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駆引
百三十九.奮戦の氏郷
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天正十一年三月二日 亥の刻
松明の灯りの下で、蒲生氏郷は焦る。
(早う、この峰と亀山の城を落とさねばぁ・・・。)
秀吉本隊の急襲によって、伊勢のほとんどの城は陥落した。残るは一益らが残る長島・桑名城と、ここ鈴鹿の峰・亀山城だけとなった。秀吉の思惑では、長島に滝川一党を全て封じ込めるつもりだったが、滝川党の抗戦は激しく、未だに峰・亀山の落城に手こずっている。そして氏郷が焦るのにはもう一つの理由があった。柴田勝家の軍勢が北庄城に集結している報せが入ってきたのである。
(このままでは伊勢に兵を残さねばならぬ。それでは筑前様に背後を気にせず、安心して北に向かってもらえまいっ。)
秀吉本隊が伊勢に入って十日ほど経ったが、この頃秀吉は鈴鹿を氏郷と三好信吉に任せ、二万の兵と共に小一郎が陣取る多度山に移動していた。柴田勢の来襲に備えるためである。氏郷は秀吉が伊勢を離脱する前に峰・亀山を片付け、北上する秀吉軍の兵を少しでも増やそうと目論んでいたが・・・。
(滝川党は強いっ。この兵の数の差でも一向に士気が落ちんっ。おまけに峰の城は益重殿が強固に仕上げておるっ。あれを落とすはあと三月ほどかかる。せめて亀山の城だけでも落とさなければぁ・・・。)
氏郷は焦るあまりに、数多の兵を亀山の城に突入させ、城門の突破を図ろうとするものの、滝川勢は巧みに兵の配置を変えながら氏郷の兵に鉄砲・弓矢を撃ち掛ける。氏郷の隊は思った以上に犠牲を出し、それがさらに氏郷の焦りを煽る。
(無理して多くの犠牲を払って勝つような戦をしてしまえば、結局筑前様に預ける兵は無くなってしまう。うぅぅむっ、どうしたものかぁ・・・。)
氏郷が亀山城の大手門正面に構えた陣中から城門を睨みつけていると、突然『ごぉぉぉぉっ』という轟音と地響きが辺りに響き渡る。
「なっ、何事じゃぁ・・・。」
氏郷の陣中は慌てふためく。しかし音は陣中からではなく、陣の外からであるのは明らかであった。しばらくすると何か焦げ臭い匂いが氏郷らの鼻を襲う。しばらくして一人の小兵が入ってくる。
「忠三郎様ぁっ・・・、城から黒煙が立っておりまするぅっ・・・。」
「何ぃっ・・・。」
床几に座していた氏郷はがさと立ち上がり、護衛の兵を押し退けて陣を飛び出し、亀山城の空を仰ぐ。天守ではない。確かに城の敷地の何処からかもくもくと太い黒煙柱が立ち上っており、それが月明かりに照らされているのが確かめられる。氏郷は頭が真っ白の状態でしばらく煙を眺めるが、ふとわれに帰り、元いた床几に座し直し、慌てて城の図面を拡げる。
「煙が立っているのはぁ・・・、ここかぁ・・・。誰ぞぉっ、この建屋が何か知っておる者はおるかぁっ・・・。」
氏郷は図面に燭台の灯りを当てながら、周りの兵たちに見せて回るが、皆首を傾げ、誰にも知る様子は見られない。苛つく氏郷であったが、そこへ轟音に驚き、氏郷の身を心配して駆けつけた関盛信が駆け入ってくる。
「氏郷殿ぉっ・・・、御無事かぁっ・・・。」
「おぉっ、義叔父上ぇっ、よいところに来てくだされたぁ。」
盛信は氏郷の無事な様子に安堵するが、盛信の心配をよそに、氏郷は今の疑問を盛信にぶつけることしか頭にない。
「義叔父上っ、この音は亀山の城からでござる。煙はこのあたりから立っておるようじゃが、この建屋をご存知かぁっ・・・。」
「なっ、何をいきなりぃっ・・・。んっ、この建屋かぁ。確かここはぁ・・・、武器庫じゃぁ。伊賀の者から取り上げた火薬をここに運び込んどった覚えがあるぅっ。」
「武器庫ぉ・・・。これはもしかするとぉ・・・。」
氏郷は黙り込む。氏郷の頭の中では亀山城の上空からの様子が映し出され、その背景の中に氏郷は敵兵の配置を次々と嵌め込んでいく。
