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三章 量産型勇者の歩く道
三章十七話 『ドラゴン再来』
しおりを挟む夢を見ていた。
暗く暗く暗い闇の中を一人で真っ直ぐに歩いて行く夢を。
真っ暗は空間には一切の凹凸が見られず、見渡す限り地平線が続いていた。
どこを目指しているのか、何故歩いているのかは分からないけれど、立ち止まる事は絶対にしてはならないという事だけは分かった。
だから歩く、ゆっくりと一歩を踏み出して。
ただ真っ直ぐに進み、いつしか視界の先に小さな光が見えてきた。
小さく、今にも消えてしまいそうな光なのに、どこか力強さを感じる光。
暖かくもあり冷たくもあり、なにかを照らすにはあまりにもひ弱な光。
手を伸ばす。
多分、その光が彼女のずっと探していた光だから。
けれど、彼女一人ではその光の元へ行く事は出来ない。
だから力を借りる事にした。
傍らで眠る、桃色の髪の少女に。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
視界が一回転した。
上下が逆さまになり、自分が今どこに居るのかさえ把握出来ないほどに。
ルークは歯を食い縛り、自分の真横を飛んでいるアキンの襟首をガッシリと掴むと、木片に当たらないように全力で投げ捨てた。
アキンがどうなったのかを確認する前に、ルークは背中に走る衝撃に顔を歪めた。間一髪で馬車から離脱する事には成功したが、投げ出された後にどうやら背中から落っこちたらしい。
「い……ッ……クソッタレが……!」
痛みを正確に理解する暇もなく、直ぐ様体を起こして馬車だった物へと目を向ける。粉々に砕け、ドラゴンの腹の下から大量の血が流れ出していた。
一瞬、アンドラが潰されたのかと思ったが、少し離れた場所で手を上げて無事を主張する姿が見えた。
「いったい……なにが……」
「喋んな、出来るだけ呼吸も殺せ」
「は、はい……」
立ち上がり、側で倒れていたアキンを無理矢理起こすと、引っ張りながら近くの木へと姿を隠す。
今ので三人を殺したと思ったのか、それとも見失ったのか分からないが、ドラゴンは首を捻って辺りの様子を確認していた。
いくら不幸といえど、ドラゴンに再び襲われる事は予想の範疇を簡単に越えている。
しかし、ルークはある程度の冷静さを保っていた。二度目という事もあるけれど、なによりもここ数日で培った戦闘経験が彼を落ち着かせている。
「……あ、あの、お頭はッ」
「心配すんな、さっき手振ってたぞ」
「良かったです……それより、どうすんですか?」
「逃げる……って言いてぇところだが、多分無理だろうな。動いたら速攻バレる」
「では戦いましょう、魔元帥でも僕達なら勝てますよっ」
「焦んなちびっこ、戦うにしろ逃げるにしろ、とりあえずバンダナのおっさんと合流しなきゃダメだ」
放っておいたら飛び出しかねないアキンを押さえ、木の影から顔だけを覗かせてドラゴンの様子を確認。
まだこちらに気付いていないらしいが、三人を探しているようだった。
(やべぇな……あの剣がねぇんじゃ勝ち目なんかないぞ。三人で協力したって勝てる気がしねぇ……)
初めてドラゴンとの戦った時、勇者の剣がなければ間違いなく勝てなかっただろう。そして魔元帥であるデストの時もそうだが、丸腰のルークではほとんど勝負になっていなかった。
どちらにしてもそうだが、魔元帥と戦うには勇者の剣がないと戦いにすらならないのだ。
しかし、今ルークの手元に剣はない。
要するに、絶対絶命のピンチというやつだ。
(どの道アイツに追い付くにはこの場をどうにかして切り抜けるしかねぇ……考えろ、現状を打破する方法を!)
