【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清

文字の大きさ
58 / 129
第三章 社畜と昔の彼女と素直になるということ

17.社畜昔ばなし ⑯おしまい

しおりを挟む


 俺の就活は大学四年のGW前に終わった。

 希望どおりの電機メーカーから内々定を貰った。最大手はことごとく落ちたが、その二番手くらいの有名な大企業だ。今の会社である。

 すぐに照子へ話した。照子からすれば名前も聞いたことのない会社だ。でも俺が苦戦していたのを知っていたから「良かったなあ」と素直に喜んでくれた。

 こうして俺は就活を終え、卒論作成に向け研究室に引きこもる日々が始まった。

 理系大学の研究室はブラック企業並の待遇だ。学部の成績が良くなかった俺は、教授に言われるとおり朝から晩まで実験をこなし、とにかく卒業できるように努力した。

 照子と作曲をする機会は、徐々に減っていった。

 有名になりつつあった照子のスケジュールが埋まっていたこともある。ただ、俺としては研究室より照子との用事を優先する気になれなかった。照子のことが嫌いになった訳ではないが、何事にも優先順位はあるし、恋愛が全てという訳にはいかない。

 それは照子も理解してくれているだろう、と俺は思っていた。

 そんな日々が続き、実家にも帰らず研究室にこもっていた大学四年の八月。久々に照子の作曲手伝いをした時、照子からこう切り出してきた。


「剛、歌手でソロデビューしてみん?」

「……は? 俺が?」

「うん。今仕事貰ってるレーベルのディレクターさんが、剛の声聞いてけっこういける、って」

「なんで俺の声を聞いてもらってるんだよ?」

「練習した時の剛の声、全部録音して持って帰りよるもん。完成した曲に剛の声がのっとるやつ、聞いたらしいんよ」

「ふーん」


 俺としては、この時すでに社畜となる覚悟を決めていた。

 今更歌手でソロデビュー、なんて考えてもいない。そんな事をしたら、せっかく貰った大企業からの内々定を取り消されるかもしれない。そのほうが怖い。


「俺はいいよ。お前がこうやって作曲できてるんだから、俺がわざわざ歌手にならなくていいだろ。俺は普通に働きたい」

「サラリーマンより歌手になる方が難しいんじょ? もし失敗したら、最悪うちが養ってあげるけん」


 この時、すでに照子は極貧生活から脱出し、俺を養えるくらいの収入はあった。

 でもそんなのはダメだ。男が女に養ってもらう、なんて格好悪い。


「お前だっていつまでブームが続くかわかんねえだろ」

「ひどっ! でもほんまにそのとおりなんよな。剛がおらな上手く作曲できんし」

「作曲の手伝いだけなら、会社員になっても今みたいにできるから。心配するな」

「ほんまかなあ……」


 照子はまだ疑っていた。

 俺は研究室疲れがひどく、照子とスタジオへ入ったのに二、三回歌っただけであとは寝ていた、という日も増えていた。

 照子は、いつか俺が自分から離れるのではないかと、焦っているようだった。


「一回だけ、一回でいいけんディレクターさんと会ってみん? メジャーレーベルで売り出せたら、すぐヒットするわ。インディーズとは大違いやけんな」

「ヒットするのは俺の歌じゃなくてお前の曲だろうな」

「うちの曲は、剛が歌った時がいちばん綺麗なんじゃ!」


 俺より歌が上手い歌手はいくらでもいる。照子の曲だからといって、俺がうまく歌いこなせていたようにも思えないのだが。


「もう帰るわ」


 研究がうまくいかずストレスが溜まっていた俺は、照子の話を本気にせず、先に帰ってしまった。


** *


終わりの時は、思わぬ知らせから始まった。

照子にメジャーデビューの話をされてから一ヶ月後のことだ。

 大学の研究室にこもっていた時、外の自販機まで行こうと建物を出たら、玄関のすぐ外にある喫煙所でタバコを吸っていた男子学生に、突然足を引っ掛けられた。


「……あっ? 何すんだよ?」


 その男子学生は大学の軽音サークルの部長で『大学で唯一、ガチでロックやってる男だから』とよく言っていた。俺が都内で活動していることを知られ、軽音サークルに勧誘された事もある。どうやら勝手にライバル視されているらしい、という話も聞いた。


「お前、最っ低だよな」

「は? 何がだよ?」

「何がじゃねえよ。お前、あのYAKUOHJIになんて事させてんだよ」


 意味がわからず、ただ黙っていた俺に、その男はスマホの画面を向けた。

 当時流行り始めていたTwitterで、とあるバンドメンバーどうしの長々と続くリプライ会話だった。


『YAKUOHJIこの前本物見たよ。すげーかわいい。けどEJ社のディレクターに枕してるらしいから俺はパス』

『えっ、あれ枕で仕事取ってんの?』

『作曲は実力だけど、彼氏を歌手デビューさせたいとかいう噂聞いた』


 俺は、頭が真っ白になった。

 