(先刻の攻撃のときの敵の配置はこうだったはずじゃ。理由は分からんがもし武器庫が爆発したのだとしたら、当分この配置を変えられないはずっ・・・。ならばぁっ・・・。)
氏郷の勘が冴え渡る。
「義叔父上ぇっ、先刻の攻撃で敵は深手を負ってるはずぅっ。これまで敵は城内で兵を入れ替え取っ替えできておったので、われらが攻撃を畳み掛けても勢いを落とさなんだが、今の爆発で兵の動きが麻痺しとるはずじゃぁっ・・・。今が攻め刻ぃっ・・・。今、総攻撃を仕掛ければ、城に雪崩れ込めるっ。そう思いませぬかぁ・・・。」
「確かに今、城内が混乱しとるのならば、うまくいくじゃろうが、案外と大したことはないかもしれん。ここは探りを入れてはぁ・・・。」
「いやぁっ、然様な暇はござらん。敵に陣形を立て直す隙を与えてはなりませぬぅっ。ここは賭けでございまするぅっ。いざっ、討って出ましょうぞぉっ・・・。」
周囲の兵たちは疲れている。正直言って休みたい。しかし氏郷の勘が当たっていれば次の攻撃で決着がつき、長い休みが取れる期待もある。盛信はそんな兵たちの雰囲気を嗅ぎ取り、今後、味方の士気がこれ以上高まることはないと察する。
「分かり申した。ここは氏郷殿に賭けましょうぞぉ。今の氏郷殿には戦の神が舞い降りておりまするぅっ。わしも決しましたぞぃっ。いざ、号令をっ・・・。」
氏郷は一つ頷き、大声を張る。
「皆の者ぉっ・・・。敵は今の爆発で混乱しとるはずじゃぁっ。これは天がもたらした好機ぃっ・・・、これより総攻撃を掛けるぅっ・・・、わしに続けぇっ・・・。」
盛信の予想通り、兵たちの期待の叫び声が大きい。
「ぅおぉぉぉぉっ・・・。」
そして氏郷は自ら先頭に立ち、亀山城・大手門に攻め入る。あれだけ突破に手こずっていたのが嘘だったかのように、氏郷隊は呆気なく城に雪崩れ込む。氏郷は鬼神の如く勇猛に槍を振り回し、どんどんと城の奥へ進んで行く。氏郷の勢いは止まらない。誰も氏郷を止められない。敵兵は堪えきれず、少しずつ搦手から逃げていく・・・。そして・・・、翌日未明に氏郷は亀山城の制圧に成功した。陽が昇ってからその報せを受けた多度山の秀吉は喜ぶ。
「でかしたぁっ、忠三郎ぅっ、これで五万の兵を動かせるぞぃっ・・・。」
松明の灯りの下で、蒲生氏郷は焦る。
(早う、この峰と亀山の城を落とさねばぁ・・・。)
秀吉本隊の急襲によって、伊勢のほとんどの城は陥落した。残るは一益らが残る長島・桑名城と、ここ鈴鹿の峰・亀山城だけとなった。秀吉の思惑では、長島に滝川一党を全て封じ込めるつもりだったが、滝川党の抗戦は激しく、未だに峰・亀山の落城に手こずっている。そして氏郷が焦るのにはもう一つの理由があった。柴田勝家の軍勢が北庄城に集結している報せが入ってきたのである。
(このままでは伊勢に兵を残さねばならぬ。それでは筑前様に背後を気にせず、安心して北に向かってもらえまいっ。)
秀吉本隊が伊勢に入って十日ほど経ったが、この頃秀吉は鈴鹿を氏郷と三好信吉に任せ、二万の兵と共に小一郎が陣取る多度山に移動していた。柴田勢の来襲に備えるためである。氏郷は秀吉が伊勢を離脱する前に峰・亀山を片付け、北上する秀吉軍の兵を少しでも増やそうと目論んでいたが・・・。
(滝川党は強いっ。この兵の数の差でも一向に士気が落ちんっ。おまけに峰の城は益重殿が強固に仕上げておるっ。あれを落とすはあと三月ほどかかる。せめて亀山の城だけでも落とさなければぁ・・・。)
氏郷は焦るあまりに、数多の兵を亀山の城に突入させ、城門の突破を図ろうとするものの、滝川勢は巧みに兵の配置を変えながら氏郷の兵に鉄砲・弓矢を撃ち掛ける。氏郷の隊は思った以上に犠牲を出し、それがさらに氏郷の焦りを煽る。
(無理して多くの犠牲を払って勝つような戦をしてしまえば、結局筑前様に預ける兵は無くなってしまう。うぅぅむっ、どうしたものかぁ・・・。)
氏郷が亀山城の大手門正面に構えた陣中から城門を睨みつけていると、突然『ごぉぉぉぉっ』という轟音と地響きが辺りに響き渡る。
「なっ、何事じゃぁ・・・。」
