量産型勇者の英雄譚

ちくわ

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四章 王の影

四章十六話 『条件』

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 ウルスがまた直ぐに会えると言っていたとはいえ、これだけ早くに接触して来る事は予想外だったと認めざるを得ないだろう。
 そしてなにより、敵陣に一人で乗り込んで来るなど誰が予想出来ただろうか。
 少なくとも、予期できた人間はここには居ない。

「条件か……。そりゃ人質とってんだ、なにかしらの要求があるに決まってるわな。んで、なんだ? 金な訳ねぇよな」

「そんな物ウルス様は欲しがりませんよ。要求の内容は、ええと……ルーク様、という方が知っていると言ってましたよ」

「ルークは俺だ。アイツが欲しい物は俺が分かってる」

「へぇ……貴方が……」

 男はルークを探すように首を捻り、名乗りを上げたのを見て口元を歪めた。恐らく、いや間違いなく勇者だという事は聞いているのだろう。

「まぁ、それは貴方方で話あって下さい。公に言える事でもありませんしね」

「アァ? そりゃどういう意味だ?」

「そのままの意味ですよ。これから人質の交換場所、そしてそこに来て頂きたい人間の名前を呼びます」

 バシレの言葉を無視し、男は笑みのまま言葉を続ける。
 苛立ちを隠せないバシレだったが、今ここで強気に出たところで、人質であるエリミアスが殺されるだけと分かっているようだ。
 怒りを噛み殺すように唇を噛み、

「言え」

「では……。まずはトワイル様、そしてメレス様、コルワ様、ティアニーズ様、バシレ様、最後に……勇者であるルーク様です。あぁ、あとは……ソラ? 様をですね」

「待て、なんでそんなに人数が多いんだ。お前らは俺に用があるだけなんだろ?」

「確かに。ですが、ウルス様がそうおっしゃっていたのです。王、貴方としても護衛は多いに越した事はないのでは?」

 今名を上げた人間の共通点、それは旅を共にした人間の名前だ。先ほどその情報は話していたので、全員が把握している。
 理由は分からない。男の言う通りにただの護衛なのか、それとも全員を相手にしても勝てるという余裕の表れなのか。

 どちらにせよ、こちら側としてはその要求を飲む事しか出来ない。

「それで、交換場所はどこだ」

「城下町、南地区の三番街にある小さな武器小屋です。騎士団の皆様なら把握していらっしゃるでしょう?」

「おい、そこは俺の部隊が管理してる小屋だ。部隊の奴らどうした」

「……言うべきですか? 私の口から、全員殺したと」

 瞬間、アルブレイルの放った殺気が広間の全てを支配した。仲間である筈の部下、そして魔元帥と何度も戦闘をしているルークでさえ、その純粋な憤怒の感情に悪寒を覚える。
 この場に居る事が、場違いなのではと思うほどに。

 男は僅かに肩を震わせるだけで反応を押し殺し、渇いた唇を下で湿らせる。
 今にも飛び出しかねないアルブレイルに、バシレが止めるように口を挟んだ。

「……アルブレイル、今は堪えろ」

「分かっている。今は、な」

「これは忠告だ、無駄口を叩かずに要件だけを言え」

「はい、少し挑発が過ぎましたね。時間は本日の零時、そこで我々の欲する物と姫様の交換です」

 悪びれた様子もなく、男は怪しい笑みを継続。言葉とは反対に今も挑発を続けている。
 バシレはため息をこぼし、

「お前らの条件はそれだけか?」

「はい、今は。我々としてもまだ本格的に動く時期ではありませんので」

「そうか、ならとっとと出ていけ。振り返らず、なにもせずにだ。次に会った時がお前の最後になる」

「分かっていますよ、私とて戦闘は望まない。……と、初めは思っていましたが」

 男の体が僅かに揺れた直後に手錠が砕け、押さえつけていた二人の男の体が粉々に弾け飛んだ。肉片が飛び散り、血の雨が床に滴り落ちる。
 不気味な笑みで口元を満たし、戦闘を開始しようとーー、

「あ、れ」

 しかし、男が行動を起こす事はなかった。
 なによりも、誰よりも驚いているのは男自身だっただろう。
 走り出そうとした直後、自分の体が真っ二つに切り裂かれたのだから。

「……すみません、もう少し情報を吐かせるべきでしたか?」

 男を斬った本人ーーメウレスは血を払うように剣を振るい、何事もなかったかのようにアルブレイルの方へと体を向ける。既に戦いは終わった、そう言いたげに。
 アルブレイルは掴んだ背中の太剣から手を離し、

「いや、お前がやらなかったら俺が叩き潰してた」

「そうですか、勝手な行動をしてしまいすみません」

「な、ぜ……あ……」

 上半身だけになってなお、男は震える唇で言葉を発している。魔獣の生命力の強さがうかがえるけれど、今驚くべきはそこではない。
 何一つ、いつ動いたのかすらルークは分からなかった。

 剣を抜いたタイミングも、走り出した瞬間も、どのようにして男を斬ったのかも。何一つ、その目で確認する事が出来なかったのだ。
 これが最強。
 騎士団で最強だと言われる男の姿。

「……消えろ」

 手を下す事はしなかった。苦痛に顔を歪める姿をただ見下ろし、その体から命が失われるのを見ているだけだった。
 やがて男の体は活動を停止し、光の粒となって跡形もなく消滅した。残るのは、床に飛び散った血液だけだった。

「あとで掃除しとけ。お前らも聞いただろうが、俺は要求通りに指定された場所へ行く」

「危険過ぎやしませんかね? 罠に入ってくれって言ってるようなもんすよ?」

「だからだろ、罠にかかって奴らをぶっ潰す。王として、父親として当然の事だ」

「ま、止めても無駄ってのは分かってましたよ。貴方のお好きにどうぞ」

「あぁ、俺は王だからな、好きにやらせてもらう。それに、お前らが俺を守ればなんの問題もないだろ?」

 ナタレムの忠告を自己中発言であしらうと、その重い腰を上げてバシレはルーク達の顔を見渡す。
 ルーク意外の使命された面々は姿勢を正し、驚きに満ちていた表情を引き締めた。

「トワイル、メレス、コルワ、ティアニーズ、ソラ、ルーク。お前達は俺と一緒に来てもらう。せいぜい俺が死なないようにしっかりと守ってくれ」

「「「「はい!」」」」

 なんとも他人任せな発言だが、騎士団としてこれ以上に重要な任務はないのだろう。いつもはやる気を見せないメレスでさえ、その表情は凛として覚悟を宿している。
 ただ二人、ルークとソラを除いては。

「来るなって言われても俺は行くぞ。アイツの相手は俺がやる」

「あぁ、それが私達の役目だ」

「期待してるぞ、勇者。お前の力が本物かどうかを俺に見定めさせてくれ」

 不敵に微笑み、バシレは手を叩いた。その音で広間に漂っていた異様な空気は消し飛び、それぞれが安堵したように胸を撫で下ろす。
 警備が疎かという点を除けば、今回は後手に回らずに済んだようだ。

「うし、解散だ。俺と行く奴は出る時に声をかけるからゆっくり休んどけ。それ意外の奴は城の警備、あとは指定した小屋の周辺の調査だ。ただし、絶対に手を出すな。けりをつけるのは俺達だ、これ王命令な」

 いまいち覇気にかける発言だが、その言葉を合図に集まった面々は広間を次々と後にして行く。バシレとともに行く者達の顔は、心なしか不安とやる気に満ちているようである。
 ルークも休むために出ようとするが、

「ルーク、お前は残れ。大事な話がある」

「え、俺も休みたいんだけど……っすけど」

「傷の手当てならあとでやれ」

「へいへい、分かりましたよ」

「なら私も残ろう。どうせ話の内容は分かっている」

 忘れてもらっては困るが、ルークはウルスとの傷を現在も負ったままこの場に参上している。正直に言えばめっちゃ痛いし、今すぐにでも寝たい。が、どうやら逃がしてくれる気配もないようだ。

 集まった騎士団が全て部屋を出たのを確認すると、バシレは広間の扉に鍵をかける。手をかざしてなにか結界のようなものを張り巡らし、満足したように再び椅子に腰をかけた。

「これで誰も入れねぇし声も外には漏れない。それで、魔元帥の目的ってのはなんだ」

「おっさ……王様さんよ、アンタ魔王の封印場所知ってんだな」

「やっぱそれか……ま、そりゃそうだろうな。つか、敬語面倒なら使わなくて良いぞ。俺もかたっくるしいのは苦手なんだ」

「なら遠慮なく。ウルスの狙いは封印場所を聞き出す事だ。そのために姫さんを拐ったんだよ」

 初めから敬語が使えてたかどうか怪しいところなのだが、バシレの提案にルークは数秒で馴染んだように口調を変える。
 これにはバシレも若干呆れた様子を見せるものの、自分で言った手前引けないのだろう。

