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第一章
《第31話 後》
しおりを挟む時刻は深夜。人気のない王都郊外。
定められた集合地点に黒い外套にフードを被った彼女が一人の少女に近づいていく。
少女は魔剣士学校の制服に身を包み、そこそこの大きさの木箱に座っており、黒い影は目的の人物だと認識すると傍に寄り跪く。
「あなたも座りなさい」
そう言われ頭を上げると、向かいに置かれている木箱に視線が向く。
「失礼します」
路地裏で木箱に座り向かい合う彼女たちは傍目から見れば、奇怪。
しかしそんなことは当の本人たちには関係がない。
「リーダー、彼女を追跡していた者を振り払いました。相手はおそらく我々と同じ『クリファ』、多少の抵抗はありましたが指示どおり無傷で返しました……」
恐る恐る彼女は続ける。
「その……良かったのですか?やっと彼女を見つけたのに、あのまま自由にさせて……」
「…あなたも飲む?」
「……はい、いただきます」
少女は疑問に答えることなく手元に置いていた果物を指で転がしながら問う。
もう一つの木箱の上に置かれた袋から少女は2つのコップを取り出す。
少女の傍にはなぜかいつも大きな袋がある。中身はそれほど入ってはいないように思うが、とにかく大きい袋だと彼女は思っていた。
そしていつものように慣れた手つきで静かに絞り出す。
「次どこに彼女が表れるのか私には見当がつきませんしなにより───」
「───はい。先にあなたの分」
焦るように言葉を紡ごうとするが、続く言葉は少女に手渡されたコップで遮られた。
「……ありがとうございます」
一口。それだけ飲んで次に続けようとしたが喉を潤すと、自覚していなかった喉の渇きを彼女は実感する。
それに優しい甘さと親しんだ味に緊張がいくらか解け、彼女に安心感を与えてくれた。
「あっ……」
だが、気づけばそれはもう空。
少女は彼女に薄く微笑み、恥ずかしがりながらも彼女はコップを渡す。
「あなたは彼をみた?」
『彼』と言われ想起するのは顔は見えなかったが、強烈な印象が残っている『アレ』
彼女の緊張と不安の一助を担っている存在。
「……はい、遠目ではありましたが……そう、問題はその彼です!彼女を自由にするのは仕方ないとは言え『あんなもの』とでは───」
「───」
「ッ!?」
───瞬間、破裂音。
少女のその手にあった果物は形もなく飛び散り、彼女は音の発生源とその原因を察した。
彼女は危惧していた。彼女には彼の真の実力はわからなかったから。
しかし、溶け込むような存在感のなさと魔力を一切感じない不気味さ、それらとは裏腹に圧倒的なプレッシャー。
彼女は積み重なる違和感から醸し出される雰囲気に特異な存在だというだけが分かった。
焦りすぎた。リーダーの前で迂闊だった。自分の浅はかさを恨んだ。
「申し訳、ございません……あの方と、彼女ではあまりにも力量の差がありすぎました……このままでは彼女が危険だと思い差し出がましいことを」
「……」
「……」
彼女は顔を下に向け、少女は新しい果物を取り出し改めて抽出する。
彼女は下を向きながら、コップにゆっくりと注がれる音を聞いていた。
「これ、彼から教えてもらったことなの」
「え?」
不意の言葉に顔を上げると、彼女の前には果汁で満たされたコップが出されており受け取る。
「彼は言っていたわ。『この世界では果実がいつでも手の届く』『贅沢な使い方だけどこうやってジュースにして飲むのが好きなんだ』、って」
どこか遠く懐かしい眼をした少女は自身のコップの縁をなぞりながら続ける。
「所詮わたしたちの《これ》も全部、彼の真似事に過ぎない。」
「ですが!そのおかげで私たち全員が救われましたっ!いくらリーダーが……!」
『これ』が指す言葉を否定しようと彼女は思わず立ち上がるが、少女は微笑みだけ。
彼女は思い直し木箱に座りなおす。
「………『物を与えるのではなく、文化を授ける』でしたか。私にはこの言葉の本質はわかりません」
「まだそれでいいのよ、ただ共通の意思を持っている。だからこそわたしたちは『知識と経験を共有する友』───」
少女に続く言葉だけは彼女も理解していた。
自分がここにいられることを誇りに思っている言葉だったからだ。
「───『試練と苦難を共有する仲間』……忘れたことはありません」
「あなたたちも彼の、本当の姿に気づいた時にわたしたちはまた、すべてが変わるの」
確信をもったように言うが彼女は納得しなかった。
「…………でも私たちは彼を知りませんし、彼もまた私たちを知りません。もし、もしもですが───」
彼女は不安に思っていたことを口にするのに驚くほど抵抗がなかった。
「───彼が私たちを認めてくれないとしたら?」
「…………」
「…………」
しばしの沈黙。
そして、少女はまだ使っていないコップを元の袋にしまい、膝の上にそれを置く。
「少し昔の話……初めて盗賊と戦った少女がいたの───」
───少女は大きな袋を抱きしめながら、昔話をした。
「それは……本当なんですか?にわかには信じられませんが……」
「でも、だからわたしはここにいるし、きっとあなたたちなら大丈夫。そうなる時はわたしだけだから……」
夜空を見上げ、寂しさを滲ませながら少女は自嘲する。
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