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第五章 社畜と本当に大切なもの
8.社畜と作戦検討
しおりを挟む翌朝。
伏見が六時過ぎに動き出し、ごそごそと物音を立てている音で俺も目が覚めた。
「ここは……?」
まだ寝ぼけているが、状況は理解している。しきりに内股をもぞもぞさせていて、俺に襲われていないかどうか確認しているようだった。
「友達の家。六本木だよ」
「……宮本さんの家、ではないんですか」
「ああ。俺の家は千葉だから、遠くて運べなかった……」
「あれ……?」
この時点では、伏見はまだ記憶が混濁していたようで、少しの間黙ったあと「……ごめんなさい」と、顔を真っ赤にして謝った。
とても仲が良い友達の家だから遠慮するな、と説明して、とりあえずシャワーを浴びるように促した。伏見はそれに従った。
俺は朝食の準備を始めた。照子の家はインスタント食品ばかりで、しかも照子は朝食をとらないタイプだから、適当にカップスープとパンを並べるだけだったが。
準備しながら、今ごろ伏見が何を考えているのか、俺は想像していた。酔ってホテルやら自宅やらに連れ込むのが今回の目的なら、一応それは達成している。しかし、それはあくまで俺に伏見への好意を持たせるためだから、そこは失敗だ。俺は伏見から古川の考えを聞き出すことが目的なのだから、そのあたりは強調しなければならない。勝手に伏見が酔いつぶれて、俺が苦労して介抱した。つまり、伏見は俺に迷惑をかけた。そういうスタンスだ。
伏見がシャワーから戻ってきて、一緒に朝食を食べる。
「あの……宮本さん、昨晩は色々とごめんなさい」
「気にしないで。酒で失敗することくらい、誰にでもあるでしょ」
「実は、昨日の夜の記憶があまりなくて……銀座のバーでトイレに行ったところまでは覚えているんですが」
「ああ、その後眠りはじめたから、お会計は伏見さんの財布で済ませて、ここまでタクシーで送った。それだけだよ。酔って恥ずかしい事とか、してないから」
「ごめんなさい……私、あんなに酔ったの初めてで……」
酔いつぶれたのは、本当に想定外らしい。伏見の表情からはショックが伺えた。酒量には自信があったのだ、この女は。だとしたら、今頭の中でこれからどうするか、必死で考えているところだろうか。
「ところで、宮本さんのお友達はいらっしゃらないんですか」
「ああ、あいつは夜型だからまだ寝てるよ。昼過ぎまで起きないだろう」
「ピアノとかドラムとか置いてあって、すごいですね。音楽関係の仕事をしているんですか」
「ああ。薬王寺照子っていうんだけど」
スープをすすっていた伏見の手が、急に止まった。
「えっ……? なん、で……?」
「昨日話してたよね、YAKUOHJIが好きだって。実は俺の高校からの友達なんだ。伏見さんがファンだって言ったら、喜んでたよ」
「え、え、え、え、え」
流石にこれは予想外だろう。伏見は全身を真っ赤にして、照子の部屋の扉を見ていた。
「では、あそこに本物のYAKUOHJIが……?」
「ああ。今起こしたら絶対不機嫌になるから、起こさないけど」
「いえいえ、起こさないであげてください! 私も、こんなひどい状態で本物のYAKUOHJIと会いたくないですし! 会うならもっとビシッと決めさせてください!」
YAKUOHJIの事になると、伏見はアイドルオタクの若い子みたいな顔になる。俺としては、いかにもエリートみたいなビシッとした顔より、そちらの方が親しみやすいのだが。
「これからどうする? 俺、家に帰るけど」
「私も帰ります。六本木なら、家も近いので」
「一応送ろうか? まだ気分悪いだろうし」
「いえ、大丈夫です。もう心配ないです。それより、どうしよう、YAKUOHJIさんにお礼をしないと……」
「ああ、てる……あいつには昨日の夜、全部話してある。朝は起きないから、勝手に帰ってくれって言ってたよ。お礼がしたいなら、機会を改めてまた会おう」
「わ、わかりました……」
「また会えるかな?」
「えっ……あっ、LINE交換しましょうか」
さり気なく連絡先交換の雰囲気になり、次のアポへ望みをつないで、俺と伏見はそれぞれの家に戻った。
** *
古川と会って話されたことは、その日のうちに前田さんへ共有した。
豊洲のタワーマンションは出る約束をしたこと。古川が突然、伏見という元部下の女性と俺をお見合いさせたこと、などだ。
「ほーん。ほれはまた、ようわからん展開ですなあ」
「伏見という女性に、心当たりはないですか」
「いや、ないですわ。そら女性の元部下くらいおるでしょうけど、そんなに親しい人がおるという情報はありません。もしかしたら不倫関係にでもあるんかと思うたけど、古川さんは女性関連ではとにかくクリーンなんで、その可能性は低いですわ」
「でしょうね。古川の狙いは何なんでしょうか」
「さあ。色々考えられますわな。理瀬ちゃんの事とかなしで、ほんまにその子がずっと未婚なのを不憫に思っとって宮本さんを勧めたのか、あるいは理瀬ちゃんと宮本さんがくっつかんために別の女性を当て込むつもりなんか、私にもわかりませんわ。実際、その伏見さんて女の人の雰囲気はどうでした?」
「好意的でしたよ。少なくとも、俺を恨んでいるような感じではありませんでした。お見合いの話にも乗り気でした。とりあえず、しばらくは接触を続けようと思います。伏見を通じて、古川や理瀬の考えていることがわかるかもしれませんから。伏見は、理瀬のお姉さん役をしているようですし」
「わかりました。こっちも色々、調べときます。しっかし、結婚したいという話がほんまやったら、別にええんとちゃいますか。財務省の人でっしゃろ。給料もそこそこあるし、いい嫁さんになるわ」
「俺は理瀬のためにしか動きません。前田さんにもそう言ったでしょう」
「ああ、そうでした、そうでしたな。ほな、またこんど」
前田さんまで照子みたいな事を言うので、俺は呆れた。だが仕方ないことだ。篠田も反対していたように、社畜と女子高生の恋愛は、一筋縄ではいかない、ということだ。
伏見からは、あとでお礼の長文LINEが送られてきた。「この前はありがとうございました」「私のせいですみません」「とても楽しかったです、よければまた会いましょう」という内容だ。女との最初のコンタクトとしては上々だと思う。
この先、伏見を利用しながら、どんなふうに理瀬のことを助けるか。そればかり考えながら、俺は月曜から、いつもどおりの社畜業に戻った。
** *
金曜日。
前日に伏見から再度、週末に会わないかという提案があり、女とまともなデートを組むのが久しぶりな俺は、少し心をざわつかせながら、デートコースと作戦を考えていた。
仕事の合間で、ちょうどそのことを思い出していた時、館山課長が急に大声で話しはじめた。
「えー、本日、発令があります。みなさん集合してください」
俺は何も聞いていなかった。俺に話がないということは、少なくとも俺の異動ではない。何も予告されずに異動させられた不運な者もいるらしいが、定期異動の時期でもないので、流石にないだろう。と思いつつも、館山課長の改まった雰囲気に緊張しつつ、俺も集まった。
「篠田さん」
「はい」
張り詰めた空気の中で、篠田が遠慮がちに前へ出ていく。俺はその姿をじっと見る。しかし、映画のワンシーンを見ているようで、なぜか現実だとは思えなかった。
「三月一日付で、栃木工場品質保証課へ異動になります」
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