生残の秀吉

Dr. CUTE

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百三十八.悔恨の一益

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天正十一年二月二十日 酉の刻

「ちぃっ、してやられたわぃ・・・。」

一益かずます鞍掛峠くらかけとうげから光蓮寺こうれんじに出てきた軍勢が秀吉ひでよし本隊と考えていたが、実はこれは別働隊であり、秀吉ひでよし本隊三万は安土あづち出立しゅったつし、山岳けわしい安楽峠あんらくとうげを通って鈴鹿口すずかぐちに出て、これに光蓮寺こうれんじからの秀勝ひでかつ隊・信吉のぶよし隊も合流し、一気にみねせき国府こう亀山かめやまの諸城に攻めかかった。滝川益重たきがわますしげをはじめとする諸城の滝川たきがわ勢はきょを突かれた形となり、関城せきじょう国府城こうじょうはまもなく陥落し、峰城みねじょう亀山城かめやまじょう秀吉ひでよし軍に包囲されて兵を動かせない状態になった。てっきり秀吉ひでよし本隊は大軍でじか長島ながしまを攻めると詠んでいた一益かずます峰城みねじょうの援護に出ようとしたが、北からの小一郎こいちろう隊と東からの信雄のぶかつ隊に背後を押さえられた形となったため、身動きが取れなくなった。地団駄じだんだを踏む一益かずますの元へ、関城せきじょうから逃げ延びた彦次郎忠征ひこじろうただゆきが戻ってくる。

義父上ちちうえ、申し訳ございません。北への威嚇いかくばかりに気を取られ、まさか鈴鹿すずかの山奥からあれほどの大軍が押し寄せるとは・・・、油断してしまいましたぁ・・・。」

其方そなたを責めたりはせんっ。わしも迂闊うかつじゃったわぃっ。まさか本隊を鈴鹿口すずかぐちから寄せるとはなっ・・・。それで彦次郎ひこじろうっ、どれだけおおせたんじゃぁ。」

「やけに搦手からめての囲いが手薄てうすでございましたので、わたくしめは五十ほどの兵と共に一気に駆け出しましてぇ・・・。他の者とはあわよくば長島ながしまで逢おうぞと誓って散ったのですが、こちらに着いて確かめると、無事におおせられた者が数多くおるようでぇ・・・。」

追手おってはおらんかったのかぁ。」

「それがぁ・・・、敵はみね亀山かめやまの城を囲んだまま動かず、伊勢路いせじ沿いの街も未ださほどに荒らされておらず、案外とこちらには早く辿たどけ申したぁ・・・。」

(何を考えておるっ、筑前ちくぜんっ・・・。わざと囲みをゆるめておるというのかぁ・・・。それとも烏合うごうしゅうだけに、動きが遅いということなのかぁ・・・。)

出鼻でばなくじかれ、頭の中が混乱している一益かずますを、肩で息をする忠征ただゆきが呼び覚ます。

「いずれにせよ、南の城がことごとく攻められましたので、われらが敵方てきがた撹乱かくらんさせる策はできなくなり申したぁ。如何いかがいたしますかぁ・・・。」

(確かに筑前ちくぜんらはわしらの動きを止めるのには成功しておるっ。しかし籠城ろうじょうの策はときをかけることになるぞぉっ。わしらを討つ前に権六殿ごんろくどのが進軍してくるぞぃ・・・。そんなことが分からん筑前ちくぜんではあるまいっ。)

忠征ただゆきの声が聞こえない一益かずますは必死に秀吉ひでよしの思惑をはかる。しかし家臣からのしらせだけで一益かずますが納得いく答えを見出すことはできなかった。

(ここで見極めるには限りがあるぅっ・・・。)

一益かずますは思わず立ち上がり、いささか憤怒ふんどの声を放つ。

彦次郎ひこじろうっ、わしは桑名くわなまで出るっ。ここを頼むぞぉっ。」

一益かずますは二名のともだけを引き連れて、長島ながしまの城から馬を走らせ、桑名くわなに向かう。桑名城くわなじょう長島城ながしまじょうから長良川ながらがわ揖斐川いびがわを挟んで目と鼻の先にある。馬を走らせれば半刻はんこくもかからないのだが、一益かずますは途中で光蓮寺こうれんじに並べられた数多あまた総金そうきんのぼりの配置の異変に気付き、馬を止める。一呼吸いて心を落ち着かせた一益かずますは敵陣との距離を眼で測る。

(んむっ、光蓮寺こうれんじに陣取っていた敵勢がわずかではあるが長島ながしまに近づいておるっ。ゆっくりとこちらへ押し寄せるというのかぁ。桑名くわなを攻めるはあちらの隊かぁ・・・。)

