もふもふメイドは魔王の溺愛に気づかない

美雨音ハル

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第2章 王弟ロロ&秘書コレット襲来

解決

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「本当に、申し訳ございませんでした」

「こ、コレットさん、もういいです。わたしが勝手に勘違いしただけですから」

 何度も深々と頭をさげるコレットに、ショコラは慌てて手を振った。
 怪我も深くないし、そもそもショコラが自分で壺を割ってしまったのだ。コレットには一切非がない。

「コレットさんのメモ癖のせいで、ショコラさんはテストされていると勘違いしちゃったんですね」

 リリィは困ったように眉を下げた。
 
 先ほど二人が部屋に入ってきてから、三十分ほどが経った。
 その間にコレットはショコラに何度も何度も謝って、お互いに勘違いしていたことを話し合った。

 コレットは別に、ショコラをテストしていたわけではないこと。
 それを知ることができて、ショコラもほっとした。
 
「私はただ、ショコラさんが本当にここで幸せに暮らせているか、様子を見ていたのです」

「幸せに?」

 コレットは頷いた。

「まだ未成年で、家族のいないあなたが、住み込みで働くこと。魔界ではそのようなことはとても稀有なのです」

「ショコラの年で働くのは、珍しいんですか?」

「ええ」

 ショコラは目を瞬かせた。
 人間界では、特別変わったことではなかった。
 ショコラがいた場所は孤児院だったせいもあるのかもしれないが、親がいてもいなくても、貧乏な家の子供は、早くから貴族や商家に奉公へ行く。そうしてお金を稼ぎ家計の足しにしつつ、将来の就職先を決めるのだ。

「この西の大陸では、子どもはしっかりと守られ、教育を受けるべきと決められております。ですから必要であれば、私どもの元でのびのびと暮らしたほうがよいかと思ったのです」

「っわ、わたし、ここで幸せです!」

 ショコラは思わず大きな声を出してしまった。

「みなさんよくしてくださいますし、わたしも働くのが楽しいです! 勉強もしてます。だからここから離れるのは……」

 ショコラが不安そうな顔をすると、コレットは頷いた。

「大丈夫です。私の早計でした。私はあなた様の意思を尊重すべきでした」
 
 それに、とコレットが続ける。

「これだけ陛下に必要とされているあなたを、連れ出すなんてこと、私にはできません」

 コレットはそう言って、ショコラにしがみつくラグナルを見た。
 先ほどから、ラグナルはショコラにむぎゅうう、と抱きついていたのである。

「ショコラ~」

 そしてそのラグナルの腰にしがみつく、ロロ。

「兄さん~」

 それを見ていたリリィが、ため息を吐いて、二人をベッドから引きずりおろした。

「はいはい、お二人とも、おやめくださいませ」

「「ああ~」」

 二人はリリィによって、床へぽいと放り投げられてしまった。
 魔王とその弟に対して、雑すぎる扱いであった。

「とにかく……私と殿下がご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした」

 コレットはそう言って、ショコラの腕を見た。

「未来の花嫁に傷をつけるなんて、私は万死に値しますわ」

「え?」

 ショコラは一瞬、コレットの言っていることがわからなくって、目を瞬かせた。
 それから、ああ、と苦笑する。

「そんな、大げさな。ショコラもいつかは誰かと、結婚するのかもしれませんね。あんまり考えたことがなくて、ちょっとびっくりしました」

 ──わたしと結婚してくれる人なんて、この先現れるかわからないけれど。

 ショコラは心の中でそう思った。
 しかしいるのである。
 目の前に、いるのである。

「……」

「でも大丈夫です。エルフの里のお薬は、とってもよく効くんですよ。何度も怪我をしてますけど、いつもあのお薬のおかげで、傷跡も残らず綺麗に回復してますから」

 そう言って、ショコラは笑う。
 けれどみんなが微妙な顔をしていることに気づき、首をかしげた。

「どうかしましたか?」

「いえ……」

 とにかく誤解は解けたし、ロロが若干変な人だということも分かった。
 ショコラはホッとして、肩の荷が下りたような気分になった。
 けれど反対に、そこにいた人たちは、これは大変な恋路になりそうだと思っていたのだった。

 ◆

 その日の夜。
 ショコラがすっかり寝入ってしまった頃。

 ラグナルの部屋では、二人の男が顔を突き合わせて、何事かを話し合っていた。

 一人は細やかな金糸の髪に、整った顔の背の高い青年、ロロ。
 そしてもう一人も、すらっと背が高く、ロロよりも少し鋭さのある顔立ちをした青年だった。
 サラサラとした真っ黒な髪に、好き通るような青い瞳。