「そんで、知ってるってのは本当なのか?」

「事実だ。この国、いや世界で知ってるのは俺を入れて三人だ。本来なら封印した張本人であるそこの精霊も知ってる筈なんだが……」

「全く覚えていない。方法もな」

「そういう事だ。王である俺、封印場所を守護する人間、あとは……まぁこれは言えねぇ」

 自慢でもなんでもない事を、胸をはってドヤ顔で言うソラ。
 含みのある言い方に疑問がわいたものの、ルークにとって誰がなにを知っているのかなんてのはどうでも良い。
 重要なのは、今現在魔王がどこにいるか。

「なら俺にその場所を教えろ。今すぐに行って叩き斬って来る」

「ダメだ、これは契約で言えなくなってる。話したら俺がその瞬間に死ぬ」

「は? 契約?」

「詳しい事は言えねぇが、俺は秘密を他言出来ねぇんだよ。それで納得しろ。それに、お前が行ったところで殺せるとも限らねぇだろ」

「そうだな、私は本来の力を取り戻していない。この状態で封印された奴を斬ったとして、それが逆効果になる可能性もある」

「んだよ、魔王を殺せりゃそれで全部が終わるってのに」

 思ったよりも早く勇者活動が終わる、なんて甘い考えはやはり通用しないらしい。今この場で無理矢理聞き出そうものなら王が死に、王殺しの犯人として首ちょんぱの刑になるに違いない。
 ルークとしても、それは望むところではないのである。

「まぁ諦めろ。んな事より、もっと考えるべき事があるだろ」

「あ? 考える事?」

「何故奴が魔王の封印場所を知っていたのか、だろう?」

 なんの話かついて行けていないルークの変わりに、ソラがバシレの疑問を口にする。
 手を叩いて『そっちね』と納得するルークを他所に、

「あぁ、奴らが魔王の場所を感知出来るってんなら話は別だが、それだと今まで行動を起こさなかった理由が分からねぇ」

「んなの、おっさんが一番偉いからじゃねぇの? 王だし、なんでも知ってるっぽいし」

「それなら良いんだけどよ。そうじゃない場合が一番マズイ」

「漏れる筈のない情報が漏れた……裏切り者が居るかもしれない、そう言いたいのか?」

「俺としちゃその線はあって欲しくねぇな。騎士団、もしくはこの城の中に裏切り者が居るって事になる」

 バシレの話を聞く限り、封印場所を知るのは世界で三人のみ。バシレ以外の誰かから話が漏れたという可能性もあるが、それならばその人間を襲えば良い。
 しかし、ウルスはそれをしなかった。
 ご丁寧に娘を拐い、王であるバシレから話を聞き出す方法を選んだのだ。

「さっき言ってた三人から漏れたとか?」

「あり得なくはねぇが……多分ないだろうな。封印場所を守護している奴はともかく、もう一人の奴は絶対にあり得ない」

「さっきのもそうだし、裏切り者がいるとしたらこの城の警備甘過ぎなんじゃねぇの?」

「うっせぇな、各地に派遣し過ぎて警備が甘いってのは分かってんだよ。それでも行かせるしかねぇ、今はそういう状況なんだ」

 バシレは魔獣の動きが活発になっている事を言っているのだろう。騎士団は王都だけではなく、この国を守らなければならない。人員にだって限りはあるだろし、どこかに集中したら他の場所が薄くなるのは当然の事だ。

 とはいえ、今は人員不足を嘆いている場合ではない。
 目の前にある脅威を排除する、その事だけに集中するべきだろう。

「つか、おっさん言ったら死ぬんだろ? どうやって姫さん助け出すんだ? 言ったあとに油断させて斬るとか出来ねぇじゃん」

「俺が悩んでんのはそれだ。エリミアスを助けるには吐くしかねぇ、が、俺はまだ死ぬのは御免だ」

「正直だな。まぁそこは心配いらん、私とルークが奴を殺す。それで全てが解決する」

「そう上手く事が進めば良いんだがな。まぁ良い、ミールにでも作戦を立ててもらう事にする」

「おう、任せとけ。ウルスは俺がやるぶった斬る」
  
 話の流れを理解していない二人に、バシレは額に手を当てて大きなため息を溢した。
 人質をとられている以上、迂闊に手を出す事ができない。となれば、相手が油断する状況を作り上げなければならないのだが、方法は封印場所を教える事なのだ。

 しかしながら、バシレが死ぬのでその方法は現実的に考えて不可能。
 考えるべきはどう殺すのかではなく、殺すまでどうやって持っていくのかなのだ。
 けれど、

「あの野郎、やるだけやって逃げやがって。必ず叩き潰してやる」

 勇者さんはこの様である。
 いつもの通りに自分の事で頭がいっぱいなのだ。
 ルークの様子を見て、バシレは最後にもう一度大きなため息を溢すのであった。

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