もふもふメイドは魔王の溺愛に気づかない

美雨音ハル

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第3章 赤髪のルーチェ、襲来

赤髪のルーチェ

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 昼寝をしているラグナルを置いて、ショコラは館の掃除をしていた。
 シュロは朝からエルフの里に出かけていたし、ヤマトとリリィはダイニングルームで昼ドラを見ていた。ミルとメルもどこかへ遊びに行ってしまったようで、館の中は静かだった。
 ショコラが玄関の掃除をしていると、ふと、窓からコツンと何かがぶつかったような音が聞こえてきた。

「?」

 何かぶつかったのかと、ショコラは窓を見る。
 けれど特に、何もなかった。
 しかし。

「あれっ?」

 ショコラは窓から外を見て、驚いてしまった。
 外に、ショコラのパジャマが落ちていたからだ。

「なんであんなところに……あれ、向こうにも!」

 ショコラはモップを放って、慌てて外へ出て行った。
 パジャマの上着を拾うと、門の方にズボンが落ちていることに気づく。
 さらにその先には靴下が落ちていた。

「うわぁ、風で飛んで行っちゃったのかなぁ」

 ショコラはまるで、パジャマに導かれるようにして、いつの間にか館から離れてしまっていた。

 ◆

「うーん、これで全部ですかね?」

 ショコラが荷物を全部回収しきった頃には、なぜか近くの林の中にいた。ショコラの衣服のありとあらゆるものが、外にばらまかれていたのである。

「でも、どうして……」

 ショコラが最後の靴下を拾って立ち上がると、首をかしげる。
 そして自分のいる場所を見て、ぎょっとしてしまった。

「わ、こんなところまで来てしまいました!」

 ショコラはおろおろと来た道を戻る。

「早く帰らなきゃ」

 しかし、林の出口をふさぐ者がいた。

「そうはさせないわよ、犬の娘!」

 腕を組み、仁王立ちする女。
 赤い帽子をかぶった女は、ショコラの帰り道を阻むように、立ちふさがった。

「えっ……誰?」

 ショコラは荷物を抱えたまま、きょとんとした。
 けれどなんだか、その声と姿に覚えがある気がして、しばらくうーんと考える。そしてそれが、一昨日知り合ったばかりの女だということに気づいた。

「あれ……配達屋さんじゃないですか! どうしたんですか、こんなところで」

 ショコラがしっぽを振ってそう声をかけると、女はニィッと笑った。

「ふふ。残念だけど、館には返さないわよ」

「えっ?」

 ショコラは目を瞬かせる。

「な、なんでですか? ショコラは帰ってご主人様のお世話をしないといけないのですが……」

「なんでかって?」

 目深にかぶっていた赤い帽子のつばに手をかける。

「あんたが邪魔だからよッ!」

 女は帽子を脱ぎ捨てた。

「えっ……」

 ショコラは驚いて、言葉を失ってしまう。
 帽子を脱いだ女は、見たこともないほど鮮やかな、美しい赤色の髪を二つに結わえた女だった。
 化粧が濃く、気が強そうではあるが、大層な美人だ。

「このあたしを見たことがないなんて、言わせないわよ!」

 唖然とするショコラに、女はにいっと笑っていう。

「アスラルド公爵が長女、ルーチェ・レドグ・オリエルダ・アスラルド。赤髪のルーチェとは、あたしのことよ!」

 ショコラはご丁寧なその挨拶を聞いて、目をぱちくりさせた。

「え……すみません、もう一度言っていただけますか?」

 ルーチェは肩すかしをくらったように、ふらついた。

「な……あたしを知らないっていうの!? 魔界の貴族一、古い血筋の家柄! 社交界の紅薔薇! この国の女性の中で、最も高貴な血筋を持つ女じゃない!」

「す、すみません、ショコラは魔界に来たばかりで、物知りじゃなくて……」

 ショコラは慌てて謝った。
 けれどなんだか、ルーチェの鮮やかな赤い髪に見覚えがあるような気がして、首をかしげた。

「あれ、でも、やっぱりどこかで見たことがあるような……」

「あったりまえじゃない! あたし、服や化粧やシャンプーや、いろんなブランドのイメージモデルやってんだから! CMにだって出てんのよ!」

 そう言われて、ショコラはふと気づいた。
 リリィとシュロと一緒に見ていたテレビに映っていた、シャンプーのCM。見事な赤くてサラサラの髪に、目を奪われたのを覚えている。

「あ、あれぇっ!? もしかして、『ポンテーン』のCMに出てた人です!?」

「ふんっ、そうよ、やっとわかったの?」

「す、すごいですっ! ショコラ、そういう人に初めて会いました!」

 ショコラは荷物を地面に置いて、しっぽを振り回してルーチェの元に駆けていく。

「ルーチェさん、握手してください!」

「ふふ、わかってんじゃない。なんならサインも……ってちがーう!」

 ルーチェはショコラの手を振り払って、怒った。

「あたしはね、ラグを取り戻すためにここに来たのっ!」

「ぅえ?」

 ショコラは目を白黒させた。
 ルーチェが何を言っているのか、さっぱり分からない。

「と、とりもどす……? 一体誰から?」

 ルーチェは腰に手を当てて、ピシッとショコラを指さした。

「決まってんじゃない! 毒婦《あんた》からラグと取り戻すためよ!」

「わたし!?」

(話についていけない……)

 ショコラは混乱しきった頭で、ルーチェを見た。

「あのラグが、こんな田舎で暮らすなんてありえないわ。それもあんたみたいな芋女を連れてきて!」

「で、でもご主人様は、今の暮らしがとても楽しそうですけど」

「はぁ? そんなわけないじゃない。あんた、ラグの何を知ってんのよ?」

 そう言われれば、ショコラは確かに、と思った。
 ショコラはあまりラグナルのことを知らない。
 特にこの館に来る前、魔王として王座についていたときのラグナルは。

「ラグは、こんなところにいるべき男じゃないのよ。ラグはもっと、傅かれて、尊敬されて、大切にされるべき男なんだから! こんな不便な田舎に、あんたみたいな犬っころと暮らすなんて、頭がおかしいわ!」

(それもそうなのかも……)

 ショコラはルーチェの言っていることに頷けた。

「なんでご主人様って、こんなところで暮らしているんでしょうか?」

 逆にそう問うショコラに、ルーチェは目を見開いた。

「な、なんでって言われても……あたしに聞かないでよ! 一時の気の迷いなんじゃないの!? あんたとなんて……」

「?」

 話しているうちに、ルーチェはぶるぶると震え始めた。
 そしてついに、ショコラに掴みかかる。

「どうせ、このあざとい耳としっぽで、ラグを誘惑したんでしょ!?」

「え!? ちょ、ちょっと……」

「あんたなんてねぇ、この耳としっぽがなきゃ、ただの平凡な女なんだから! ほんのちょっと可愛いからって、調子乗ってんじゃないわよ!」

「いたいいたい! ちょ、取れます! 引っこ抜けますー!」

 つかみかかってくるルーチェに、慌ててショコラは逃げ出した。
 林の中を必死に逃げる。

 けれどその背中に、ルーチェの高笑いが響いた。

「ばーか! そっちには『チビ』がいるのよ! さあチビ、痛い目見せてやりなさいッ!」

 ルーチェがそう叫んだ瞬間、逃げるショコラの前方に、巨大な影が横切った。
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