36 / 102
三章 量産型勇者の歩く道
三章四話 『不安と不穏』
しおりを挟む薄暗い部屋、木で出来たボロボロの椅子にルークは腰をかけていた。
机を挟んで目の前に座るのは先ほどの顎髭をはやした男、名前はアルフードというらしい。
死んだ魚のような目をしているが、その奥には何か底知れないものを秘めている。
ルークはそれを感じとり、背もたれに体を預け、冷や汗をかきながらも言葉を吐き出した。
「だから、さっきから言ってんじゃん。いきなり人が落ちてきて、俺はそれを見てただけ。あのメレスって人に聞けば分かんだろ」
「なるほどな、そりゃ災難だ」
「すげー他人事だな。えーと、アルフードさんだっけ?」
「呼び方はなんだって良い、他に何か見なかったのか?」
顎髭をいじりながら、アルフードは先ほどからチラチラと時計を確認している。
ルークは少し考え、あの時感じた違和感を口にする。
「そういや……建物の屋上に人が居たっぽかった。性別は分からねぇけど、金髪だったと思う」
一人で納得したように頷き、アルフードはルークの持っている剣を見る。本来なら取り上げられるべき物なのだが、ルーク以外では持ち運べないので、ぐるぐるに布を巻かれた状態で所持している。
ため息をつき、アルフードは改めて話を切り出す。
「金髪か……んじゃ多分間違いねぇな。お前、勇者なんだろ?」
「……あの桃頭から聞いたのか? 俺は勇者じゃねぇ、つかその質問ウザイから止めろ。夢に出てくるんだよ」
「ちゃんとティアニーズって呼んでやれ。死んだ親父さんから貰った名前なんだよ」
「んな事知らねーよ。アイツ名前呼んだらキレるんだよ」
村を出てから幾度となく投げ掛けられた勇者という言葉。諦めて認めてしまえばいいものの、ルークは頑なに頷く事をしない。
あまりのしつこさに面倒を通り越して呆れの境地に達てしているけれど、それでもルークは食いぎみに否定した。
「だったらその剣はなんだ? お前意外じゃ持ち上げる事すら出来なかったぞ。自慢じゃねぇが腕力にはそこそこ自信がある……それ、勇者の剣だろ?」
「これは勇者の剣だ。でも俺は勇者じゃない。たまたま押し付けられてたまたま持てただけであって、所有者は俺じゃない」
「俺も本物を見るのは初めてだが……騎士団には前の戦争に参加して生きてる奴は何人も居る。ソイツらが見れば分かると思うが?」
「知らねーよ。大体、アンタの部下の桃頭がいきなり村に来たせいでこんな状況になってんだろ。勇者を探すのは別に構わねぇけも、勇者なんてのはこの世界に腐るほど居んだろ。俺じゃなくてソイツらに任せれば良いじゃねぇか」
机に手を置き、身を乗り出しながら潔白を証明しようとするルーク。
アルフードは聞いているのか分からない表情を浮かべ、コップに注がれた水を一気に飲み干すと、
「ま、勇者なんて呼び名は周りが勝手につけただけだし、お前の自覚はあんま関係ないんだよ」
「迷惑だって言ってんのが分かんねぇのか? ただの一般人を死地に送り込んでアンタは何も思わねぇのかよ」
「思う」
アルフードは短く返事をした。
その反応に驚き、ルークは僅かに言葉を失う。
小さく息を吸い、落ち着いた口調でアルフードは再び語り始めた。
「だがそれが戦争ってもんだ。一般人だろうが兵士だろうが関係ない、国を守るためには犠牲がつきものなんだよ。そんなぬるい事言ってられるほどこの国は今平和じゃない……お前もそれは分かってんだろ?」
「テメェら騎士団の弱さのツケを俺に払わせようってのか? そもそも、始まりの勇者と騎士団が魔王を殺しきれなかったのがわりぃんだろ」
「そりゃそうだな、素直に頭を下げて詫び入れるしかねぇ。でもなぁ、だから俺達は必死なんだ、毎日命かけて戦ってんだ。大人の事情に若いのを巻き込むのは気が引ける……でも、勇者ってのはそれだけの存在なんだ。本物の勇者は人類にとって唯一の希望なんだ」