氏郷の陣中は慌てふためく。しかし音は陣中からではなく、陣の外からであるのは明らかであった。しばらくすると何か焦げ臭い匂いが氏郷らの鼻を襲う。しばらくして一人の小兵が入ってくる。
「忠三郎様ぁっ・・・、城から黒煙が立っておりまするぅっ・・・。」
「何ぃっ・・・。」
床几に座していた氏郷はがさと立ち上がり、護衛の兵を押し退けて陣を飛び出し、亀山城の空を仰ぐ。天守ではない。確かに城の敷地の何処からかもくもくと太い黒煙柱が立ち上っており、それが月明かりに照らされているのが確かめられる。氏郷は頭が真っ白の状態でしばらく煙を眺めるが、ふとわれに帰り、元いた床几に座し直し、慌てて城の図面を拡げる。
「煙が立っているのはぁ・・・、ここかぁ・・・。誰ぞぉっ、この建屋が何か知っておる者はおるかぁっ・・・。」
氏郷は図面に燭台の灯りを当てながら、周りの兵たちに見せて回るが、皆首を傾げ、誰にも知る様子は見られない。苛つく氏郷であったが、そこへ轟音に驚き、氏郷の身を心配して駆けつけた関盛信が駆け入ってくる。
「氏郷殿ぉっ・・・、御無事かぁっ・・・。」
「おぉっ、義叔父上ぇっ、よいところに来てくだされたぁ。」
盛信は氏郷の無事な様子に安堵するが、盛信の心配をよそに、氏郷は今の疑問を盛信にぶつけることしか頭にない。
「義叔父上っ、この音は亀山の城からでござる。煙はこのあたりから立っておるようじゃが、この建屋をご存知かぁっ・・・。」
「なっ、何をいきなりぃっ・・・。んっ、この建屋かぁ。確かここはぁ・・・、武器庫じゃぁ。伊賀の者から取り上げた火薬をここに運び込んどった覚えがあるぅっ。」
「武器庫ぉ・・・。これはもしかするとぉ・・・。」
氏郷は黙り込む。氏郷の頭の中では亀山城の上空からの様子が映し出され、その背景の中に氏郷は敵兵の配置を次々と嵌め込んでいく。
(先刻の攻撃のときの敵の配置はこうだったはずじゃ。理由は分からんがもし武器庫が爆発したのだとしたら、当分この配置を変えられないはずっ・・・。ならばぁっ・・・。)
氏郷の勘が冴え渡る。
「義叔父上ぇっ、先刻の攻撃で敵は深手を負ってるはずぅっ。これまで敵は城内で兵を入れ替え取っ替えできておったので、われらが攻撃を畳み掛けても勢いを落とさなんだが、今の爆発で兵の動きが麻痺しとるはずじゃぁっ・・・。今が攻め刻ぃっ・・・。今、総攻撃を仕掛ければ、城に雪崩れ込めるっ。そう思いませぬかぁ・・・。」
「確かに今、城内が混乱しとるのならば、うまくいくじゃろうが、案外と大したことはないかもしれん。ここは探りを入れてはぁ・・・。」
「いやぁっ、然様な暇はござらん。敵に陣形を立て直す隙を与えてはなりませぬぅっ。ここは賭けでございまするぅっ。いざっ、討って出ましょうぞぉっ・・・。」
周囲の兵たちは疲れている。正直言って休みたい。しかし氏郷の勘が当たっていれば次の攻撃で決着がつき、長い休みが取れる期待もある。盛信はそんな兵たちの雰囲気を嗅ぎ取り、今後、味方の士気がこれ以上高まることはないと察する。
「分かり申した。ここは氏郷殿に賭けましょうぞぉ。今の氏郷殿には戦の神が舞い降りておりまするぅっ。わしも決しましたぞぃっ。いざ、号令をっ・・・。」
氏郷は一つ頷き、大声を張る。
「皆の者ぉっ・・・。敵は今の爆発で混乱しとるはずじゃぁっ。これは天がもたらした好機ぃっ・・・、これより総攻撃を掛けるぅっ・・・、わしに続けぇっ・・・。」
盛信の予想通り、兵たちの期待の叫び声が大きい。
「ぅおぉぉぉぉっ・・・。」
そして氏郷は自ら先頭に立ち、亀山城・大手門に攻め入る。あれだけ突破に手こずっていたのが嘘だったかのように、氏郷隊は呆気なく城に雪崩れ込む。氏郷は鬼神の如く勇猛に槍を振り回し、どんどんと城の奥へ進んで行く。氏郷の勢いは止まらない。誰も氏郷を止められない。敵兵は堪えきれず、少しずつ搦手から逃げていく・・・。そして・・・、翌日未明に氏郷は亀山城の制圧に成功した。陽が昇ってからその報せを受けた多度山の秀吉は喜ぶ。
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