「まさか知らなかったのか? 都内ではけっこう有名な話らしいぞ」


 教えてくれたそいつとはろくに目を合わさず、そのまま研究室の机に戻った。周囲にいた学生や教授が心配して声をかけてくるほど、俺は憔悴していた。

 ちょっと腹が痛い、という小学生の言い訳みたいな理由で早退し、俺は電車に乗っていた。そのまま世田谷にある照子のアパートへ向かっていた。

 チャイムを鳴らすが、照子は出ない。

 俺は待った。

 アパートの玄関の前で、三角座りをして、ただ時が過ぎるのを待った。

 何時間も待った。

 日付が変わるくらいの時間になって、アパートの前に一台の高級車が止まった。

 運転席には、五十歳くらいの、いかにもチャラい格好をした、派手なおっさん。

 助手席には、照子の姿があった。

 照子は車から降りた後、「ありがとうございました!」と礼をした。そのまま車は走り去った。

 車の向こうに俺がいると、照子が気づく。


「……剛?」

「気持ちよかったか?」

「っ!」


 俺のあまりに品のない言葉に、照子の顔が凍りつく。


「知っとったん?」

「都内でバンドやってる奴らの間では、有名らしいぞ」

「そんな……」


 自分が噂されているというのは、案外気づきにくいもの。照子は、俺が何も知らないと思っていた。


「と、とりあえず部屋入ろ?」


 二人共黙って部屋に入り、定位置のソファに並んで座った。照子からは、いつもと違うシャンプーの香りがした。


「なあ……俺がいつ、そんなことまでしろって言った?」

「……」

「俺はもう、歌手になりたいなんて思ってない。会社員として働く。お前にもそう説明しただろ? そこまですることかよ? あんなおっさんに体売ってまで俺と歌いたいのかよ?」

「違うもん……そんな、してないもん……」

「こんな時間に帰ってきて、何もしてないって?」

「……本番、は、してないもん」


 そんな生々しい話、聞きたくなかった。

 照子があのおっさんに体を許しているところなんて、一秒も想像したくなかった。


「アホ!!」


 俺は、今まで気づいてやれなかった自分が許せなかった。

 俺が照子に、歌手にはならないと強く言っていれば。

 就職して二、三年で結婚するという人生プランを、もっと詳しく話していれば。

 こんなことにはならなかった、全て俺が悪いのだ。

 心の奥底ではそう思っていた。本当に。

 だが、俺は自分の弱さを認められなかった。

 すべて照子のせいにしようとしたのだ。


「二度とせん……もう……二度とせんけん……」


 照子は泣き出した。俺が照子に、というか他人にここまで怒りを見せたのは初めてのことだった。泣いてしまうのは当たり前だ。


「泣いたら許してもらえるとでも思ってるのか!」


 だがこの時の俺は、どこまでも醜かった。

 俺は、照子を突き飛ばしてしまった。

 照子はどん、と力なく床に倒れ、そのまま起きあがることもできず、カーペットを涙で濡らし続ける。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 泣きながらもひたすら謝る照子を、俺はソファに座りながら見下ろした。自分が暴力をふるった、という事実を初めて認識した。今度は、急に自分が恐ろしくなった。


「くそっ! くそっ! くそっ!」


 俺は地団駄を踏み、苛立ちを押さえようとした。だが、心も体も沸騰していて、どうにもならなかった。

 結局、そのまま照子の家を出た。

 終電の時間はとっくに過ぎていた。俺はコンビニでウイスキーの大瓶を買い、大瓶のままストレートで一気に飲んだ。その後のことはよく覚えていない。目が覚めた時は、家にいた。体がものすごく冷たく感じ、一週間ほど大学を休んだ。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。 だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。 「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」 ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。 だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。 その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!? 仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、 「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」 「中の人、彼氏か?」 視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!? しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して―― 同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!? 「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」 代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

学校1のイケメン♀️から逃げ出した先には地獄しかありませんでした

山田空
ライト文芸
ハーレムを目指していた主人公は転校してきたイケメンによってその計画を壊される。 そして、イケメンが実は女の子でありヤンデレであったことを知り逃げる。 逃げた途中でむかし付き合った彼女たちとの過去を思い出していく。 それは忘れたくても忘れられない悲しき記憶 この物語はヒロインと出会いそして別れるを繰り返す出会いと別れの物語だ。 そして、旅の最後に見つける大切で当たり前なものとは

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

処理中です...