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第二章 社畜と新しい彼女と親子仲のかたち
16.社畜と愛猫
しおりを挟む一度身体を許したあと、俺と篠田の関係は急速に進んでいった。
篠田は毎晩のように求めてきた。俺にとっては二人目の彼女でも、篠田にとっては初めての彼氏であり、これまで二十数年間我慢していた欲求を晴らすように求めてきた。
俺は一人の男として、それを断れなかった。学生時代ならともかく、アラサーになり仕事の疲れもある今、毎日するのは正直きつかった。球数に限りがあるんだ、と説明しておこうかと真面目に何度も考えた。しかし無邪気に求めてくる篠田の期待を裏切ることはできなかった。
正直なところ、理瀬がいるタワーマンションの部屋で行為に及ぶのは抵抗があった。沖縄に行くまで篠田に手を出さなかったのは、近くに理瀬がいると意識して、理性を維持していたからだ。しかし篠田は、そこをあまり気にしていないようだった。行為中の声や音は、俺達の部屋から漏れてリビングまでは届いていただろう。理瀬がそれを聞いていたのかはわからない。知っていて無視していたのかもしれないし、部屋の中でヘッドホンでもつけていれば(理瀬はたまにヘッドホンで音楽を聞いていた)完全に聞こえないはずだ。毎晩のように求め合っても、その日の翌日の理瀬の態度が変わることはなかった。
夜の事情以外にも、俺と篠田は以前より積極的な仲になった。いつの間にか、二人で外出するときは手をつないで歩いていた。腰と腰をほとんど密着させて歩くこともあった。それだけ篠田が俺との距離を詰めてきたのだ。俺は、それを受け入れていた。
沖縄二日目の夜の経験は、篠田が感じていた俺との間にある最後のバリアを突き破り、同僚から男女の関係へと一気に近づけた。
一方で、理瀬の様子はあまり変わらなかった。
学校が夏休みに入り、家にいることが多くなったぶん、少しいつもよりぼうっとしているようにも見えたが、心配になるほどではなかった。
沖縄から帰ってからの変化といえば、俺と篠田の不在時に江連エレンがお土産を受け取りに来て、「やっぱりエレンにお土産なんか買うんじゃなかった」と嘆いていたことくらいだ。
シーサーの置物で旅行先が沖縄だとバレて、そこからビーチで遊んだこともエレンに伝わり、「理瀬が水着買ったの!? プール行こ、プール!」としつこく誘われてしまったのだ。
理瀬は拒否していたが、篠田の「高校生の夏なんだし遊んでくれば?」という何気ないアドバイスもあり、結局エレンとプールに行ったようだ。後日、エレンから水着姿の理瀬とエレン、それに他数名の女友達とプールで撮った画像が送られてきた。「JKの水着画像です! 既読つけたら通報します!」というメッセージ付きで。どうすりゃいいんだよ、と俺は愚痴をつきながら既読をつけた。
水着姿のエレンや他の女子高生が見えたことよりも、その中で理瀬が――そっけない感じではあるが――少しはにかんでピースしていることの方が嬉しかった。理瀬は孤独でも耐えられるタイプだと思っていたが、完全な孤独はただの毒でしかない。俺としては、理瀬が仮想通貨への投資で天才的な才能を発揮することよりも、普通の女子高生として笑ってくれていた方が安心できる。結局のところ、俺に天才の気持ちはわからないのかもしれない。
そんな風にして俺、篠田、理瀬の夏は過ぎ、九月にさしかかったある日の夜。
もはや習慣化した篠田とのベッドタイム中に、部屋の扉がノックされた。
あわてて服を着直し、篠田は狸寝入り。俺が部屋から出ると、泣きそうな顔の理瀬がいた。
「お母さんと、全く連絡がとれなくなったんですよ」
理瀬が握っていたスマホは、「おかけになった電話は現在、電波の届かないところに……」というお決まりのメッセージを延々と流していた。
* * *
沖縄から帰った後も、理瀬は和枝さんと何回かメールや電話のやり取りをしていたらしい。和枝さんは仕事で忙しくなるとなかなか捕まらないが、それでも理瀬が話したいと言えば二、三日で電話できる時間を作っていてくれた。それが今回、メールをしても返事がなく、電話をしてもつながらない状態で一週間経ち、理瀬が我慢できなくなった。