一瞬、ルークは油断を見せてしまった。
バレなければ大丈夫という浅はかな考えから、ドラゴンを倒す方法を編み出すためだけに全ての神経を集中してしまったのだ。
だからこそ遅れてしまった。
ドラゴンが尻尾を振り回し、回転しながら周りの木を凪ぎ払おうとする行動に。
「ーーッ!!」
危険を察知すると、アキンを頭を掴んで強制的に押し倒した。最小限に体を丸め、頭上を通過する鱗にまみれた太い尻尾が当たらない事を祈る。
尻尾が簡単に大木をへし折って吹っ飛ばし、跳ね上がった木が遅れて地面に落下。
「走れ!!」
「は、はい!」
降り注ぐ木から逃れるように立ち上がると、見上げて蛇行しながらなんとか回避する。
当たれば死んでしまう木の雨から逃げ続け、やがてドラゴンの回転が終わるのと同時に二人はヘッドスライディグをして倒れた木の影に飛び込んだ。
「視界を良くしたってか……そういや頭良いんだったよな」
「ちっくしょう、なんで魔元帥なんかに襲われなきゃいけねぇんだよオイ!」
「あ? おっさん生きてたのかよ」
「たりめーだオイ!」
「お頭! 無事でしたか!」
とりあえず呼吸を落ち着かせようとした瞬間、ニョキッと生えて来たようにアンドラがいきなり現れた。多少の擦り傷はあるが大事はないらしく、木に背中を張り付けて青ざめた表情で口を開く。
付近の木は根こそぎなぎ倒されており、辺り一面の見晴らしが良くなっていた。宙に浮く木屑がゆらゆらと揺れていて、呼吸をする度に喉に引っ付く。
口に入った砂とともにそれを吐き捨て、
「おい、あれってマジで魔元帥なのか?」
「あぁ、昔俺が世話になった人から聞いた事があったんだよオイ。赤紫の鱗を纏ったドラゴンは魔元帥だってな」
「でも前に一体倒したぞ? 魔元帥って全部で八人なんじゃねぇのかよ」
「んな事俺に言われたって知る訳ねぇだろオイ。とにかく、アイツは間違いなく魔元帥だ、そんで狙いはテメェだオイ」
「面倒な野郎だなクソ、あん時の仕返しかよ」
この際、相手が魔元帥かどうかはどうでも良くて、それを考える時間があるなら打開策を考えるべきだろう。
ルークは少し目を伏せ、真剣な眼差しで見つめて来るアキンを見ると、
「お前どんな魔法使えんだ?」
「一応、ほとんどの魔法は使えるように練習してます」
「良し、なら目眩ましで一旦この場から逃げるぞ」
「戦わないんですか?」
「一旦って言ってんだろ、アイツがまた尻尾ぶん回して暴れ出したら逃げるしかなくなる。戦うにしても体制を整えるべきだ」
「テメェに従うのはしゃくだが、今はそれしかねぇなオイ。アキン、頼むぞ」
「はい、分かりました!」
ドラゴンの様子を確認し、三人は顔を見合わせる。呼吸を合わせ、ルークとアンドラは瞳を閉じた。
手を上げて合図を出すと、アキンが木から飛び出し、
「これで、どうだ!」
アキンの右手から放たれた光はドラゴンに向かって一直線に進み、接触すると同時に赤い閃光が炸裂した。
ドラゴンは雄叫びを上げ、辺りの地面が揺れて木葉舞い上がる。
一瞬の隙を見極め、三人は全力で走り出した。
「おっしゃァ! どうだ見たかクソッタレ、アキンの魔法はすげぇんだぞオイ!」
「黙って走れバカ!」
「やりました、僕やりましたよ!」
「お前もうるせーよ、分かったら、すげーのは分かったら!」
親が親なら子も子という事らしい。
場違いなはしゃぎを見せる二人を後ろから蹴り飛ばし、とにかく前に進む事を強要。足場が不安定なので走りづらいが、この際そんな事を気にしている場合ではないだろう。
出来るだけ相手の視界から外れるように倒れている木を盾にしながら走り、飛び越えてひたすら前に突き進む。
死に物狂いで駆け抜け、一瞬だけ振り返った時にそれを目にした。
丁度、ドラゴンが再び体を回転しようとしているところを。
