もふもふメイドは魔王の溺愛に気づかない

美雨音ハル

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第2章 王弟ロロ&秘書コレット襲来

レインブーツとカタツムリ

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 ゴロゴロゴロ……。
 
 魔界は梅雨入りをし、じめじめと天気が悪くなってきた。
 空は暗く、雷鳴が轟いている。

 王宮のある一室。
 そんな天気を窓から眺める男がいた。

「やっぱり、もう限界だ」

 男はそう言うと、深いため息を吐いた。
 その男のすぐ後ろに侍っていた女……秘書のコレットが、呆れたような、何かを言いたそうな顔で、その後ろ姿を眺めていた。

「今まで何回も君に止められてきたけど。俺には無理だったんだよ」

「無理も何も、陛下のご命令ですから……」

「たとえ兄さんだろうと、俺を止めることはできないよ」

 ピカッと雷が光る。
 金色の髪に青い瞳が、パッと浮き上がった。

「コレット、予定を調整してくれないか」

「いけません。陛下のご命令です」

「いいや。俺が心配しているのは別のことだよ」

「……それは」

「気になるんだよ。コレットだってそうだろ?」

 男は振り返ると、机の上においてあった書類に目を落とした。

「俺、思うんだけど」

「……何でしょう」

「この子、一度兄さんから離した方がいいんじゃないか」

 再びピカッと雷が光る。
 机の上の書類には、ショコラの顔写真や、何やら彼女のことについてまとめられていた。
 それらには極秘のスタンプが押してある。

「コレットは心配じゃないの?」

「……まあ、気になりますけど」

 コレットは、少し迷ったように書類を瞳にうつした。
 それからついと視線を上げて、男を見る。

「そんなに言うなら、私が一度、見てきましょうか」

「……君が?」

「はい。あなた様よりは、私の方がばれにくいでしょうし。他の者たちから報告を聞くよりも、安心されるでしょう?」

「……じゃあ、それで君が俺の視察が必要だと思ったら、予定を調整してくれるか?」

「……ええ」

 まあ、そんな必要はないと思いますが、と女性は呟いた。

「分かった。少し様子を見てきてくれ」

「承知いたしました」

 女性は静かに頷くと、部屋を後にした。
 
 ◆

『魔界は梅雨入りを果たし、王都では昨晩、今年最大の降水量を記録しました……』

 ぱちぱちと雨粒が窓を叩く。
 綺麗な水滴がガラスを伝い、小さな丸い点を残して、地面に落ちていった。
 そんな様子をショコラは窓に手をつけて見ていた。
 今日は朝起きてから、ずっと雨だ。
 というか、最近ずっと雨だ。
 季節は「梅雨」というものに入ったらしく、雨が続くらしい。
 ラグナルも雨が続き、寝起きがとても悪かった。
 雨の日は特に目覚めが悪い。
 ミルとメルもラグナルのベッドでくうくうと眠っていた。

「雨、続きますね」

「もう梅雨ですからねぇ」

 朝食を終えて、のんびりとお茶をすすっていたリリィが、窓を見つめるショコラを視界にいれて呟いた。

「移動中の雨は困りますけど、こうして雨音を聞きながら飲むお茶も乙なものですね」

「ショコラも雨は嫌いじゃないです。かたつむりとか見たいです」

「今は紫陽花も綺麗ですよ」

「紫陽花?」

「小さなお花が集まって、丸い形を作るんです。すぐそこのバス停のところに咲いてますよ」

 バス停は館のすぐそばにある。

「へえ、そうなんですか。お散歩しようかなぁ」

「昨日モンスターはラグナル様が駆除しましたから、お散歩にいっても大丈夫ですよ」

「あ、じゃあ私、すぐそこまでお散歩してきますね」

 そう言ってしっぽをちょろりと振るうと、リリィが「あ」と声を上げた。

「そういえばこの間ネットでかわいい雨具があって、せっかくだからって一式揃えたんですよ」

「雨具?」

「長靴とカッパとかわいい傘です。ちょっと待っていてくださいね」

 そう言ってリリィは、いつも通販したものをしまう倉庫へと向かった。
 そして戻ってきたときには、その手に黄色い雨具と赤い傘、それにレインブーツを持っていた。

「これですこれ、アヒルさんポンチョ」

 リリィが広げたそれは、フードの部分にアヒルの顔と嘴のついた、かわいいポンチョだった。明らかに子ども向けなのだが……。
 誰が着るのか?
 もちろんショコラなのである。

「これを着ると濡れないんですか?」

 ショコラは首をかしげた。

「防水なんですよ、これ」

 そう言ってリリィはシャカシャカと音を鳴らす。

「外にいくなら、これを着てくださいな」

 リリィはショコラにポンチョを着せてやった。

「外に出るなら一応、傘も差してくださいね」

「はい」

 こうしてショコラはアヒルさんポンチョを着て、雨の日のおさんぽにいくことになったのだった。

 ◆

 雨の音。
 水の染み込んだ土の匂い。
 ショコラはそれらが嫌いじゃなかった。

 雨の日はココアでも飲みながら読書をしたり。
 映画を見たりするのもいい。
 良い天気だと家にいることに罪悪感を覚えるが、雨が降っているとなんだか家にいても許されるような、そんな気分になる。
 雨は特別な日だ。

 山の麓はみずみずしい香りで満ちていた。
 サアサアと降り注ぐ水滴の中を、赤い傘をさしたショコラが歩く。
 ちゃぷちゃぷと水たまりを踏んで、ショコラは喜んだ。
 不思議だ。水たまりの中に足を入れているのに、水が沁みてこない。
 そういう素材なのだから当たり前なのだが、ずっと人間界にいたショコラにとっては、そういうことでさえ新鮮に感じるのだった。
 何しろ人間界の技術は遅れている。
 魔法の力で発展した魔界には、あと何百年かしないと技術が追いつかないだろう。

 リリィに教えてもらった紫陽花がみえるというバス停付近まで、ショコラはやってきた。
 
「あ、見つけた!」

 ショコラはバス停の近くに咲いていた、紫陽花の群生を見つけた。
 薄青に、ピンク。
 小さな花が集まって、雨水を受け、水滴をこぼしている。

「わあ、綺麗……」

 ショコラはしゃがみこんで、紫陽花を眺めた。

「雨じゃなかったら、画材を持ってきたのにな」

 ショコラがこの館にきたばかりの頃、みんなが歓迎会を開いてくれた。そのときにショコラはシュロに画材を一式プレゼントされたのだ。
 あれからショコラは暇を見つけては、スケッチブックに絵を描いている。本格的なものではなくお絵かき程度だが、ショコラはそれだけでも十分楽しいのだった。

(でも雨の日の方が、このお花は綺麗に見えそう)

 ショコラはそう思いながら、しばらく紫陽花を眺めていた。
 すると、紫陽花の葉っぱを這う何かが目に止まる。

「かわいい~!」 

 紫陽花の葉の上をノロノロと這うかたつむりを発見して、ショコラは目を輝かせた。ぐるぐる巻きの家をしょって、触覚をうにうにと動かしている。
 
「ふふ。葉っぱを食べるのかなぁ」

 雨に濡れる花とかたつむりを、ショコラはじいっと眺めていたのだった。
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