この話を理瀬から聞いて、俺はまず心の中でほっとした。これまでの経緯から、和枝さんは理瀬のことをまともに考えていない本物のクズ親だと疑い始めていたからだ。実際は、限られた時間の中で娘のわがままをなんとか聞いてあげようと努力していたことになる。もちろん毎日同じ家にいる親子と比べればとても薄い関係だが、それでも母が娘を思っていることに変わりはない。
理瀬は困り果てていたが、その日俺にできることはなかった。
俺からメールや電話をしても、結果は理瀬と同じ。
こうなったら足を使うしかない。俺は営業で都心に出ている時、例の高級ホテルを訪れた。
フロントで和枝さんの名前と部屋の番号を伝え、ビジネスでここのホテルで何回か面会しているが最近連絡がつかない、と聞いてみた。高級ホテルなので俺みたいな底辺社畜は筋肉ムキムキのガードマンに連れ出されるかと思っていたが、意外にもあっさりと対応してくれた。
「常磐さまは、一週間前に予定より早くチェックアウトされました」
ものすごく嫌な予感がした。
「理由はわかりました?」
「特に聞いておりません。チェックアウトの手続きは代理の方が済まされましたので」
フロントのホテルマンはあまり表情を変えず、冷静そうに答えた。これ以上の情報は引き出せそうになかった。だがその情報をあえて俺に伝えたことは、意味があるように思えた。
この日はこれだけで会社に戻り、仕事をこなしたあとタワーマンションに戻った。
理瀬にこのことを伝えるべきかどうか、俺は帰った後も迷っていた。理由はどうあれ、和枝さんは俺や理瀬に何も告げず姿を消したのだ。まだ理瀬には言っていないが、和枝さんは俺に理瀬の保護者になってくれ、と伝えてある。
今まで理瀬を気づかっていたのは親として最低限のふるまいで、さっさと俺に理瀬を託そうとしているのだろうか?
和枝さんは、会った感じではそこまで悪い人ではなかった。猫をかぶっていた可能性もあるが、シンプルにいい人だと思う。理瀬を捨てるとは思えない。しかし和枝さんの姿も言葉も感じとれない今、どうしても不信感だけが募ってしまう。
俺が頭を抱えながらリビングのソファに座っていると、理瀬がもっと深刻そうな顔で近づいてきた。
「どうした?」
「サブちゃんが、玄関の靴箱の下から出てこないんですよ……ご飯の時間なのに……」
「出てこない……?」
言われた時点で原因はなんとなくわかっていたのだが、確かめるため玄関に向かった。
三郎太は、靴箱の下でうずくまり、冷たくなっていた。
「あー……」
「どう、ですか?」
「死んでる」
「……」
理瀬も、覚悟はしていたようだ。三郎太は十年以上生きている老猫で、いつ死んでもおかしくない。それは理瀬にも伝えていた。
「うちに引っ越したストレスのせいですか」
「いや。寿命だろう。理瀬は悪くないよ」
俺は冷たくなった三郎太を抱き、リビングでお気に入りの毛布にくるんでやった。部屋にいた篠田も出てきて、「あー」と言いながら手を合わせていた。
「どうします? このへんじゃ埋めるとこないですよね」
「ペットの火葬屋さんでも探すしかないな」
篠田は栃木の田舎生まれなので、猫の死体を見てもたいして驚かず、淡々と後処理の話をした。その話を聞いている理瀬は、少し青くなっている。火葬という行為のグロテスクさ、死んだ後に淡々とそんな話をする俺たちとの間でカルチャーショックを起こしたらしい。
「今日はここで眠らせておいてやるから、気分が悪いなら一度部屋に戻りな」
俺が言うと、理瀬はうなずいて部屋に入っていった。わんわん泣くような子ではないが、かなり気分が沈んでいたのは間違いない。一番かわいがっていたのは理瀬なのだ。
「猫ちゃんって、死ぬときは人間の前から姿を消すんですよね~」
理瀬がいなくなった後、ソファに座りながら何気なく言った篠田の一言で、俺はものすごく嫌な予感がした。
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