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第6話 人間嫌い

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「まったく、骨のない人間だったわね」

 いつもとなんら変わりない寝床で、私はため息を吐いていた。
 多少社に被害は出たものの、無事あの男を追い返すことができた。
 なんというか、喧々諤々とした男の割に、弱っちかった。
 というよりも、何も攻撃してこなかったのだ。

 私の狐火に翻弄されて、何もできなかったのだろう。
 ただ、あのじっと見つめる視線が気味が悪いなと思っただけで、それ以外はとくに何もなかった。

「そうは言ってもクウ様、油断は禁物ですよ」

 私のしっぽをブラッシングしていた精霊が、困ったような顔でつぶやいた。
 先ほどの戦闘で、若干社が壊れてしまったため、精霊たちが慌ただしく動き回っては、壊れてしまった部分を修繕している。
 私はそれを眺めながら、煙を燻らせていた。

 幼い子供たちが鮮やかな赤い着物にタスキをかけて、ちょこまかと動き回る姿は、非常に愛らしかった。

「まだ、人間の気配は消えていません。なんだか、森の外が騒がしいような気がします。最近はやはり、おかしいですよ」

「分かっているわ。でももう一度来たって、同じよ。たとえ何人来たって私が追い返してあげる」

 人間は弱っちい生き物だ。
 百年の間に何度かここへ来た人間もいたが、私に勝てるものなどいなかった。
 ましてや、しっぽが九本になった私に叶う人間など、もうこの世界のどこを探したっていないだろう。

「それにしても、開拓地だなんて……」

 精霊が不安そうに呟いた。
 私は気分が悪くなって、悪態をついた。

「人間は愚かだわ。この森をなくそうなんてこと、させない」

 私は知っている。
 人間たちは、自らの領土を広げるために、木を切り倒し、森を焼き払い、そこへ新たな街を作るということを。
 それがどれほど愚かなことか、人間は分かっちゃいない。
 森がなくなれば、精霊たちは消え去り、動物は死に絶え、そして瘴気はこの地に蔓延することになるだろう。

「それに魔獣を管理するですって? ほんと、傲慢もいいところだわ」

 まぶたを伏せる。
 私たちは管理されるものじゃない。
 人間の手に負えない生き物だということを、あの男は知らないのだろうか。

「とにかく、しばらくは用心ですね」

「まったく。人間の話をしていたら、気分が悪くなっちゃったわよ」

 気分が重くなって、私はため息を吐いた。
 大儀そうに立ち上がって、ゆったりと歩き出す。

「どちらへ?」

「……少し、外へ出てくるわ」

 そう言って、ふすまに手をかけた。
 森には相変わらず雨が降っている。
 私は大好きな森へと歩き出した。

 
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