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第一章 社畜と女子高生と湾岸タワマンルームシェア
3.女子高生とタワーマンション最上階
しおりを挟む俺はこれまで、四国にある実家と今住んでいる千葉のボロアパートにしか住んだことがない。だからタワーマンションなんて、上級国民様のハイソサエティな社交場で、俺には縁のないものだと思っていた。
その高貴なタワーマンションを、一人の女子高生が遠慮なく歩いてゆく。
ゲートをくぐり、噴水つきの中庭のど真ん中を突っ切って。
当然のようにオートロックの入り口で鍵を開けると、吹き抜けのエントランスホール。サロン的な場所やランドリー、カフェなどが入っている。マンションというよりホテルみたいだ。
常磐理瀬はそれらに目もくれず、一直線にエレベーターへ。
よりによって最上階のボタンを押した。
「いちばん上の階、なのか……?」
「もしかして高所恐怖症ですか?ベランダに出なければ大丈夫ですよ」
もちろんそういう意味ではない。
タワーマンションの高層階といえば、最も高額な部屋のあるフロアだ。
「このマンションの部屋、いくらくらいするんだ……?」
「私の部屋は八千万くらいでしたよ。下のほうならもっと安いみたいですけど」
おそろしく早いエレベーターの中で、間が持たなくなった俺は耐えきれずに聞いてみた。
俺の年収で八千万円の家を買うにはどうすればいいのだろうと頭の中で試算したが、どうやっても無理だという結論に達した。
八千万ってマンションどころか億ションに近いじゃないか。八千万と一億なんて俺には同じように思える。一億と八千万円の差額二千万円だけで地方の小さな家でも買えそうなものなのに、桁違いすぎてうまく理解できない。
「きれいにしてる訳じゃないので、くつろいでください」
部屋は3LDKだった。
きれいにしてる訳じゃない、と言うわりには散らかったものが一つもなく、新築のためか全てが輝いて見える。リビングには高そうな黒いソファがあり、俺はそこに座った。
「今すぐ作れるの、チャーハンしかないんですけど」
「お、おう、何でもいいよ」
アラサー社畜が女子高生に手料理をふるまわれる、という異常事態なのに、タワーマンションのもつ威容に飲み込まれた俺は、常磐理瀬の行動を止められなかった。
常磐理瀬は制服のままエプロンをつけ、せっせと料理を始めた。いまどき女子高生でも趣味が料理じゃなきゃ自炊なんかできないのに、立派なものだ。
そんな常磐理瀬の姿を見ていたら、あっという間にチャーハンが運ばれてきた。
「パラパラにはならなかったけど、そこそこうまく作れました」
激しく湯気を立てているチャーハンは、パラパラどころか少し焦げていた。うーん、どこかで見たような……
「……いただきます」
「いただいてください」
一口食べると、硬い噛みごたえと共に過去の記憶が蘇ってきた。
これは、実家にいる俺の母親の作ったチャーハンと同じだ。
俺の母親はあまり料理が得意でなかった。社畜となった今から思えば、共働きで毎日飯を作っていたこと自体すごいのだが。母親の作る料理の中でも、特にチャーハンはまずかった。市販のチャーハンのもとを使っているからまずくならないはずだが、なにせ焼きすぎるから固くてチャーハン感がない。
常磐理瀬のチャーハンは、残念ながらそれと同じだった。
「味はどうですか?」
「ちょっと焼きすぎじゃないか。メシが硬いな」
女の子の料理について、普通なら褒めるべきところなのだろうが、常磐理瀬に好かれてもメリットがないし、あえて正直に伝える。
「ってかこれ、下準備は何もしてなかったみたいだし、チャーハンのもと入れただけか?」
「そうですよ。いつもこんな感じです」
「まあ、自炊っちゃ自炊だが……おい、もしかして毎日これ食ってんのか?」
「そうですよ?安いし、すぐ作れるから」
常磐理瀬は何も不思議がることなくそう言った。
「……ちょっとキッチン見せてもらうぞ」
俺は高級なシステムキッチンに入り、棚や冷蔵庫を確認した。
