もふもふメイドは魔王の溺愛に気づかない

美雨音ハル

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第2章 王弟ロロ&秘書コレット襲来

雨の日の出会い

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 ショコラは紫陽花とかたつむりを十分に楽しんだ後、立ち上がった。
 そろそろ館の掃除をしないといけない。

「ちょっと蒸れてきた……」

 カッパをずっとかぶっていると、頭がかゆくなってきた。
 フードをずらして、ふわふわの耳をひょこんと出す。
 雨のせいか、ショコラの髪はぴょこぴょことあちこちに跳ねていた。

「ショコラの髪もご主人様みたいにまっすぐでサラサラだったらいいのに……」

 顔をしかめながら、髪を指で梳く。
 館へ帰ろうと歩き出したとき、ふと、トタン屋根がついたバス停に、誰かが座っているような気配がした。

「……?」

 そっとそちらを覗いてみる。
 静かだったから気が付かなかったが、やはり人がいた。

「あ……」

 そこにいたのは、美しい女性だった。
 藍色の前下がりボブに、きりりとした涼しげな瞳。
 上品なレースがついたノースリーブシャツの胸元には、青いブローチとリボンが輝いていた。紺色のロングプリーツスカートは、とても上等そうな生地だった。つやつやとしたエナメルのパンプスは、雨の日なのにちっとも汚れていない。
 この田舎では見慣れぬ格好で、ショコラは首をかしげた。
 こんな雨の日に、何の用だろうか。

 ぼたぼたぼた! と突然トタン屋根から雨粒がショコラの傘に落ちてきて、ショコラはびくっと跳ねた。

 その音で女性はショコラに気付いたらしい。
 美しい顔が、驚きに染まった。

「こ、こんにちは」

 ショコラはなんて言っていいか分からなくて、とりあえずそう挨拶した。

「まさか……」

「え?」

 ショコラは瞬きした。
 初対面で声をかけたのはまずかっただろうか。
 しかしあのまま立ち去っても、なんだかおかしい人だと思われるような気がするし……。
 ショコラがオロオロしていると、女性は立ち上がって、ショコラに近づいてきた。

「こんなに小さかったなんて……」

「あ、あの」

 ショコラがオロオロしていると、女性はハッとしたように、立ち止まった。

「ご、ごめんなさい。わたし、その……何か困っているのかとおもって……」

 ショコラはしどろもどろになりながらそう言った。
 この辺りじゃ見かけない顔だ。
 こんな雨の日に、何か用があるのだろうか。
 ショコラは何か、助けが必要かと思ったのだ。

 ショコラが眉を寄せると、女性は首を振った。

「……人を、待っていたのです」

「! そうだったんですか」

 ショコラはホッとした。
 困っていたわけではなかったようだ。

「でもなかなか来なかったから。よかったら、私と一緒に、おしゃべりしていただけませんか? 少しの時間でいいんです。なんだか寂しくって」

 女性はそう言って苦笑した。

「もちろん、いいですよ」

 こんな雨の日に、一人で待ち続けるのも退屈なのだろう。
 ショコラは頷くと、傘を閉じて、女性と一緒にベンチに座った。
 女性はショコラの髪から滴る雫を、綺麗なレースのハンカチで拭ってくれた。

「あ、すみません……」
 
「いえ。あなたはこのような雨の日に、何をしていらっしゃるのですか?」

 女性は心配そうに、ショコラに聞いた。

「えっと……紫陽花とか、かたつむりを見にきました。そこに咲いてるんです。とっても綺麗ですよ」

 ショコラが笑うと、女性は眉を寄せた。

「かたつむり……」

 何かいけなかっただろうかとショコラは首をかしげた。

「お付きの者は?」

「おつきのもの?」

 ショコラは話が読めなくて、きょとんと瞬きした。

「そばについてお世話をする人や、護衛は?」

「あ、わたしのご主人様は、今は寝てるんです。お寝坊さんだから」

「……そうではなくて。あなたの、です」

「え……? わたしのお世話をするひと……?」

 女性はますます眉間のしわを深くした。

「まさかお一人でお出かけされることがあるのですか?」

 ショコラは不思議に思った。
 一人ででかけてはいけないのだろうか。
 確かにこのあたりはモンスターなどがたまに出るので危険なのだが、昨日ラグナルが駆除したと言っていたので、大丈夫なはずだ。それにルーチェのペットのワイバーン『チビ』がモンスターが大好きなため、ほとんど食い尽くしてしまっている。
 それよりこの女性の方が、ショコラは心配になってしまった。

「あの、わたしのおうちはすぐそこなんです。あのお屋敷です。住み込みで働いているんです」

 そう言って、すぐそばに見える古い館を指す。

「このあたりはときどきモンスターが出るのでご主人様が駆除してくれます。昨日駆除したばかりだから、しばらくは大丈夫だと思うのですけど……あの、お姉さんこそ、大丈夫でしたか?」

 ショコラがそう聞くと、女性は驚いたような顔をした。

「……ええ。私は大丈夫ですよ」

 しかし、と言葉を続ける。

「あなた様がお一人でお出かけするのは、少々まずいのではないでしょうか」

 ショコラは疑問で頭がいっぱいになった。
 なんでだろう、と眉を下げる。

「普通の人って、一人でお出かけしないんですか?」

「……普通の人は、一人で外出します。ですが、あなた様は……」

 女性は困ったような顔をした。
 なんだか話が噛み合っていないような気がして、ショコラは不安になってきた。

「失礼ですが、ずいぶんとほっそりしていらっしゃるようですね。お食事はきっちりとられているのでしょうか?」

(食事!?)
 
