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第五章 社畜と本当に大切なもの
12.社畜と下手な誘い
しおりを挟む「学校? 行ってますよ。保健室登校みたいですけど」
伏見に、エレンから聞いた理瀬の現状を話すと、わけもなさそうにそう答えた。
この日は伏見が忙しかったので、駅前のカフェで少し話すだけの約束だった。俺みたいな社畜から見れば国家公務員なんて上級国民様なので、安っぽいカフェだと嫌われるかと思ったが、案外すんなり受け入れてくれた。むしろ高い店ばかりだと落ち着かない、と伏見は言った。伏見の場合、もとの家庭は裕福ではなく、それなりに節約しながら生きているらしい。結局のところ、人間は生まれ育った環境から逃れられないのだ。
「保健室登校? あいつの学校、たしか大学みたいな単位制なんだろ。そんな事できるのか?」
「ああ、そのへんは詳しく聞いてません。古川さんは、今の高校のまま卒業させたいらしいので、先生とよく話して決めたみたいです。留年とかする可能性はないみたいですよ」
大学で保健室登校なんてしても意味がないから、理瀬の通う高校でも同じだと思っていた。しかし、高校での保健室登校はあり得る話なので、保護者である古川の強力な支援があれば可能かもしれない。
「それで大丈夫なのか?」
「出席扱いになるので、定期試験で落第しなければ問題ないみたいです」
「いや、友達と会わずに高校時代を過ごしたらダメだろ」
「そうですか? 私、高校なんて行かなくていいならそれが一番だと思ってましたけど」
冷たく言う伏見。俺は一瞬で、ああ、こいつは高校時代の過ごし方について、俺とは違う認識を持っているんだな、と気づいた。
「私、出身は静岡の方なんですけど、近くにあんまりいい進学校がなくて、成績がいつもトップで浮いてたんです。あんまり言いたくないんですけど、それでいじめられて、常に孤立してました。大学の方がずっと楽しかったですよ。みんな同じくらい頭がいいし、話すのも遊ぶのも、一緒に勉強するのも楽しかったです」
俺も地方の出身だから、何となく話はわかる。頭が良くても、いじめという暴力的な要素には勝てない。いずれ日本のトップクラスの存在になる才能を持っていても、高校という小さな集団でうまくやれるかどうかは別だ。伏見の場合、東帝大に合格できるレベルの高校生は学校に数人しかいないから、数では他の生徒に負ける。徒党を組んでいじめにかかれば、簡単に壊されてしまう。高校というのは得てしてそういう事件が起こりやすい。
俺は理瀬に、以前の友達ができはじめた高校生活に戻ってほしかったのだが、それを伏見に伝えるのは無駄だと思われた。今更高校時代には戻れないし、伏見のネガティブなイメージをかき消すには、相当な時間と労力がかかる。現実的ではない。
「古川さんはどう思ってるんだ? 保健室登校のままでいいと思っているのか」
「本当は普通に登校させたい、って言ってたような気がしますけど、そこまでこだわりはないみたいです。古川さん、理瀬ちゃんが実の娘とはいえ、ずっと話もしていなかったから、無理やり従わせるつもりはないんですよ」
伏見はそう言ったが、俺は矛盾を感じた。
無理やり従わせるつもりがないのなら、理瀬が描いていた海外の大学への進学という夢を一旦やめ、東帝大への進学に切り替えたのはおかしい。古川が理瀬に何らかの圧力を加えたとしか思えない。
未成年の理瀬は自分の稼ぎであっても財産を自由にコントロールできないから、学費などを制限すると言われれば、従わざるを得ない。そこで抵抗しても、古川を説得させる以外の作戦はない。
理瀬ならわかっているはずだ。
あいつなら、単純に反抗するだけでなく、最も現実的な手段を取るはずだ。
しかし、今の状態から理瀬がどうしようと思っているのか、未だに読めない。会って話せさえすれば、色々と見えてくるはずなのだが――
「宮本さん。今日、あんまり時間ないんですけど、どうします?」
「どうするって、何がだ?」
「わかってるくせに」
伏見が通りの向こうにあるホテル街に目をやって、俺は幻滅した。約束した時間は、あと二時間ほどしかないというのに。サルみたいな学生じゃないぞ、俺は。
「それ、古川さんから命令されてるのか?」
「違います。そんな事は絶対ありません。もしされたら、私の方から古川さんをセクハラで訴えますよ。あくまで私の意思です」
意外にも、毅然とした顔で答えた。古川にあらぬ疑いをかけないように、という配慮もあるだろうが、それよりも自分の本音であると強調したいようだ。
「誘い方が下手なんだよ。俺がそうしたい、という気になれない以上は無理だ」
「……そうですか。どうせ彼氏いない歴イコール年齢の女ですから」
「伏見さんみたいに綺麗な人なら、彼氏の一人や二人はこれまでいそうだと思うが」
「別に綺麗じゃないですけど……高校も大学も、勉強で精一杯でした。今も仕事ばっかりです。私、自分が本来持つ能力よりずっと高いところに居ようとしているから、余裕がないんですよね」
伏見はお世辞抜きで綺麗だし、男性が特別に苦手だという感じもない。コミュニケーション力に問題なければ、これまで男と付き合ったことくらいあるだろう、と思ったのだが。
「だったら、なおさら初めては大事にしろよ」
「大事にしたいから宮本さんなんです」
本音かどうかはわからないが、綺麗な女に言い寄られると俺の精神衛生上悪いので、この日は適当な話題で乗り切って、伏見と別れた。
理瀬に近づくためには、古川へ会いたいと伝えるより伏見を経由した方がいい。古川を介したら、問答無用で俺が理瀬の体目当てだと認定される恐れがある。事実はどうあれ、保護者である古川にはそれくらいの権限がある。
だから伏見と理瀬でまず話し、俺と会うのがベストなのだが、その伏見はなぜか俺を誘惑するのに執着していて、なかなか事が進まない。
どうにかして伏見を懐柔しなければならないのだが……と考えながら地下鉄の駅へ降りていた時、携帯が鳴った。
前田さんからだった。
『宮本さん、宮本さん。ついに見つけましたわ、古川の弱点を』
「えっ?」
電話口の前田さんはとても興奮していた。もしもし、も言わずにいきなり要件から入ったのだ。
「何ですか?」
『それがねえ、とてもおぞましくて、電話でも話せませんわ。とにかく実物を見て欲しいんですわ』
「……わかりました。今都内なので、近くで話せませんか」
実物とは一体なんだろう? と俺は疑問を膨らませながらも、新たな突破口に期待して前田さんの指定した雑居ビルに目的地を変えた。
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