、一口かじる。

「味が……」

「?」

「味が、する」

 ショコラはごく、と芋を飲み込んでいった。

「このおいも、おいしいですね。さっき、親切なおばあさんにもらいました」

「……そう」

 男はショコラを見て言った。

「君、名前はなんていうの」

 ショコラは目を瞬かせた。

「ショコラの名前は、ショコラです」

「……ショコラ」

 男はかすかに微笑む。
 その顔があまりにも綺麗で、ショコラはどきりとしてしまった。
 ほうけたように男を見ていると、男はぽん、と手をショコラの頭に乗せた。

「いい子だね、ショコラ」

 ──頭を撫でられた。
 
 ポッとショコラの頬が赤くなる。
 ちょろりとしっぽが揺れた。

(いい子……)

 そんなことを言われたのはいつぶりだろうか。

「あなたの、名前は……」

 男が口を開いた。
 けれどそれはぐにゃりと歪んで、消えてしまった。

 ◆

 ちゅんちゅんと小鳥の鳴く声で目がさめた。

「ん……?」

 目をこしこしとこすって、起き上がる。
 部屋には朝の光が満ちていた。

「あれ? なんだ、夢か……」

 ずいぶん昔のことを夢に見たものだ。
 ショコラはまだ薄暗い外を見て、ぽつりと呟いた。

「あの人……元気だったらいいな」

 それが初恋だったのかはよくわからない。
 顔もあまり覚えていないし。
 けれどあれからというもの、ショコラは何度かあの男を思い出すことがあった。
 辛い時、あの人はどうしているのかな、と。
 元気になっていればいいけれど。

「あれ? そういえば、あの人……ご主人様と似たようなこと、いっていたような気が……」

 ショコラは首をかしげた。

「……ご主人様の言葉がきっと、夢とまじっちゃったんですね」

 どことなく夢の中の背の高いイケメンも、ご主人様に似ていた気がしたし。

 うんうんと頷いて、ショコラはぐうっと伸びをした。
 今日もいい一日になりそうだ。



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