確認できた食材は、食パンとジャム(朝食用だろう)、カップ麺、米、そして大量のチャーハンのもと。あとは冷蔵庫にチョコレートなどのお菓子があるだけだった。
「あのなあ、常磐さん。いくら若くて元気だからって、こんな生活してたら病気になるに決まってるだろ。胃潰瘍も多分、この食生活のせいだぞ」
常磐理瀬はチャーハンを食べながら、えっ、という顔で俺を見た。
自分の食生活に問題があるとは思っていなかったらしい。
「そう、なんですか?もともとあまり食べないから、一日千五百キロカロリーは取るように気をつけているのですけど」
「カロリーじゃなくて栄養バランスの問題だ。ちゃんと野菜や魚も食べなきゃダメだ」
社畜になって間もない頃、日々の疲労と金欠でメニューを考える力すらなく、三食カップ麺で生活した結果、無事身体を壊した俺が言うのだから間違いない。
若くて無理をしても身体が動くから、栄養バランスがどれほど大事なのかわかってないのだ。
「言われてみれば、一人暮らしを始めてから調子が悪くなっていったような」
「……まあ、実家を離れた大学生とかよくそうなるからな。胃潰瘍くらいで気づけたのはまだマシだ。若くても、ぶっ倒れて緊急手術とかあるんだぞ。料理できないなら、コンビニとかで買ってくればいいだろ」
「コンビニだと高いし、選ぶのが面倒で」
いや、高いって。豊洲の新築タワーマンションに住みながら何言ってんだ。毎食千円以上食っても良さそうなのに。
でもよく考えたら、食パンもカップ麺もチャーハンのもとも、一番安い部類の食品だ。これを毎日食べ続けられるあたり、本当に食にこだわりがないタイプなのだろうか。
「とにかく、今のままだとまた胃潰瘍に逆戻りだ。バランス考えた自炊したほうがいいよ。クックパッドとかでレシピはあるから」
「クックパッドのレシピは見たんですけど、料理ってやってみないとイメージがわかないんですよ。一口大に切るっていわれてもどれくらいが一口大なのかわからないし、それをいちいち調べてたら時間かかっちゃうし、誰か教えてくれればいいんですけど」
なるほど。確かに料理って誰かに教えてもらわないと、そもそも基本の用語がわからなかったりするし、一人で試すのは難しいかもしれない。
俺は大学時代ヒマだったから、一人でやってたけどな。
気持ちはわかるが、これでは良くない。
この手の食事をめんどくさがるヤツは、放置したらいつまでも改善しない。
金はかかるが簡単なコンビニすらいやだと言ってるし、また胃潰瘍になられても困る。
「……俺が教えてやろうか?」
「えっ、宮本さん料理できるんですか?」
「お前よりはな。今どき男で料理できるのも、女で料理できないのも珍しくないだろ。自炊はちょっと面倒だけど、ただの食材から料理を作れるようになればコンビニより食費は浮くぞ」
「確かに……」
金の話をすると常磐理瀬は納得した。投資家だというのが本当なら、費用対効果は気になるはずだ。実際、同じものを食べるのならコンビニより自炊のほうが安くすむ。
「でも……それは流石に、宮本さんに迷惑では」
「また胃潰瘍になって倒れたら、常磐さんが警察に保護されて、あの病院を教えた俺が『不適切な関係だった』と疑われるかもしれないからな。ちょうど明日の土曜日、午前中だけ出社するつもりだから、午後に買い物とかんたんな料理を教えてやる。嫌ならいいけど」
「嫌なんかじゃないです、お願いします。なにかお礼もします」
「お礼はいいよ。じゃあ、また明日な。今日はわざわざ晩飯作ってくれてありがとう」
俺は一応チャーハンのお礼を言って、常磐理瀬の部屋を出た。
エレベーターを降り、一人でタワーマンションの広い中庭を歩いていると、なんで俺は女子高生に料理を教える約束なんかしてるんだろう、と後悔の念を覚えた。
でも仕方がない。
事案発生のリスクを考えても、頼れる人がいなくて俺が世話しなければ倒れるかもしれない、という女子高生を放ってはおけなかった。
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