ルークは言葉を失う。ゴルゴンゾアに来る道のりで勇者がどれほどの存在なのかは嫌というほど聞かされたが、全て話半分で聞き流していた。
しかし、これほどまでに真っ直ぐに言葉を伝えられれば、自覚もやる気もないルークでも怯んでしまう。
「戦うのが勇者だ。他の連中は勇者って名前をぶら下げてればなんでも出来ると思ってるカスどもしかいねぇ。だが、お前には力と資格がある、お前は道を真っ直ぐに、ただ突き進むしかねぇんだよ……勇者として戦う道を」
「……断る。やりたい奴にやらせれば良いだろ、俺は普通に暮らしてぇんだ」
「今はそれでも構わねぇ。けど、戦争ってのはどちらかが死ぬまで終わらねぇんだ。どの道お前が戦わなきゃ全員死ぬぞ。お前も家族も友人も、最後に残るのはお前一人だ」
「そりゃ大丈夫だ、俺には家族も友達もいない。もし魔王が復活して人間側が負けるんなら……最初から勝ち目なんてなかったんだろ」
これだけ言われながら、ルークは勇者として戦う道を選ぶ事をしなかった。認めてしまえば楽なのに、ルークは決してそれを選ばない。
自分が勇者なんて立派な存在ではない事は、世界の誰よりも理解しているのだから。
流石のアルフードも諦めたようにため息をつき、頑固とも違う執念に肩を落とした。無言の時間が流れ、二人はただ視線を交差させる。
そんな時、扉が開かれて金髪の青年が姿を現した。室内に流れる微妙な空気に一瞬だけたじろいだが、直ぐ様アルフードに近付き、
「辺りの捜索終わりました、恐らくこの近くには居ないと思いますよ。彼を解放して大丈夫です」
「そうか、ご苦労さん。て事だ、もう出て行って良いぞ」
「……は?」
突然真逆になったアルフードの態度に、ルークは口を開けたまま停止。
金髪の青年はそんなルークを見て、まぶしいくらいに爽やかな笑顔で表情を満たすと、
「初めまして、俺はトワイル・マグトル。君はルークだよね? ティアニーズから話は聞いたよ」
「ど、どうも……じゃなくて、なんでいきなり態度が変わったんだよ」
「……アルフードさん、もしかして何も説明してなかったんですか?」
「あー、忘れてたわ。歳とると無駄話が長くなっちまう」
「はぁ……彼も一応狙われる可能性があるんです、ちゃんと説明して下さい」
とぼけたように髭を触り、明後日の方向を眺めて唇をすぼめるアルフード。
トワイルは悪びれた様子のないアルフードを若干キレながら椅子から退かし、今度はトワイルが腰を下ろした。
「何も説明せずにこんな所に閉じ込めてすまないね。でも君が勇者である以上、安全が確保出来るまではこうするしかなかったんだ」
「俺は勇者じゃねぇ」
「最近、このゴルゴンゾアと近くの町で勇者と名乗る人間が次々と殺されているんだ。その被害は結構甚大でね、僕達騎士団も手をやいている」
「さっきの殺された女も勇者だったのか?」
「うん、騎士団にも顔を出していた。一応忠告はしていんだけど……まさか彼女が殺られるなんて。僕達の慢心が招いた結果だ」
殺された女性の事を思い出しているのか、トワイルは顔を伏せて声を震わせている。
ルークはこの青年は自分とは真反対で、自らの非を認めて誰かのために悲しむ事の出来る人間であると悟った。
「君をここに無理矢理連行したのは他でもない、勇者殺しから遠ざけるためだ。あの場に居たら狙われる可能性もあったし、かくまうにはここが一番だと思ったからなんだ」
「勇者殺し……迷惑な野郎だな。んで、安全が確保出来たからもう出て行って良いと」
「うん。ただ一つだけ条件がある」
全て初耳の情報なので、ルークは何も話さなかったアルフードに訝しむ目を向ける。
アルフードは知りませんと言いたげな表情で顔を逸らし、グビグビと呑気に水を飲んでいた。
込み上げる怒りを抑え、話途中のトワイルへと意識を集中させ、
「条件ってなんだよ、捕まろとかは無理だし全力で断るぞ」
「そんな事は言わないよ。町を自由に歩き回るのは構わない……ただし、こちらで用意した護衛と共に行動してほしいんだ」
