浅葱優よろず事務所

天汐香弓

文字の大きさ
8 / 17

闇夜の命と影斗

しおりを挟む

いつものように高校の授業を終えた優がバスを降りると、事務所の前に男が立っていた。
「お待たせしました。ご依頼ですか?」
男は振り返ると優の凛とした美しさに目を瞠る。
「あなたが、除霊をしてくれると言う……」
「どうぞ。中に」
鍵を開けた優が男を事務所へ招き入れるとソファーに案内した。
「実は……」
男は隣接する帷町の者だと言う。自分の所有する山に突然、「人攫いの木」が現れたと訴えた。
「人攫いの木?神隠しですか?」
優がそう問いかけると、男が「そうです!それ!」と頷いた。
「以前から無断で山に入ってバーベキューやキャンプをする輩がいて注意はしていたんです。ですが先月から山に入ったグループからひとりふたりと消える事件が発生しまして……」
汗を拭う男の困った様子に優が息を吐いた。
「人攫いの木か……嫌な予感しかしないな」
そう呟きながら依頼人に視線を向けた。
「わかりました。ご依頼、引き受けます」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
男は感謝しながら帰って行った。
『こう言う依頼はさっさと終わらせようぜ』
「そうだね」
優がニッコリと笑う。
「明日は土曜だし、朝から行って終わらせよう」
そう告げるとその日は早めに就寝し、翌朝準備を始めた。
出発しようとしたところで、事務所の扉が勢いよく開き、彼方が姿を現した。
「おはよう、優君。今日も君は綺麗だね。……おや?これからどこか行くのかい?」
「……隣町の山に依頼でね。用があるならまた後で」
そう言って追い返そうとしたが、彼方は軽く肩をすくめて微笑んだ。
「僕も一緒に行くよ」
『おい、何勝手に決めてんだ!』
玲王が怒りを露わにするが、彼方は気にも留めず、優の肩を抱くと白いフェラーリにエスコートする。
「さ、乗って。ドライブデートだね」
玲王の苛立ちを背に、優はひとつため息をつくと、仕方なく車に乗り込んだ。

目的の山に到着し、奥へ進むと嫌な気配が濃くなるのを感じる。
目の前には大きな木がそびえ立ち、その周囲には黒い瘴気が漂っていた。
「……嫌な感じだな」
優が呟くと、突然黒い霊力のこもった触手が優に向かって襲いかかってきた。
「危ない!」
彼方が即座に優を庇い、護符を放つと黒い力を跳ね除ける。そしてそのまま叫んだ。
「影斗!やめるんだ!」
「彼方さん?」
彼方の言葉に優は驚くが、ザッと草を踏む音と共に、木の背後から一人の男が現れた。長い黒髪を背中に流し、黒いシャツを身に纏ったその姿は、彼方と瓜二つだった。

「弟の分際で、俺に楯突くつもりか?」
影斗と呼ばれたその男は冷笑を浮かべ、黒い霊力を触手のように操り、彼方に襲いかかる。
「優君、下がって!」
彼方が再び優を庇うが、その触手の霊力の大きさに、優は印を切った。
「霊破之影!護念結界!」
霊力を放って黒い触手を断ち切り結界を張る。
影斗は優のその行動にを見て満足げに微笑んだ。
「流石はアマテラスの加護を受けた男だな……浅葱優。やはり俺はお前が欲しい」
影斗はそう言うと、優の意識に語りかけた。
『私の優、俺のそばにいれば、きっと幸せになれる。俺の下で滾る悦びを与えてやろう』
優の心の中に、影斗の言葉がじわりと染み込んでいく。影斗は意識の中で優の手を取り、強く引き寄せようとする。
「うっ……」
優は頭を押さえ、苦しそうに顔を歪めた。
『やめろ!』
玲王が思念を吹き飛ばすと、影斗は玲王に向かって高笑いを放った。
「お前が守護霊か。だが、所詮はアマテラスに遣わされた眷属に過ぎない。俺は闇夜の命だ――かつてアマテラスと対峙した大いなる力の神であ。あの時はアマテラスに敗れたが、今こうして生まれ変わり力を得た。眷属ごときのお前とは格が違う!」
影斗は高らかに告げると、優を見つめた。
「近い内に、お前は俺のものになる。その時を楽しみにしてるぞ」
高笑いと共にそう言い残し、影斗は黒い瘴気と共に姿を消した。


事務所に戻った優は、彼方を睨みつけながら問いかけた。
「あの男は……?闇夜の命って何?」
彼方は一瞬ためらうように視線を反らしたが、静かに語り始めた。
「あれは僕の双子の兄、影斗だ。そして……太古の昔、アマテラスと同等の力を持つ闇夜の命という神の生まれ変わりでもある」
彼方の言葉に優が息を呑む。
「闇夜の命は、スサノオを唆して地上を荒らし、アマテラスと他の神々の縁を断とうとした。だが最終的にアマテラスによって滅ぼされた凶暴で悪辣な神だ。そしてその魂が長い年月をかけ、影斗に転生したんだ」
「……だからって、なんで俺を……?」
「君が生まれた時、アマテラスの加護を受けたことを影斗は感じ取った。君はアマテラスの御子なんだよ。影斗は君が生まれてからずっと、君をアマテラスへの復讐の象徴として手に入れようとしている。そして……君の力を利用し地上を再び破壊しようとしている……」
優はショックで言葉を失った。だが、ふと気付き玲王を見つめ、疑問を口にした。
「玲王、お前は知ってたのか?」
玲王は苦しそうに顔を歪めたが、静かに頷いた。
『……俺はアマテラス様に遣わされ、お前を守護するよう命じられた。でも、それだけじゃない。俺は純粋にお前を愛している。どんな危険があっても、お前を守りたいと思っている』
玲王の言葉に優は複雑な表情を浮かべながら、微かに微笑んだ。
そして彼方も優の前で膝をつくと、優の手を取り熱い眼差しを向けた。
「僕も、君を守りたい。影斗の弟として、そして君を愛する者としてね」
その言葉に、優は複雑そうな表情を浮かべると小さく頷いた。
『怒っているのか?』
夜、布団に潜り眠れずにいた優に玲王が恐る恐る問いかける。
「怒るって何が?」
『いや……その、優がアマテラス様の御子だと教えてないこと』
「別に。大丈夫。気にしないで」
優はそれだけ告げると目を閉じた。

この後の夢のシーンは激しいので別場所でアップします。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

チョコのように蕩ける露出狂と5歳児

ミクリ21
BL
露出狂と5歳児の話。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

処理中です...