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第2章 王弟ロロ&秘書コレット襲来
幸せな少女
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怪我をしてしまったショコラは、ベッドでおとなしくしているように言われていた。そばにはずっとラグナルがついていて、ショコラがちょろまか動かないように監視していた。
コレットと掃除でもしようと思っていたのだが、ベッドにいなければいけないので、何もすることがない。その代わり、ラグナルがずっとそばにいて、ショコラとおしゃべりをしたり、勉強を教えてくれたりした。そしてなぜかロロも、ラグナルにしがみつきながら、話に加わっていたのだった。
ロロはショコラにつっけんどんとした態度だったが、ショコラを無視したりすることはなかった。
ショコラはなんとなく、ロロも悪い人ではないのだなと感じたのだった。
そして、ショコラたちが部屋でゆっくりしている間。
王弟ロロの秘書コレットは館の住人の元を訪ねていた。
ショコラについて、聞く為に。
「ったく、細かい奴だなぁ」
キッチン。
ヤマトがガシガシと頭を掻いて、コレットに何か、帳簿のようなものを放り投げた。
「ほらよ」
コレットはそれをキャッチすると、丁寧にページを開く。
そこには、ショコラが来てから今日までの献立が書かれていた。メモ欄にはびっしりと細かく、何事かがメモしてある。
「あいつがこの家にきたときは、もっと枝みたいに細かった。しかもあいつ、胃が縮んでんのか、量を食えねぇんだ」
ヤマトは調理台にもたれかかり、腕を組んでそう呟いた。
献立表には献立と栄養素の計算、そしてメモ欄にショコラがどのようにして食べていたのかの様子や、各食事のグラム数など、他にもたくさんのことが事細かにメモされていた。
ヤマト。
この男は実は、結構細かい男なのである。
「成長期に栄養が足りてなかったから、今もあんなにちっせえ体なんだろうな」
「……」
「でもよ、あれはだいぶマシになった方だぜ。これからも多分、もっとマシになっていく」
ショコラは栄養が足りなかったせいか、十五歳という育ち盛りなのに、体は女性特有の丸みを帯び始めていない。ずっと気にしている胸も、そのせいで大きくならないのだろう。
身長も小さいし、かなり華奢だった。
だからコレットは初めてショコラを見たとき、不安になってしまったのだ。
しっかり食事をとっているのか、と。
でも、今でもマシになった方なのだという。
「体重とか身長とか、そういうのはリリィが管理してっから」
そう言って、ヤマトは手をひらひらと振ったのだった。
◆
リリィの部屋を訪れたコレット。
「だぁから言ったじゃないですか、ショコラさんはうちで十分幸せにやってますって」
「……そのようですね」
リリィはショコラに関する資料をテキパキと机に並べながら、お小言を呟いていた。
「ほら、これが初めてうちに来たときのショコラさんです」
そう言って、リリィはあるノートの一ページを開いた。
「これは……」
そこには一枚、ショコラの写真が貼ってあり、詳細にメモが書かれていた。
「スマホで撮ってプリンターで出力したものなので、そこまで画質はよくありませんけど……でもほら、今よりももっと、ほっそりしていらっしゃるでしょう?」
「本当ですね」
メイド服を着て、少し不安そうな顔をしているショコラの写真。
確かに今よりももっとガリガリで、どことなく落ち着きがなさそうだった。
「ここへ来てしばらくは、やっぱりまだ不信感があるというか、不安そうでした」
リリィは当時のショコラの体重や身長、性格や行動などが書いてあるあたりを指さした。
「でも少しずつ、私たちにも心を開いてくれるようになったんです」
リリィはペラペラとノートをめくり、後半のほうで止める。
「一度吹雪の中、外へ飛び出してしまったことは、そちら・・・にも報告しましたよね?」
「……ええ」
「それから、自分の身にあったことを、話してくれました。それまでずっと、自分の出生については話してくれなかったのですが」
リリィはため息をついた。
「ラグナル様も、妻にしたい人を見つけた、というだけで、ショコラさんの出生については何も教えてくださいませんでしたし……」
リリィはちら、とコレットを見た。
「王宮の方では、何か進展がありましたか?」
「……私は、詳しくは知りません。ただ、ロロ様なら何か知っているかと」
ショコラがどうして人間界にいたのか。
どこの誰の子供だったのか。
ショコラの知らないところで、ショコラの出自はひっそりと調査されているのだった。
「まあ、たとえショコラさんにどんな過去があったのだとしても、私はお世話するのみですけれどね」
そう言ってリリィは、ノートにうつるショコラの写真を、愛おしそうに撫でた。
それはまるで、母が子を慈しんでいるような、そんな表情だった。
ショコラ自身は気付いていないのかもしれない。けれどショコラは周りに大切に、大切に育てられているのだ。
「今はまだ、恋よりも、ショコラさんの心や体を育てることの方が先なのかもしれません」
「……」
「健やかに育ってもらうために必要なこと。それはショコラさんにとって落ち着く環境で、幸福に過ごすことではないですか?」
「……ええ」
コレットは静かに頷いて、メモ帳をパタリと閉じた。
◆
「ほっほっほ。まあそう、落ち込まずに」
コレットが最後に訪れたのは、シュロの部屋だった。
シュロの部屋は本棚や置物、そして釣りの道具などの趣味用品でいっぱいだった。
コレットは椅子に座り、しょぼんと出されたお茶を見ていた。
「私は本当に無駄なことをしてしまいました……」
「無駄ではありませんよ」
しょげているコレットの肩を、シュロはぽんぽんと叩いた。
シュロは先代の魔王から仕えている執事だ。
王宮で働いていたコレットのことも、よく知っていた。
「わたくしどもも、ショコラさんの待遇について確認しなおす、いい機会になりました」
「……」
「もっともっと、ショコラさんには幸せになっていただかないと。それに安全面につきましても、徹底しませんとな」
シュロは紅茶の匂いをかいで、幸せそうに微笑んだ。
「なぁに、あの方はとてもお優しいです。ちっとも気にされていませんよ」
「……そうですね。ショコラ様は、とてもお優しくて、純粋なお方です」
コレットは頷いた。
それからシュロの部屋を見回して、ふと机や壁に飾られている額縁を見つめる。
部屋にいくつも飾られているそれは、名画というよりも、素人が描いたような絵が多かった。
「ああ、あれらはショコラさんが描いたんですよ」
「ショコラ様が?」
「はい。ショコラさんはお絵描きがお好きなようなので、わたくしが画材をプレゼントしたのです」
シュロはあごひげをなでながら言った。
「孤児院ではお絵描きを禁止されていたらしく、最初は戸惑っていたのですが、最近はたくさんの絵を描かれるようになりました」
重厚な部屋には似合わない、いくつものカラフルな絵。
それらは花や動物や生き物や、自然にあるものが多かった。
「ショコラさんは、自然が大好きですからね」
「自然が……」
「一緒に散歩にいったり、釣りに行ったりするのですが、移りゆく季節を目で見て肌で感じることに、喜びを感じていらっしゃるようです」
シュロは一口紅茶を飲んで、微笑んだ。
「わたくしは、ショコラさんの心がもっと豊かになるように、お手伝いするのみです」
「シュロさん……」
コレットは思った。
ショコラはこの館の住人に、心底愛されて、大切に、大切に育てられているのだと。
(よかった)
ショコラの笑顔を思い出す。
コレットはただただ、あの小さくて優しい少女が、幸福に暮らせていることに、大切に育てらていることに、安堵したのだった。
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