「別にいらねーよ、俺勇者じゃねぇし」
「君がどう言おうとこれ決定した事なんだ。護衛には無理矢理にでも付きまとってくれと言ってある。それに、万が一狙われて怪我するのは嫌だろう?」
「そりゃ確かにそうだな……んで、護衛ってどれ? まさかそのおっさんじゃねぇよな?」
「俺はそんなに暇じゃない」
いくら勇者ではないと言っていても、今までのように周りは納得せずにそう呼ぶかもしれない。ルークとしても無駄な怪我は避けたいので、大人しく護衛との行動を受け入れた。
もし面倒になれば逃げ出してしまえば良いと考え。
「外で待ってる。これで話は終わりだよ、くれぐれも気をつけて。君が勇者ではないとしても、知り合いが死ぬのはもうごめんだからね」
「分かった、サンキュー」
アルフードに感じていた怒りも、トワイルの柔らかい対応によって少しだけ中和され、珍しく礼を言うルーク。
最後まで態度を崩さないアルフードには目もくれずに部屋を後にする。
部屋を出たルークは思わず怪訝な表情を露にした。
部屋の前に立っていたのは二人の少女で、一人は見知った桃頭の髪の少女、そしてもう一人は猫耳をはやした少女だった。
猫耳の少女はルークの顔を見上げ、
「ふーん、お兄さんが勇者なの? なんかすっごく普通だね、ティアが言ってた通りだ」
「見た目は普通だけど中身はダメダメな人だよ」
「……これ以上同じ事を何度も言わせんじゃねぇ。つか、何で桃頭がここに居んだよ……そして誰だお前」
「コルワ・シーフル、初めましてだよね! ティアのお友達です」
元気よく手を上げ、コルワと名乗る少女はくったくのない笑顔でそう言った。
押し寄せる嫌な予感を頭の隅にやり、ルークはコルワの上げた手を無理矢理戻すと、
「どういう事だ、説明しろ」
「本当は分かってますよね?」
「嫌だ、全力で断る」
「そんな事言ってもダメです。私とコルワが二人でルークさんの護衛をしますから」
現実の拒むような耳を塞いだが、そんな事で逃げられる筈もなく、ティアニーズの言葉はスルリと耳に入り込んで来た。
そう、トワイルの言っていた護衛とはつまり、今目の前に立つ二人の少女の事だったのだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
二度目の勇者は救わない
銀猫
ファンタジー
異世界に呼び出された勇者星谷瞬は死闘の果てに世界を救い、召喚した王国に裏切られ殺された。
しかし、殺されたはずの殺されたはずの星谷瞬は、何故か元の世界の自室で目が覚める。
それから一年。人を信じられなくなり、クラスから浮いていた瞬はクラスメイトごと異世界に飛ばされる。飛ばされた先は、かつて瞬が救った200年後の世界だった。
復讐相手もいない世界で思わぬ二度目を得た瞬は、この世界で何を見て何を成すのか?
昔なろうで投稿していたものになります。
後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます
なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
勇者の隣に住んでいただけの村人の話。
カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。
だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。
その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。
だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…?
才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる