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第四章 社畜と女子高生と青春ラブコメディ

13.社畜とクリスマスプレゼント

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 照子を押し倒すと、それを眺めていた篠田と理瀬の空気が、明らかに変わった。


「つよ、し?」


 照子もまた、完全に女の顔になって、うるうるとした目で俺を見つめる。


「はあ。もう寝ろ。おねんねだ」


 俺は照子を抱きしめ、髪をゆっくり撫でてやった。

 数分間それを続けると、やがて照子は静かな寝息を立て始めた。さっきまでげらげらと笑っていたのが嘘みたいだ。

 照子が完全に眠ったのを確認したあと、俺は照子をお姫様抱っこして、かつて俺と篠田が泊まっていた部屋のベッドに投げ捨てた。


「ふう。一丁上がり」

「な、な、な、なんですか、今のは」


 篠田が顔を真っ赤にして、俺を見ている。酔って顔が赤いのか、怒っているのかはよくわからない。


「あれ、言ってなかったっけ? 照子はああするとおとなしく寝るんだよ」

「知るわけないでしょそんなの! 何なんですか! いきなり押し倒して、どうなるかと思いましたよ!」

「まさか、こんなところでおっぱじめると思ってたのか?」

「っ! そうじゃないですけど!」

「あいつ、悪酔いすると誰も止められないから、ああするしかないんだよな」

「何なんですか、いきなり元々カレ感出して……」


 元々カレ感、という謎の言葉がひっかかったものの、酔っている上にかなりの馬力を出して照子を持ち上げた俺は、疲れてソファに座り込んだ。

 目の前にあったグラスを取り、一口飲む。水かと思ったらまたスピリタスだった。今回は一口で気づいたが、これ以上飲んだらブラックアウトしそうだ。っていうか、篠田と理瀬、気づいてるんなら言えよ。


「すまん、理瀬、俺も今日は帰れそうにないわ」

「い、いいですよ、宮本さんも泊まっていくと思ってましたよ」

「篠田は、大丈夫か?」

「かなり酔ってますけど、宮本さんよりは――」


 言葉の途中で、俺の全感覚がずしりと重くなり、ソファに倒れる。


「宮本さん! 大丈夫ですか!」


 篠田が駆けよってくる。俺は気分が悪すぎて、何も答えられない。真上にある篠田の顔に、全くピントが合わず、ぼんやりとしか見えていない。


「急性アルコール中毒とかじゃ――うぷっ」

「し、篠田さんの方が大丈夫じゃないですよ!」


 どうやら俺の頭上で吐きかけたらしい。理瀬が機転を利かせ、トイレまで篠田を連行していった。篠田が吐き気を催してからの理瀬の動きはとても素早く、手慣れていた。さすがダメな母親を『処理』しているだけのことはある。

 俺は意識を飛ばさないようにするのが精一杯で、しばらく何が起こっていたのかわからなかった。かなり長い間、俺は放置されていたと思う。

 少しだけ楽になってきたので、俺は姿勢を変えるために軽い寝返りを打った。片手がソファから落ち、床にあった俺の鞄に触れた。

 手を左右に動かすと、紙袋のようなものの感触があった。鞄から飛び出ているらしい。俺は全力で(実際にはいつもの一パーセント以下の握力しかない)その紙袋を掴み、目の前まで持ってきた。