 女性は脈絡もなくショコラにそう尋ねた。

「ええっ? た、食べてますよ?」

 いきなりそう問われて、ショコラは戸惑ってしまう。

「健康の方は? 体調はいかがです?」

「す、すごく元気です……」

「お召し物はどうですか?」

「服のことですか? わたし、いつもこれ着てますけど……」

 カッパの下のメイド服を見せる。
 女性はますます眉間のシワを深くした。

「……少々、気になりますね」

 ショコラは耳をしおしおにした。

「ご、ごめんなさい……ショコラ、あの、何か気分を悪くしてしまったようで……」

 しょぼくれていると、女性は緩く首を振った。

「いいえ、違うのです。私がただ聞きたかっただけなので、お気になさらず。そうだわ、家まで送ります」

 女性はそう言うと立ち上がって、ショコラのそばで傘をさした。

「え!? 大丈夫ですよ、本当にすぐそこなので」

 送るも何も、館はすぐそこにある。

「いいえ。送らせてください」

「でも、待ってる人が……」

「もういいんです。会えましたから」

「えっ?」

 先ほどから不思議なことばかりいう女性に、ショコラは混乱してしまった。
 けれど女性がバス停を出てしまったので、そのまま後を慌てて追いかける。

「あのぉ、お姉さんはどこからいらっしゃったんですか?」

「……私は、王都から着ました」

「! 王都から?」

「ええ」

 ショコラはびっくりした。
 ずいぶん上品で洗練された仕草をする人だとは思っていたが、王都からやってきたとは思わなかった。
 ここは田舎で、かなり王都から離れていると聞いていた。
 どうしてわざわざ、こんな雨の日にここへ来たのだろうか?

「そうなんですか。ショコラも王都の大きな病院で入院したことがあるのですが、結局外を何も見ないで帰ってしまったので、どんな場所か分からずじまいでした」

 ショコラが肺炎で入院していた部屋は、中庭が見える部屋だった。
 帰るときにもちらっとしか外は見えなかった。
 移動魔法で移動したからだ。

「お姉さんは、こちらにお友達がいらっしゃるんですか?」

「……ええ、知り合いが」

 その知り合いに会いに来たということだろうか。
 けれどもう会ったとか言っていたし……。
 謎の言動ばかりする女性を、ショコラはちらちら見上げる。

「そうだったんですか……あ、ここですここ。あの、よかったら、中へ入りますか?」

 雨の日は冷える。
 それになんだか、様子も変だし……。
 ショコラが心配してそう言うと、女性は静かに首を振った。

「いいえ、大丈夫です」

「それじゃあ、タオルでも持って来ますから、少しだけ待っていてください!」

 女性が持っていたのは、綺麗で小ぶりな傘だったので、肩のあたりが少し濡れてしまっていた。
 風邪をひくのでは、とショコラは心配して、急いで館の中へ入った。

 ◆

 ショコラのいなくなった館の玄関。
 女性──コレットは、扉を見つめて、ふう、と息を吐いた。

「ショコラ様は、しっかりお世話されているのでしょうか……?」

 その顔には、不安が浮かんでいる。

「こんな雨の日に一人でお出かけしたり、あんなメイド服を着せられたり……それにとても体が華奢でいらっしゃる」

 ブツブツとそう呟く。

「これは……もう少し詳しく調査する必要がありそうですね」

 ブブブ、と振動を感じて、コレットはポケットに手を入れた。
 携帯魔法通話機スマートフォンの画面を確認すると、ほっそりとした指で通話をタップして、耳元へ押し当てる。
 
「もしもし……ええ、はい、コレットです、件の場所にいます……それが、ロロ様も一度ご覧になるべきかと思いまして……」

 コレットはそう言いながら、雨の中を歩き出した。

「ショコラ様を王宮に引き取るというのは、案外悪い案はないかもしれません」

 ザアア、と雨脚が強くなってきた。

 ◆

「あれ? コレットさん、どこ行っちゃったんだろ?」

 タオルを抱えたショコラは、眉を寄せてあたりをきょろきょろと見回していた。急いでタオルを持ってきたのだが、館の扉の前には誰もいない。
 雨が降っているだけだ。

「帰っちゃったのかなぁ」

 ショコラは空を見上げて、不安そうにした。
 

「ショコラ……何してるの」

 呆然としているショコラの背に、誰かが声をかけた。
 パジャマ姿のラグナルだった。
 ナイトキャップを被ったまま、寝ぼけ眼で、先ほど起きたのだろうということが窺い知れる。

「ご、ご主人様」

 半分寝ぼけたようなラグナルがむぎゅ、とひっついてくるので、ショコラは慌ててしまう。

「眠いのなら、ベッドへ戻りましょう、ご主人様」

「……誰と会ってたの」

「え」

「さっき話してたのは、誰?」

 ラグナルはどうやら、ショコラが人と会っていたことをわかっていたようだ。

「え、と……」

 ショコラはさっきあったことを正直に話した。
 バス停で、不思議な女性と会ったこと。
気づいたらいなくなってしまっていたこと。

「ふうん」

 ラグナルはショコラの話を聞くと、再び眠そうな顔になった。

「……面倒だな」

 ぽつりと呟かれた言葉を、ショコラは聞き逃していた。
 
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