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第五章 社畜と本当に大切なもの
11.社畜と友達思いの女子高生
しおりを挟む理瀬をどうにかして古川の下から助け出す、という作戦は、なかなか進まなかった。
古川が、伏見という部下を使って俺を懐柔しつつ、異性として理瀬を意識しないよう仕向けていることはわかったが、伏見を通じて理瀬に接触する方法がどうしても思い浮かばなかった。
前田さんが考えていることも謎だし、前に進むための助言はない。
そのうえ、照子や前田さんが、伏見と付き合えばいいんじゃないか、なんて事を言うから、俺は周囲の全員が敵になったような感覚を覚えていた。
頼りにしていた篠田も異動でいなくなる。どう考えても手詰まりだった。
状況が悪くても、仕事は待ってくれない。篠田の穴を俺が埋めていたこともあり、俺は毎日夜遅くまで残り、会社を出る頃には理瀬のことを一切考える余裕がないほど、疲弊していた。
そんなある日、午後九時過ぎに会社を出て豊洲駅に向かっていた時のことだった。
「おじさん!」
聞いたことのある女子高生の声がして、俺は振り返った。
江連エレンが、俺を追って、走っていた。
「エレンか……」
「探しましたよ、全然、連絡通じないんですから」
「連絡?」
俺がLINEを開くと、確かにエレンからの着信が残っていた。和枝さんが亡くなった後から、精神的に余裕がなくなった俺は、LINEの通知を放置しがちだった。エレンからの着信通知は、同僚がふと画面を見た時に女子高生からの通知を見てしまうとまずいから、通知オフにしていた。
「ああ。すまん。LINE見てなかった」
「見てなかったって……私、何度も連絡したのに」
「明日から気をつける。今日は遅いからもう帰れよ」
「まって!」
帰ろうとする俺のズボンを、エレンが掴んだ。とても小さなその手は、ズボン越しにもわかるほど震えていた。
「理瀬が……理瀬が、学校に来てないんです」
俺にとっては新情報だったが、意外ではなかった。
もともと理瀬は学校を休みがちだった。単位制の特殊な進学校ということもあるが、優秀で、自分に必要なものを選べる理瀬には、学校というものはあまり必要ないはずだった。もちろん同い年の友人を作れるというメリットはあるが、理瀬はとても頭が良く、性格も強いから、同年代の友人が理瀬の助けになれるとは限らない。
和枝さんが亡くなった今、余計なストレスを回避するため学校に行っていない、という可能性はある。
「そうか。お母さんが亡くなって、辛いんだろう。仕方ない。今はそっとしといた方がいいよ」
エレンは、俺の返事を聞いて、とても驚いていた。
おそらく、俺が理瀬のことを心配しているように見えなかったからだ。以前の俺なら、理瀬の様子の話題であれば、必死に食いついていただろう。
だが――
古川という強力な保護者の前では、俺にできることはない。古川はまともな人間だから、放っておいても理瀬が死ぬような事はないだろう……
俺は、エレンをこのいざこざに巻き込むのは避けるべきだと考えていた。高校生にとって、友達の家族の問題を自分で解決するのは、意外に難しい事だと、すでに高校生をやっている俺はよく知っていた。だから、この件に関して、エレンと多くを話すつもりはなかった。
「だから、今日はもう帰れ。帰りが遅いと、親御さんが心配するだろう」
「待ってください、もっと話を聞いて――」
「お前、俺のこと通報しそうだから、やだ」
さっさと帰りたかった俺は、エレンの定番のネタをパクってやった。
「ごめ、なさい……」
エレンはうつむいて、急に声を震わせた。
予想外の反応だった。
「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「お、おい、エレン?」
「今まで、宮本さんに通報するとか言ってたこと、全部謝ります……」
この時、俺は初めてエレンの異変に気づいた。エレンはこんな風に弱気なところを他人に見せるような子ではなかった。
「謝ります……お詫びにわたしのこと、好きにしてもいいです」
「おいおいおい、そんな事は気軽に言うもんじゃないぞ」
「だから……理瀬のこと、助けてください……お願いします……本当にお願いします……何でもしますから……どうか……理瀬のことを……」
表通りで呼び止められたから、さめざめと泣く女子高生とアラサーのサラリーマンの構図は、よく目立った。みんな白い目で俺を見ている。