 ああ。

 酒を飲むことに集中して、忘れていた。

 これは――


「篠田さん、寝かせましたよ」


 理瀬が戻ってきた。まず俺のおでこに手をあて、体温を確認する。


「何、して、るんだ?」

「体温が下がっていたら急性アルコール中毒の可能性があるので、一応その確認ですよ。お母さんに昔教わりました」

「うーん。寒くはないかな。横になったら、だいぶ楽になったし」

「宮本さん、本当にお酒強いですね……あの、その紙袋はなんですか?」

「ああ、これな。理瀬へのクリスマスプレゼントだよ」

「わ、私へのプレゼント、ですか?」


 理瀬の顔が急にほころぶ。篠田や照子といる時も楽しそうだったが、楽しさよりも嬉しさが先行した、シンプルに明るい顔だった。


「本当は、サンタさんみたいに、枕元に置いておこうと思ったんだが」

「気持ちは嬉しいですけど、寝てる時に勝手に部屋へ入られるのは、ちょっと怖いですよ」

「そうだよなあ。まあ、もらっとけよ」

「いいんですか……?」

「大したもんじゃないから」

「開けてもいいですか?」

「いいぞ」


 理瀬は紙袋の封をとても大事そうに剥がし、中身を取り出す。


「……これ、なんですか?」

「チーバくんの携帯ストラップだよ」

「チーバくんの携帯ストラップ」

「知らないのか? 千葉県のゆるキャラだぞ。しかもクリスマス仕様のサンタさん風だ。元から赤いキャラだから、いまいち変わってないけどな」

「ふなっしーなら知ってますけど……チーバくんは初めて見ました」

「体が千葉県の形してるんだ。俺の住んでる千葉市は、チーバくんの喉あたりだ。千葉県民はチーバくんの体の部位で自分の住んでるところを表現するんだぞ。これ覚えとけよ。テストに出るぞ」

「私、千葉県民ではないですよ……」

「気に入らなかったか? 俺、プレゼントのセンスがないからなあ。よく照子にも文句言われてたよ。考えすぎて失敗するんだ」

「なにを、考えてくれたんですか?」

「お前は金持ちだから、高いものを贈っても無駄だ。自分で買えるからな。だから、値段はどうあれクスッとくるような、ちょっと面白いものを選んだつもりだ。あまり受けなかったようだが」

「……どうして携帯ストラップなんですか」

「今はそうでもないが、昔みんなガラケー使ってた頃は、ストラップをつけるのが当たり前だったんだよ。指輪とかネックレスとか一瞬考えたけど、そもそも彼氏でもないただのおっさんからそんなもの貰ったって、キモいだけだろ。だから、手軽につけられるストラップにした。でも今のスマホには、ストラップつけるところがないんだよな。俺も、買ってから思い出したよ」

「私は……指輪とかネックレスでも、嬉しかったですよ。安物でもいいので、宮本さんからもらいたかったですよ」

「そっか。やっぱ、チーバくんじゃだめか」

「あ、いや、チーバくんでも十分嬉しいですよ」


 なんか今、ものすごく意外なことを言われたような気がする。でも酔いが激しすぎて、数秒前の言葉が思い出せない。


「なんで……なんで、私なんかにクリスマスプレゼントを用意してくれたんですか? 宮本さんに色々なことを教えてもらっているのは、私なんですよ。私なんかに気を使う必要、ないんですよ」

「あのなあ、理瀬。クリスマスにプレゼントがないなんて、寂しすぎるだろう」

「……」


 理瀬はうつむいて、何も言わなかった。

 俺自身、自宅に近いショッピングモールのクリスマスコーナーでチーバくんのストラップを見かけるまで、理瀬にクリスマスプレゼントをしよう、なんて考えてもいなかった。

 贈り物をしたいと思ったのは、何年ぶりだろうか。

 クリスマスの日に一人は嫌だ、という理瀬の気持ちはわかる。そこにはプレゼントが欲しい、という気持ちもあったはずだと、俺は決めつけていた。

 理瀬を、喜ばせたかった。

 俺の財力では、理瀬を本気で喜ばせられるようなものは買えないから、せめて一瞬くらい笑わせたかった。本当は、照子と篠田の目の前で開けさせて、げらげら笑ってもらうつもりだった。

 思っていたよりも飲みすぎて、こんな結果になってしまったが。


「宮本さんは、どうして、私に、そんなに、優しくして」


 理瀬はストラップを胸元で握ったまま、ぶつぶつと何かつぶやいていた。

 このあたりで酔いが限界に達し、ぼやけた姿の理瀬を見ながら、深い眠りについた。
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