「兄さん、なんであの子ばっかりにかまうのさ」

 ロロは拗ねたように唇をとがらせる。
 指をいじって、まるで子どものようだ。

「ロロ、いい加減にしろ」

 そう低い声で呟いたのは、紛れもない、ラグナルの声だった。
 ロロと並ぶその背の高い青年は、ラグナルのもう一つ──いや、本来の姿なのだった。

「あの子を勝手に連れて行こうとしたこと。家族でも許さないよ」

「う……」

 冷たい声に、ロロは声を詰まらせた。

「だって……」

「だってもでももないよ」

 ラグナルがそう一刀両断すると、ロロはしゅんとなった。

「……悪かったよ。ショコラを王宮に連れてこれば、兄さんもついでに戻ってくるかなと思ったんだ」

「……」

「それに、別に俺も考えなしにそうしたわけじゃないよ」

 ロロはため息をつくと窓の外を見て言った。

「どこから漏れたのか、兄さんが伴侶を見つけたという噂が広まっている。うるさいんだよ、ショコラを連れてこいって」

 ロロはそう言って、ラグナルを見た。
 ラグナルは黙り込んでいる。

「魔王は、一度この人と決めたら、生涯その人しか愛さない。違う?」

「……そうだよ」

 ラグナルはため息をついて、続けた。

「今ならあの人の……父さんの気持ちがわかるよ。母さんをずっと追いかけていた理由が」

「それはどうしようもできない気持ちなの? ショコラじゃなきゃ、ダメなの?」

「……ああ。欲しくて欲しくて、たまらなくなる」

 ラグナルは手に視線を落とした。

「僕は二度とショコラを手放さないよ。誰に何を言われようとも。たとえ……ショコラに嫌われようとも」

「……」

 ロロはそれを聞き、ぐ、と眉を寄せた。

「俺は。俺はあの人たちのこと、許してないから」

 何かを憎しむような、恨むような、そんな顔。

「父さんと母さんは、俺の記憶には一切ない。でも兄さんに全てをおしつけたこと、俺のことをないがしろにしたことは、絶対に許せない」

 そう言ってから、ロロは何かに怯えるような、怖がるような顔でラグナルを見た。

「俺も、コレットも、みんなも、怯えてるんだ」

 戸惑うようなロロの表情。

「また父さんと母さんたちみたいになるんじゃないかって。またあんなことになるのが怖いって」

「……」

「魔王の妻となるものは、王宮の奥で大切に囲ったほうがいい。極端な主張だと、出さないほうがいいという意見もある」

 ラグナルはため息を吐いた。

「確かに。大多数の大陸民は、反対しないだろうね。むしろそれを推進するだろう」

 ロロは頷いて言った。

「公務を遂行するよりも、その身を守る為に、王宮の奥深くで守られていたほうがいいんだ。魔王の伴侶は、魔王とは違って、その身はごく普通だから」

 魔王は魔族の誰からも愛される。
 しかし妻はそうではない。
 嫉妬を受けることもある。悪意を向けられ、心や体を病むことも。
 内側からくるものは、どうしても止めることはできない。

「本当に大切なら、誰にも見えない場所で、誰にも害されないように、守るべきなんじゃないかって、俺は思うときもあるよ」

「……」

 ラグナルはため息を吐いた。

「ショコラには、そういうのは似合わないよ」

「……まあ、初めて会ったけど。まだまだ子どもだしね。確かに兄さんの主張のほうが正しいのかもしれない」

 ロロはジトっとした目でラグナルを見た。

「兄さんのロリコン」

「……」

「ロリコン大魔王」

「……ロロ」

「はいはい、分かってるよ。仕方ないんでしょ」

 そう言うと、ロロははぁ、とため息をついて、手に持っていた書類をラグナルに渡した。

「確かに、俺も実際にこの目で見て、分かったよ。ショコラはまだ幼い。心も、体も。健やかに育てるなら、王宮よりもこういう場所のほうがいいのかもね。だから連れて行かないよ」

 ショコラはきっと、王宮に閉じ込められる生活など、戸惑うだけだろう。
 それならばこの穏やかな田舎で、心と体をじっくり回復させるほうがよい。
 ロロはそう判断したのだった。

 ラグナルは渡された書類をぺらぺらとめくる。

「ショコラの生い立ちは、結構つらいね。あの人間が、ショコラを誰から買ったのかは、まだわからないみたい。こっちも下手に人間界には手を出さないほうがいいからね。昔よりはだいぶマシみたいだけど、厄介ごとはふやしたくないからさ」

 ロロはそう言って、肩をすくめる。

「でもいくつかしっぽは掴めたみたいだから、ショコラの出生をたどるのも、そう時間はかからないんじゃないかな」

「……いつもありがとう、ロロ」

「兄さんの頼みだからね」

 ロロはこんなことはなんでもない、というように手をひらひらと振った。

「その代わり」

「?」

「今日ぐらいは、甘えてもいいだろ?」

 そう言って、ラグナルに抱きつく。
 ラグナルは書類に目を落としつつ、よしよしとロロの頭を撫でた。

「ロロ、いっつもありがとね。大好きだよ」

「うん。その言葉が聞きたかった。それだけなんだ」

 ロロはようやく、満足げに笑ったのだった。
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