浅葱優よろず事務所

天汐香弓

文字の大きさ
11 / 17

神秘光輪教

しおりを挟む
体育祭の騒動も落ち着き、いつもの学校生活に戻っていた。事件が続いていたせいか、何でもない日常がどこか心地よかった。
『最近は平和だな』
玲王がふっと呟く。
「まあな。でも、そういう時こそ何かあったりするからな。」
玲王と軽口を叩きながら教室に入ると、クラスメイトたちが楽しげに話していた。
「なあ、聞いたか?駅前の再開発、急に話が進んでるらしいぞ」
「うちの親父も取引先が増えたって喜んでたよ」
「うちの家業もな、最近調子が良くてさ。まさに奇跡って感じ」
優は何気なく会話を聞き流していたが、ふと隣の席のクラスメイト、木島翔が嬉しそうに語り出した。
「うちの父さんの事業も、教祖様のおかげで持ち直したんだよ」
「教祖様?」
優は眉をひそめる。
「そう、『神秘光輪教』っていうとこがあるんだ。父さん、最初は疑ってたけど、信者になったら本当に事業がうまく回るようになってさ。おかげで俺も希望の大学に進学できるかもしれないって母さんが喜んでるんだ」
翔の話を聞きながら、優の胸に小さな違和感が広がった。
「神秘光輪教……?」
その名前を初めて耳にしたが、どこか引っかかるものを感じた。
『優、どうした?』
玲王が静かに囁く。
「どんな教えなんだ?」
優はあえて平静を装いながら訊ねた。
「すごくシンプルだよ。『神秘の光が人々を救い、導く』って教えでさ。入信した人はみんな成功してるし、変な強制もないから安心できるんだ」
「へえ……」
優は適当に相槌を打ちながらも、心の奥で違和感が募っていた。宗教団体が広まること自体は珍しくないが、周囲の人々が「奇跡が起きた」と口を揃えるようになるのは不自然だ。
そして何より、「教祖様」という存在に誰も疑念を持っていないこと が引っかかっていた

その日以降、優は「神秘光輪教」の名前を至るところで耳にするようになった。
駅前を通りかかると信者らしき人々が冊子を配る姿が目に入る。
企業の会長や財界人がこぞって新しいビジネスの成功を語るネット記事も増えてきた。
政治家が「新しい時代の繁栄」を説き、「光の加護」に言及するようになるとさすがの優も加護がどんなものかと思わざるおえなくなっていた。
『……これは偶然じゃないな』
玲王が渋い表情を浮かべた。
「……なにか思惑が絡んでるのか……?」
優も同じことを考えていて考え込む。
「依頼じゃない以上深入りするつもりはないけど……」
『ああ、関わらないのが一番だろうな』
玲王もまた、そういい切ると、これ以上関わらないようにしようと思うのだった。

数日後、クラスの雰囲気に変化が現れ始めた。
「最近、うちの親も『神秘光輪教』に興味を持ち始めたんだ」
「俺もさ、親が勧めてきたから入ろうかと思ってる」
「すごくいい教えらしいよね。何よりみんな幸せそうだし」
以前は宗教に無関心だったクラスメイトたちが、次々と肯定的な言葉を口にするようになった。
優は無意識に拳を握りしめると胸のざわめきを飲み込んだ。
(……気味が悪い)

放課後、翔が優に話しかけてきた。
「浅葱もさ、一度だけでも話を聞いてみないか?入信しなくてもいいんだ。教祖様のお話を聞くと、不思議と心が軽くなるんだよ」
「……うちは寺だし、そういうのに興味ないから」
優はやんわりと断った。
「そうか……でも、いつでも歓迎だからな」
翔は笑って去っていったが、優の中の違和感は膨らむ一方だった。
『……あいつ、少し変わったな』
玲王が低く呟いた。
「だな……」
優は翔の後ろ姿を見送りながら、「神秘光輪教」がただの新興宗教ではないことを確信していた。

その夜、事務所で一人考え込んでいると、不意に背筋が冷たくなった。
『……優』
玲王が警戒するように名前を呼ぶ。
「わかってる」
どこかで何かが暗躍している──その確信が、優の胸に重くのしかかった。
「……やっぱり、このまま放ってはおけないな」
優は小さく息を吐きながら、関わりが避けられないことを感じていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

チョコのように蕩ける露出狂と5歳児

ミクリ21
BL
露出狂と5歳児の話。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...