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第6話 原子の欲求
しおりを挟む「タバコを消しなさい」
「えーヤダ」
「それじゃあ私に近寄らないで」
「それはもっとヤダ」
くそ、うっとおしい男め。タバコ臭くてかなわん。
私はイライラと聖剣の中から飛び出した。本体がこの男に近しい場所にあるなら、せめて精神だけは一ミリでも離れようと思ったのだ。
本当にもう許せない。イライラする。
ジョットはすりすりと聖剣本体に頬すりする。
「かわいい俺のティアちゅあん」
「っ気色悪い呼び方をしないでください! 虫酸が走る!」
そう言って私は気をとがらせる。その瞬間、ジョットの頬がすっぱり切れた。
思ったより深々と切れて、びっくりした。
ひさしぶりに力を使ったせいか、うまくコントロールできないみたいだ。
「いってェ! んだこれ!?」
馬鹿め。私は聖剣だぞ。さとえ錆付いていたとしても切れぬものなんかないわ。
「おいてめェコラ。さすがに今のは俺も許さんぞ」
「あ、あなたがすりよるからです」
「んなもんしらねェ」
び、と頬の血を拭ったあと、ジョットはにっこり笑った。目の当たりに影がかかっている。
「あー、仕方ねぇ。そっちがそうくるなら、俺も考えねぇとなァ」
「な、なんです、そのいやらしい目は」
「お前、俺に怪我させたんだから、お前も何されても耐えろよ」
「……」
ニコニコと笑う奴を見ながら、私は恐ろしさで震えた。
私の元にジョットが通うようになってから、五日がすぎた。この男、本当にねちっこいというか、適当な感じを醸し出している割に、本当にしつこくて気持ち悪い。
最初は私も聖剣の中に閉じこもっていたものの、こいつがやたらと近くにくるせいで、精神的に辛くなって、飛び出てしまうようになった。
ほんとうに気色悪いオヤジだ。虫酸が走る。
おまけにタバコもやめないし。
タバコがなかったら死ぬというが、そのまま死ねばいいのにと思う。
いっそやつから、タバコをうばってみるか。
そんなことを考えていると、いきなり柄に触れられた。
「……っ何を!」
離れていても、本体の感覚は分かる。
彼はニヤニヤしながら、なにやら持っていた布に液体を染み込ませて、本体をぬぐい始めた。
口の端にタバコを挟みながら、ジョットは器用にしゃべった。
「お前、何年も手入れしてもらってねぇんだろ?」
「あ……」
何十年も積もっていた汚れが拭われていく感覚。
ほわほわとあったかい気持ちになった。
っていかんいかん! 流されるんじゃない!
けれどどうしよう。気持ちよくて仕方ない。本体の中に戻りたい……。
こんなに大切に手入れされるのなんて、いつぶりなんだろう。
汚れていた柄がピカピカになっていく。
「ああ、やっぱり綺麗だ……」
「……っ」
そう言ってうっとりと聖剣(わたし)をながめるジョットに、色気を感じてしまって、自分でも鳥肌がたった。
「そ、そんなふしだらな目で私を見るんじゃありません!」
「はっ。なにをどういう目で見ようが俺の勝手だろうが。それよりお前、戻ってこいよ」
「……」
ううう、今すぐ本体に戻りたい。
手入れをしてもらいたい。
「ほら、早く」
「……わ、私はべつに」
ぐらぐらと理性が揺れる。
「おいで」
タバコをくわえたまま、ジョットが私を見た。
私はいつの間にか、本体の中に戻っていた。
「いつから手入れをしていない?」
「……二十二年前」
「二十二年? お前、そんなに昔からこの森にいるのか」
「……べつに、あなたには関係ないでしょう」
「どうしてここにいるんだ?」
「使い手に合わないためですよ。何度も話したでしょう」
「なぜかって聞いてんだよ」
少し黙ってから、私は口を開く。
「……私はこんな世界、守る価値がないと思っているからです。私はもう、聖剣として戦いたくありません」
「……お前、本当にそう思ってんのか?」
ジョットが訝しげな顔をした。
「……」
黙っていると、ため息をつかれた。
いつの間にか、柄はピッカピカになっている。
「んじゃ、台座から出てる部分だけ、刃も手入れしとくか」
そういって、彼は丁寧に刃の部分もぬぐってくれる。
でも、刃の部分なんてもっと気持ちいい。
だって聖剣の命の部分だ。何度研ぎたいと思ったか。
「ちょ、ちょっと、やめなさい!」
「ほれ、抜いてみ? おじさん、気持ちよくしてやるからさぁ」
「き、気持ち悪いこと言わないで!」
くそう、こ、こいつ、プロだ!
なんてうまく刃を磨いてくれるんだろう。もういっそ、この台座から出てしまいたいと思ってしまった。
「これで擦られるとたまんねぇんだ?」
「……っや、やめ」
「ここが好きなの?」
「……ッッ」
「いいよ、もっと気持ちよくしてやる」
わ、私は誇り高き光の聖剣!
こんなものに、屈しな……くっしな……だ、だめだぁああ、逆らえん……!
犬猫が首を撫でられるとしっぽをふるうように、もう何十年も刃を磨いてもらっていない私は、ジョットの手にあがらえなかった。たまらなく気持ちいい。
ジョットの手は優しい。
あんなに態度は適当な男なのに、剣のことになると、丁寧すぎるくらい丁寧になる。ものすごく、大切にされている気分になった。
私には、物としての本能がある。
使われたい。必要とされたい。大切にされたい。
これにあらがって生きるのは、本当に大変なのだ。
その三つを満たしてくれる存在が近くにいることが、苦しくてたまらなかった。
いくらジョットが私に優しくしてくれたって、私はここから出ない。
そうわかっているだけに。
結局、その日はジョットにピカピカにされてしまったのだった。
私は彼に怪我をさせてしまったことに、少し罪悪感を覚えた。
あの男は気色悪いが、多分悪いやつではないのだろう。
そう思った。
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