もふもふメイドは魔王の溺愛に気づかない

美雨音ハル

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第3章 夏だ!海だ!バカンスだ!

海辺のレストランで

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「ショコラさん!」

 聞きなれた声で、去ってしまった男の背中を探していたショコラはハッと我に返った。

「こんなところにいた!!」

「り、リリィさん……」

「大丈夫ですか!?」

 ショコラの元へ走ってやってきたのは、リリィだった。
 向こう側には、ルーチェたちもいて、呆れたようにこちらを見ている。
 リリィは不安そうにショコラを見つめ、怪我はないかとペタペタとショコラを触り、無事を確かめた。

「ご、ごめんなさい……ぼうっとしてたら、はぐれちゃって」

「いいえ、私の不注意でした。もっとよく見ているべきでしたわ」

 ショコラが頭を下げて謝ると、リリィが慌ててそれを止めた。

「何もありませんでしたか?」

「わたし……」

 ショコラは先ほどのことをどう説明しようかと迷った。
 あまり心配をかけるのも悪いし、黙っていようかとも思った。
 けれどリリィの目はごまかせなような気がして、ショコラは先ほどあったことを正直に話した。

「まあまあまあ、なんてこと!!」

「……」

 リリィはほっぺたに手を当てて、絶句していた。

「大変だわ、ショコラさん、本当にどにも怪我はありませんか!?」

「は、はい……大丈夫です。それに、別の男の人が助けてくれたんです」

 ショコラはその人についてどう説明しようか迷った。
 けれどリリィにどこから説明していいのかわからず、とりあえずその部分は濁しておく。

「怖かったでしょう。ショコラさんにそんなことをするなんて、なんて不届き者なんでしょう!」

 リリィは憤慨しながら、ショコラの手を引いて、みんなのもとへ戻った。
 リリィの怒りようを見ているうちに、ショコラも少し冷静になってきて、思わずふるりと身を震わせた。

(あの人が助けてくれなかったら、どうなってたんだろう……)

 あの、青い瞳を思い出す。
 何年ぶりかに見たはずなのに、なぜか懐かしい感じはしなかった。
 それどころか、つい最近、見たような……。

(……?)

 ひどく既視感を感じて、ショコラは立ち止まった。

(あれ、前もこんなことが、どこかで……)

 考え切る前に、リリィに声をかけられる。

「ショコラさん?」

「っはい、すみません!」

 ショコラは慌ててリリィの後を追った。
 みんな、心配そうにショコラのことを見ていたからだ。

「みなさん、すみません……っ」

 ショコラは一度、あの男のことは置いておいて、待っていたみんなに謝罪したのだった。

 ◆

 カフェにつくと、なぜか出かける前よりもぐったりとしたラグナルが、ソファに横になっていた。

「ご主人様、大丈夫ですか?」

 ショコラは慌ててラグナルに駆け寄る。

「……」

 ラグナルはゆっくりとショコラを見た。

「……つ、疲れた」

「疲れた? どうかしたんですか?」

「……」

 何も答えないので、ショコラはドライブですっかり疲れてしまったのだろうかと思った。
 ぐったりとするラグナルに、ショコラは耳をしおしおとしおれさせる。
 けれどハッと我にかえると、胸元の紙袋をゴソゴソと漁って、小さな瓶を取り出して、掲げた。

