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第六章 社畜と女子高生と二人の選んだ道

14.社畜と飛行機

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 俺と篠田は、結婚休暇を取得するために全力で駆け回った。

 できちゃった婚のように適当な結婚はしたくなかったので、まず両方の親への挨拶を済ませた。俺の実家は遠いので、親の方に東京まで来てもらった。急に決まった話だが、そもそも先輩と後輩で数年間一緒にいた仲だ、というと説得力はあった。お互いにいい歳だということもあって、結婚は受け入れられた。

 それから会社への報告。俺と篠田がそれぞれの上司に報告したのだが、館山課長は驚きすぎて椅子から転げ落ちそうになった。もともと二人の仲を応援してくれていた人なので、とても喜んでくれた。

 結婚休暇を取得することについても、全く反対しなかった。

 あとはアメリカへの渡航準備。俺は数年前に研修目的で行った海外出張、篠田は大学時代の卒業旅行でパスポートを持っていた。調べたところコロラド州での移動手段は主に車だから、国際運転免許も取得した。これは申込みだけで簡単に取れた。

 俺と篠田、理瀬の三人で念入りに打ち合わせながら、旅の計画をした。

 理瀬はすべての費用を負担すると言い張ったが、俺も篠田もそれは受け取れないと言った。あくまで二人の新婚旅行であり、それを女子高生に出してもらうなんて、大人としてありえなかった。理瀬の総資産を考えたら、アメリカに行く費用なんか昼飯代を払うくらいの価値しかないだろうが、仁義は切っておきたかった。俺は大人で理瀬は子供、と断言したこともある。

 旅の予定が決まった後、一応照子にもLINEで報告しておいた。『お土産! お土産!』と、呑気な返事が返ってきた。

 こうして、あっという間にアメリカへ理瀬を送る日がやってきた。


** *


アメリカ行きの飛行機は、時差の関係で夕方に日本を出る。成田空港からアメリカのコロラド州・デンバー国際空港まで、直行便を予約した。

昼過ぎ、俺と篠田が巨大なスーツケースを転がしながら空港に着くと、理瀬は先に着いていた。

乗り遅れるのが怖いので、さっさと搭乗手続きを済ませる。飛行機に乗り込む一時間前には、すべての手続きを終えて乗り場の前で待っていた。

理瀬は窓ガラスごしに、離陸する飛行機を見ていた。俺たち二人に気を使っているのか、なるべく距離を取ろうとしていた。

篠田がトイレへ言った隙に、俺は理瀬と二人で離した。


「飛行機はかっこいいな」

「どうしてあんな大きなものが空を飛べるんでしょうか」


 急に哲学的なことを言い始めた。付き合いの長い俺にはわかる。実は、空港に着いた頃から理瀬はとてもそわそわしていた。初めての飛行機が怖いのかもしれない。


「お前、高所恐怖症だっけ? あんな高いマンションの上層階に住んでてそれはないか」

「高いところは平気なんですけど……お母さんが昔、飛行機がすごく揺れて怖かったっていう話をしてたんですよ」

「ああ。天気が悪いと揺れるんだよな。ここは晴れてるけど、空の上のことはわからんからなあ。まあ揺れても墜落するようなことはないよ」

「それはわかってますけど……」

「ジェットコースターとか嫌いなんだっけ? あ、遊園地とか行ったことないか」

「昔、一回だけエレンの家族と一緒に遊園地へ行って、小さなジェットコースターに乗ったんですけど、降りたあと、足がガクガクになって立てませんでしたよ」

「それは重症だな」

「エレンに笑われて悔しかったですよ」

「そういえば、エレンにお別れの挨拶はしたのか?」

「はい。エレンのお店へ行って、エレンのお父さんとお母さんがお別れのために料理を作ってくれました。ちょっとだけ話したことのあるYAKUOHJIさんもいましたよ。途中でエレンが泣きだしちゃって、大変でした」

「お前も泣いたのか?」

「……ちょっとだけ、ですよ」

「そうか。それでいいと思う」


 篠田が戻ってきて、俺たちに声をかけた。

 この後は、篠田と理瀬がずっと一緒にいて、俺が一人だった。

旅立つ前から「理瀬ちゃんと別れるまでは寂しくさせたくないんです。これまでのお友達みたいな関係でいます」と篠田は言っていた。女どうし気が合うのか、俺と理瀬を絶対に近づけたくない篠田の作戦なのか。わからなかったが、一人になってみると、理瀬とゆっくり話せるのもあと数日しかない、という実感が湧いてきて、急に寂しくなった。

 最近は、ネットでビデオ通話も簡単にできるが、やはり近くにいて話せるのとビデオ通話では全然、距離感が違う。そもそも理瀬はビデオ通話のようなツールでコミュニケーションをとるタイプではないこともあり、日本とアメリカという距離は絶望的に長い。

 やがて飛行機に乗る時間がやってきた。

 俺たちの懐事情から、エコノミークラスの狭い座席。三人がけの座席に俺、篠田、理瀬の順に座った。シートベルトの付け方や椅子の倒し方などを篠田が理瀬に教えていた。

 俺はそんな二人の様子を見ながら、機内食をとった後はイヤホンをつけて座席の後ろにあるディスプレイで映画を見た。アメリカらしく『トップ・ガン』を見ていたが、不在時に迷惑をかけないよういつになく働いていたこともあり、疲れでさっさと眠ってしまった。

 二回目の機内食の時、理瀬に起こされた。

 途中けっこう揺れた時があったので、理瀬のことを心配していたのだが、ダメだったのは篠田の方で、毛布をかけてうずくまっていた。俺は実家へ帰る時に飛行機をよく使うから慣れているのだが、篠田はほとんど使ったことがない。大学の卒業旅行の時はそんなに揺れなかったという。俺と理瀬が心配になるほど、篠田はぐったりしていた。

 それでもデンバー国際空港に着陸する時、日本ではまず見られない真っ茶色な荒野の風景を見ると、篠田はだいぶ元気を取り戻した。

 理瀬はこんな、日本とは全然違うところで大事な青春時代を過ごすのか、と思うと、俺は気が遠くなった。理瀬がどう思っているのかはわからなかったが、彼女はただぼうっと窓の外を見つめていた。
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