「わ、わかった。話は聞く。だからここで泣くのはやめてくれ。俺が通報されてしまう」
「ひぐっ……うぐっ……」
エレンはしばらく喋れなかった。俺が歩くよう促し、近くにあった喫茶店に入った。かつて理瀬が社会経験のため、と言ってバイトをしていた店だ。
店に入った頃にはもう、エレンは泣き止んでいたが、俺が「何か食うか」と言っても「いらないです。水だけでいいです」と返事をした。ここでミルクレープ!とか言ってくれればよかったのだが、今のエレンは、明らかにいつもと違っていた。
俺はコーヒーとエレンのための紅茶を買い、席についた。
「さっきはすまなかった」
「いいです。私、今まで宮本さんにひどい事言ってきましたし、許してくれるとは思っていませんから」
「気にしてないよ。でもその言葉は修羅場みたいに聞こえるからやめてくれ」
「……修羅場なんだから仕方ないでしょ」
ちょっとは元気が戻ってきたかな、と感じた俺は、本題へ入ることにした。
「理瀬、学校に来てないのか」
「はい……理瀬のお母さんが亡くなってからずっとです。最初は、しばらく休むのは仕方ないかなと思ってたんですけど、ちょっと長すぎます。先生に聞いても、何も教えてくれません」
「そうか……」
古川は模範的な生き方の男だから、自分の娘を不登校にしたいとは思わないだろう。転校したという話もないので、理瀬自身が登校をやめている、としか思えない。理瀬を軟禁することはできても、無理やり何かをさせることはできないのだ。
「もうすぐ期末試験なんですけど、理瀬、このまま休むんじゃないかって」
「休んだら……留年になるのか」
「うちの学校、単位制なので、今年単位を取らなくても来年一気に取ることはできます。でも普通は毎年、ちょっとずつ取るものです」
「実質留年、ということか」
「そんなところです」
理瀬の頭脳があれば、高校を出なくても大検などで受験資格を得ることは可能だと思う。しかし、やはり古川は理瀬を卒業させたいのではないか、と思う。それは理瀬の意図と関係なく、古川自身の世間体を考えてのことだ。子供が不登校、というのはいい話ではない。
もしかしたら古川との交渉材料になるかもしれない、と俺は思った。保護者である古川には、理瀬が学校に行っていないことは確実に伝わっているはず。その状況を俺が前進させられるのなら、理瀬と直接会うことができるかもしれない。
「宮本さん、理瀬とは何か話してるんですか」
「いや。連絡が取れない」
あまり積極的にアプローチしていないからなのだが、今の理瀬が俺に心を開いているとも思えないので「連絡が取れない」が正解だった。
「そうですか……私も無視されてます。いつもの事ですけど」
「他の友達とは?」
「お母さんが亡くなったことは伝えてたみたいですけど、それ以降は特に連絡とってないみたいです」
「そうか……」
「理瀬、人と話している時はいいけど、一人になると意外に脆いから、心配なんです」
俺は、エレンの言葉にはっとした。
それは、俺も知っていたことだ。出会った頃から、理瀬は一人での生活にストレスを感じていた。ああ見えて理瀬は、相談相手がいないと上手く生きられないタイプの人間なのだ。伏見がそばにいるとはいえ、完全にフォローできているとは思えない。
「そうだよな……そうだったよな。確かに、友達と何も話さないのはまずいかもしれない」
「そうなんです。私はこのとおりですし、理瀬がどこに住んでいるかもわからないから、手の打ちようがありません。おじさん、理瀬のこと好きなんでしょ」
「ああ……」
思わず、あっさり答えてしまった。
俺の理瀬への気持ちは、隠していたつもりなのだが……エレンは察していたらしい。
「今は、おじさんしか理瀬のことを助けられる人はいません。理瀬も、おじさんのことが好きだと思うから……それがいい事だとは思いませんけど、認めるしかありません」
「わかった。俺がなんとかする。もし必要な時は、お前に助けを求めてもいいか」
「もちろん、私にできることなら何でもしますよ」
「ありがとう。今日はもう遅いから、帰りな。マジで俺が通報されてしまう」
「おじさん」
「何だ?」
「おじさんが理瀬と一緒にいないと、私、通報もできないんですよね」
いつものように笑うエレンを見て、俺は安心した。
「いや通報はするな」
俺も笑って、エレンを豊洲駅まで送った。
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