「ご主人様、ショコラはいいものを買ってきました!」

「……?」

「お店の人に聞いたんです。酔いによくきくお薬なんですって」

 瓶を開けて、中のレモンキャンディを手渡す。

「これを食べて元気になってください!」

「……」

 しっぽをぶんぶん振っているショコラを見て、ラグナルは目を丸くする。

「……君が持ってたの、これだったんだ」

「え?」

「いや……なんでもないよ」
 
 ラグナルは、かすかに微笑んだ。

「ありがとう。僕のために買ってきてくれたの?」

 ショコラはこくんと頷いた。

「気分がよくなるそうですから、食べちゃってください」

「うん。いただくよ」

 ラグナルはキャンディを口にぽんと放る。

「おいしい」

 そう言って口に含んでいるうちに、ラグナルは目をぱちぱちと瞬かせた。

「あれ……本当だ、なんかすうってする」

「気分悪いの、ましになりましたか?」

「うん。すごくよくなったよ」

 そう言われて、ショコラはぶんぶんとしっぽを振った。
 心なしか、ラグナルの顔色も元に戻ったような気がする。

「よかったです、ご主人様。ショコラは安心しました」

 ショコラはふたたび紙袋をゴソゴソと漁って、パイナップル柄のメモ帳をラグナルに渡した。

「はい、よかったらこれもどうぞ!」

「これは……?」

「ご主人様にお土産です! 実は今日、なんとショコラは、一人でお買い物をしたんです!」

 ショコラは少し胸を張ってそう言った。
 ラグナルに褒めて欲しくて仕方なかったのだ。
 しっぽのふりふりが止まらない。

「ご主人様の浮き輪模様です! メモ帳だったら、お仕事に使うかなと思って……」

 そう言って、ショコラはふと気づく。

「あれ……? でもお土産って、旅行にいってない人に渡すような……」

「……」

 ショコラは頭にはてなマークを思い浮かべた。

「これは、じゃあ、プレゼント……? なんだろう……?」

 一人で悶々と悩むショコラを見つつ、ラグナルは手に持っていたキャンディの小瓶とメモ帳に視線を落とした。

「……初めて一人で買い物をしたんだね」

 ショコラはリリィに給金の一部をもらった。
 そして初めて買い物をした。
 けれどショコラが初めて買ったものは、ラグナルのものだった。
 自分のものよりも、好きな人に好きなものをあげたかったのだ。
 だから先ほど、男たちに荷物を奪われても、必死に取り返そうとしていたのだ。

 うーんうーんと悩むショコラに、ラグナルは手を伸ばした。

「?」

 両手でショコラの頬を包む。

「なんで君は、こんなにかわいいことをするの?」

「?」

 何を言われているのかと、ショコラは目を瞬かせる。

「すごく嬉しい。ずっと大切にするよ」

「!」

 ショコラは目を輝かせた。

「よかったです!」

「うん。これだったら、少しは仕事もはかどりそう」

 メモ帳はあと二つ残っているので、コレットとロロのお土産にしよう、とショコラは思ったのだった。
 結局、それだとショコラの手に残るのはチョコレートひとかけだけ。
 けれどそれも、ショコラはまったく気にしていないのだった。

 ◆

「うわぁ、夕日が綺麗ですねぇ」

 夕方のビーチ。
 ショコラたちは海を見ながら食事をできるレストランで、のんびりと食事をしていた。
 奇跡のサンセットを見られると評判のそのビーチは、大げさでもなんでもなく、美しかった。
 ごはんを食べながらこんなに綺麗なものを見てもいいのかと、ショコラはふるえてしまった。

 新鮮な魚介を使った料理や、やわらかく煮込んだ肉料理。
 ハーブやオリーブオイルで味付けされていて、とても味が優しかった。
 シュロはビールの飲み比べをしていて、満足そうだった。
 唯一残念なのは、ヤマトが運転をしないといけないため、お酒を飲めなかったことだろう。
 ヤマトはビールが飲みたいと悔しがっていたのだった。

 夕日を眺めつつ、ショコラは今日あったことを頭の片隅でずっと考えていた。
 男たちに絡まれて、怖かったこと。
 けれど助けてくれた、あの人のこと。

(あの人、この辺りに住んでいるのかな……)

 もう一度会いたいと思った。
 会って、ちゃんとお礼がしたい。
 けれどこんなに広い場所で、もう一度会うことなんて、可能なのだろうか。

(そもそも再会できたこと自体が、すごいことなんだよね……)

 うーん、と考え込んでも、答えはでない。
 どうしたものか、とショコラがぼんやりしていると、その辺を飛び回って遊んでいたミルメルが、何か紙を持って、ショコラたちのテーブルに戻ってきた。

「ねえねえねえ!」

「みてみてみて!」

「ん?」

 渡された紙には、海の写真と魚がプリントされていた。
 そして大きく『クルージングツアー』と書かれていた。

「おさかなをみたり、いるかをみたりしませんか?」

 そこに書かれていた文字を読む。

「そこのお姉さんにもらったの」

「明日、空きがあるから、今名前を書いたら乗れるんだって!」

「へえ、面白そうですね」

 リリィも紙を覗き込む。

「船かぁ。ラグナル様も薬を手に入れたことですし、乗ってみてもいいかもしれませんね」

 ショコラはわくわくして、しっぽを振った。

「船に乗れるんですか!?」

「そうみたいですね。魔界イルカもみれるかもしれないなんて、素敵じゃないですか」

「イルカ……みたい……」

 ラグナルも激しく頷いていた。

「じゃあ、申し込んでみましょうか」

「わぁい!」

「やっほーい!」

 イルカのぬいぐるみを抱いたミルとメルが、小躍りする。
 それを見ているうちに、ショコラも楽しくなってきて、先ほど考えていたことは一旦頭の片隅に置いておこうと思った。
 考えても答えの出ないことは、仕方ないのだ。

「イルカで喜ぶなんて、ほんっと子どもね!」

「あ、じゃあルーチェさんは申し込まなくていいですね」

「え!? い、いやよ!! 乗るわよ!!」

「じゃあ七人でお願いしましょう」

「いやよー!!!!」

 こうして一行の明日の予定も、決まったのだった。

 ◆

「あら……珍しいわね。獣人の子どもだわ」

 騒がしいショコラたちのテーブルを、遠目から眺めている人物がいた。

「この辺りの子じゃなさそうね……家族旅行かしら」

 真っ白な髪に、灰いろの瞳。
 その美しい女性は、ことりと首を傾げて、ショコラを見つめた。

「どこの家系の子どもなのかしら……」

 女性は小さく呟くと、自身の頭にも生えた、真っ白な犬の耳をひょこひょこと動かしたのだった。
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