一益かずますは再び馬を駆けさせる。馬上の一益かずますの頭の中では、秀吉方ひでよしがたのどの隊が主力となって長島ながしまをどこから攻めてくるか、様々な戦術が目まぐるしく想起される。しかしあくまで想像である。確信を得るには、長島ながしまよりも桑名くわなの高い天守てんしゅに立ち、敵勢の陣形を見極める必要がある。いつもの桑名くわなへの道を今日の一益かずますはやけに長く感じ入る。桑名城くわなじょうに駆け込んだ一益かずますは馬を降りるやいなや、とも小兵こひょうたちを置き去りにして天守てんしゅを駆け上がる。そして早速さっそく南の方角を展望する。

所々ところどころ煙は出ておるが、あれは皆城からじゃぁ。街が焼かれておる様子はねぇっ。わしらを北と南に分つつもりなら伊勢路いせじのあちらこちらに火をかけるはずじゃぁ。なっ、なのにぃっ、これでは南の城を追いやられた者らは易々やすやすとこちらへおおせれるではないかぁっ・・・。まるで意図して長島ながしまへ追いやって、再起をうながしとるようじゃぁ・・・。)

しばらく呆然ぼうぜんと景色を眺めた後、一益かずますは思い出したかのように今度は西の光蓮寺こうれんじ方面の敵の陣形を確かめる。

(すっ、既に三重の隊列を敷いておるっ。隊と隊の隙間すきまは狭くぅっ、あれでは馬を走らせるには窮屈きゅうくつじゃぁ・・・。あれは攻める陣形ではないっ。北と東同様、わしらを封じる陣形じゃぁっ。烏合うごうしゅうとはいえ、あんだけの数の兵を南北につらねられてはぁっ・・・。くやしいが、なんとも贅沢ぜいたくな陣取りよぉっ・・・。)

呆気あっけとなる一益かずますは力が抜けたかのようにその場にしゃがみ込み、再び南の方角に気の抜けた視線を向ける。

(どう考えても、これは長きに渡る籠城ろうじょうをわしらに仕向けとるっ。筑前ちくぜんにはそんな猶予ゆうよはないはずっ・・・。早くわしの首を獲って権六殿ごんろくどのとのいくさに備えなければならないはずっ・・・。なのにぃっ、なのに筑前ちくぜんはぁっ・・・、真面目まじめにわしの首をるつもりがあるとはとても思えんっ・・・。はっ・・・。)

そのとき、一益かずます脳裏のうりいかずちが走り、両眼がかっと大きく開く。そのうち一益かずますの内臓から何か生ぬるいものが身体の外へし、一益かずますは深い闇に取り込まれる。

(そっ、そうかぁっ。そもそも筑前ちくぜんはわしらを討つつもりははなく、わしらを長島ながしまに封じて大人おとなしくさせ、あわよくばわしらを味方にぃ・・・。そうだと知らず、わしは大殿おおとの仇討あだうちと称して、筑前ちくぜんを迎え撃つを意気揚々いきようようとして待ち構えとったとは・・・。)

ようやく追いついてきた二人の兵は、そこに項垂うなだれたまま泣いているような風の一益かずますを見る。しばらくすると一益かずますは小さな一人笑いを始める。

(こちらはときかせいで筑前ちくぜん一矢いっしむくいんと暴れ回ってやろうとしとったというにぃ、筑前ちくぜんえてわしらの足掻あがきに付き合い、最後には取り込もうとしとるとはぁ・・・。越前えちぜんからの権六殿ごんろくどのには既に十分備えておるんじゃろう。はぁぁっ、情けないのぉ・・・。わし自身、此度こたび大戦おおいくさと考えとったが、 筑前ちくぜんにとってのわしらは使えるか使えないかのただの小兵こひょうで、むしろ滝川たきがわ党をかかえる好機ととらえておったとはぁ・・・。)

ともの兵らは一益かずますの表情を理解できない。一益かずますにしては臆面おくめんもなくそのさまを見せつけるので、ともの一人が思わず一益かずますに問う。

「いっ、如何いかがされましたかぁ。」

家臣の存在に気付いた一益かずますは、鼻をすすりながら頭を上げる。

「何でもない。それよりほうみねの城にもぐみ、益重ますしげに伝えよ。敵は籠城ろうじょうに徹する気じゃ。援軍は出せんが、無理して城から出ず、己の限界までときかせげと・・・。」

手持ても無沙汰ぶさただった小兵こひょうは一礼し、伝令と化して天守てんしゅを降りる。

(そうと分かれば、最期まであらがうこととさせてもらうかのぉ・・・。それにつけても、こんなに早く手足をもがれて、城にこもるしかなくなったとは・・・。もはや権六殿ごんろくどの筑前ちくぜんを討たん限り、わしらには勝ちがねぇということかぁっ・・・。期待できんのぉ・・・。)
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