ただ、今度は尻尾ではなくて口から炎を吐き散らしながら。
あの炎の射程範囲が分からない以上、このまま逃げたところで回避出来るかは怪しい。
ルークは問答無用でアキンの襟首を掴み、強制的に体の向きを変えさせると、
「ちびっこ! ガードだ!」
「え……あ、はい!」
少しだけ戸惑う様子を見せたアキンだったが、目の前の光景を見た瞬間に両手を前に突き出し、地面から沸き上がる水が三人を守ように壁の形を持って現れる。
炎が壁と激突し、あまりの高温によって激しい爆発が起きた。
「ッ!」
「うわッ!」
「なんだオイ!」
押し出されるようにして三人は前方へと吹っ飛んだ。
炎はなんとか防ぐ事は出来たものの、ルークとアンドラは巨体な木に顔面から突っ込んだ。
鼻を打った事によって無条件で涙がこぼれ、
「いッてぇ……!」
「テ、テメェ! アキンを盾にするなんてなんのつもりだオイ!?」
「うっせぇな、全員助かったんだから良いだろ! ぶん投げて囮にしなかっただけありがたいと思え!」
「んな事考えてやがったのかテメェ!? ダメだ、アキンこっちに来い! ソイツと居たらダメになっちゃうぞ!」
「テメェにだけは言われたくねぇよ! 気付かずにケツ振って逃げてただろーが!」
「ちょ、ちょっと喧嘩は後にして下さい!」
掴み合いをする二人の間にアキンが割って入り、なんとかなだめようとする。
アキンは冗談だと思っているらしいけれど、ルークならば本当に投げ捨てかねない。今回それをやらなかったのは、アキンが魔法を使えて戦力にかるからであって、なにもない一般人なら投げていただろう。
「後で覚えとけよオイ」
「上等だボケ、勇者殺しをぶっ飛ばした後で相手してやるよ」
「ドラゴンは……?」
煙と炎が立ち上がる中、三人は警戒しながら目を凝らす。
ゆらゆらと揺れる炎の中で蠢く巨大な影を目にした瞬間、後退りながら走り出す準備をする。
熱気が押し寄せているのに、嫌な寒気が体を駆け抜けた。
「合図したら一気に走るぞ」
「このまま逃げ切れるとは思えねぇけどなオイ」
「だったら戦うか? 前に口の中に思いっきり魔法をぶちかますって作戦を思いついたんだけど、それ試す?」
「バカ言え、んな危ねぇ事アキンにさせられっかよオイ」
「僕なら大丈夫ですよ、食べられちゃう前に逃げします!」
「ほら言ったじゃねぇか、この数分でアキンがダメな方向に立派に成長してるぞオイ!」
「うるせぇよ、後でテメェが根性叩き直しとけ」
このアホ勇者と居ると、どれだけの窮地に立たされようと減らず口を叩く癖がついてしまうらしい。
一旦言い合いを止め、三人は改めて影へと目を向ける。真っ直ぐにこちらに向かって来ていた。
しかし、
「……んだよ、あれ」
「お頭……」
「いや、俺もこれは知らなかったぞオイ」
三人はそれを見てそれぞれの感想を口にする。
煙の中で蠢く影、その巨大な影がゆっくりと小さくなって行っていた。
それはやがてある生物の形になる。
人間という、もっとも身近な生物の姿に。
まず初めに見えたのは足だった。
煙の中から飛び出し、地面を踏んで姿を三人の前に現す。
それは、どこにでも居るような青年の姿をしていた。
左耳にピアスをしており、黒髪のつり目が特徴的な青年。口元を歪める度に鋭い歯が見え隠れし、異様な笑顔とともに恐怖心を煽る。
「ーーーー」
小さくなって尚、それが放つ威圧は少しも消えてはいなかった。さらに言うのなら、巨体の時よりもそれの持つ強大な力と恐怖が肌身に激しく突き刺さる。
だからこそ、冷や汗を流しながら立ちつくす事しか出来ず、それが口を開くのをただ見ていた。
「久しぶりだな、ようやく会えて嬉しいぜ勇者さんよォ。俺を殺した事、まさか忘れてないよな?」
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