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五章 王の呪い
五章九話 『ぐるぐる』
しおりを挟むどうやって水中から上がって来たのか。
答えは簡単である。
そろそろ呼吸が限界を迎えそうな時、突然現れた優雅に泳ぐソラを見つけた。なんとか手繰り寄せ、剣を手にすると、加護を発動させてあとは簡単だ。
力強くで足を振りほどき、たまたま近くにいたた男を抱え、あとは足を踏み台にしてジャンプ。
こうして、長い水泳を終えたルークは船に戻って来たのである。
抱えていた男を適当に放り、空いた手で耳を叩いて水を抜く。
「ついでだから拾っといたぞ」
「お、おう、ありがとな。お前、どうやって……つか、剣なんて持ってたか?」
「説明すると長くなるからまた今度な」
精霊の加護で戻って来た、と言っても簡単に信じてはもらえないだろう。なので、話すつもりもないのに説明を後回しにし、側で片膝をついているティアニーズへと目を向けた。
「遅かったですね。死んじゃったかと思ってました」
「うっせ、酔いをさましてたんだよ」
「そうですか。なら、もう戦えますよね?」
「たりめーだ、今日の夕食はイカ焼きに決まってんだからな」
挑戦的なティアニーズの態度に、クラーケンを見ながら笑みを浮かべる。
相手が海の悪魔だろうが関係ない。やられたら全力でやり返す、それがこの男なのだ。
海の悪魔、そして陸の悪魔。
両雄がにらみ合い、そして交わる。
剣を担いで飛び出そうとするが、突然ソラの声が響いた。
『ルーク、貴様は知っていると思うが、私には斬れないものがある。普通の生物は斬れない、斬れるのは魔獣と命のない物だけだ』
「あ? いきなりなんだよ、んな事知ってるわ」
『では一つ質問だ。あれはなにに見える?』
「んなの、イカに決まってんだろ」
『そう、あれは紛れもなくイカだ。多少体はデカイが、ただのイカだ』
「言いたい事があんなら早く言えや」
と、ここまで話を聞いて、ルークはとある事に気付いてしまった。苛立っていたのもどこかへ行ってしまい、冷静に目の前の巨大なイカを眺める。
数秒間無言になり、
「え、マジで?」
『大マジだ』
「いやいや、俺すげぇノリノリだったんだけど」
『それは勝手に興奮した貴様が悪い』
「……マジかよ。あのイカ、斬れねぇのかよ」
肩を落とし、その場にしゃがみこんでしまうルーク。ソラが斬れるのは魔獣と物だけ、となれば目の前に居るイカも例外ではない。見た目こそ化け物だが、それは普通のイカとなんら変わりないのだ。
つまり、ソラではクラーケンは斬れない。
格好つけて『晩飯はイカ焼きだ』なんて口走っていたが、ただ恥ずかしいだけの発言となってしまった。
そんなルークを見て、ティアニーズは嫌な予感がしたらしく、ヨルシアに聞こえないように小声で口を開く。
「あの、もしかして斬れない、なんて事はありませんよね?」
「……斬れねぇよ、だってあれイカだもん」
「な……あれだけ格好つけて斬れないって、どういう事ですか!」
「んなの俺が知るかよ! 斬れねぇのはコイツのせいだっての!」
『私のせいではないぞバカ者』
剣を指差して怒鳴り散らすルーク。
ソラは呆れた声で呟くが、ティアニーズには聞こえてない。
離れたところで見ているヨルシアが首を傾げているが、そんなのはお構い無しに二人は口論を続ける。
「大体、ルークさんが油断してるからいけないんですよ!」
「船酔いしてたんだからしゃーねぇだろ! お前だって姫さんと遊んでたじゃねぇか!」
「遊んでません! 護衛です、もしもの時のために側に居たんですぅ!」
「どうだか。お前ガキだから楽しくなっちゃったんじゃねぇの? 乙女だもんねぇ」
「その言い方凄くムカつきます! また沈んで来たらどうですか、頭も冷えますよ!」
「お前も道連れにしてやるよ。仲良く頭冷やそーぜ!」
一度始まったらこの二人は止まらない。まとめ役のトワイルは離れたところで『なにやってるんだ……』、と頭を抱えて呟いているし、ソラは現在剣なのでルークにしか話かけられない。
掴み合いに発展しそうだが、止められる者はいないのだ。
しかし、次の瞬間には止まる事となる。
トワイルでもソラでもない存在。
クラーケンの振り下ろされた足によって。
「あ? って、逃げろぉぉぉぉ!」
「走ってください!」
二人の上に影が伸び、揃って見上げると、既に真上まで足が迫っていた。口論は強制的に終了し、全力で逃走を開始。
足並みを揃えて走り出すが、背後に振り下ろされた足の風圧によって前方へと吹っ飛んだ。
「ぐぅ、いってぇ」
「だ、大丈夫ですか?」
「その台詞人の上で言うもんじゃないよね。重いから退け」
ぐるりと視界が回転し、船内への続く扉の真横に叩きつけられたルーク。そして、なぜかルークの上に座りこむティアニーズ。
吹っ飛んだ際、色々あってこうなったのだろう。
僅かに頬を赤く染めながら、ティアニーズは慌てて下りる。
「お、重くありませんっ。ちゃんと食事には気を使ってますし、運動だってしてます」
「マッチョだからだろ。筋肉って重いらしいし」
「マッチョじゃありません! ほどよい筋肉と言ってください!」
「はいはい、分かりましたよぉ」
立ち上がり、相変わらずのウザさ全開の顔と口調で挑発するルーク。
再び喧嘩が始まるかと思いきや、二人の隣にある扉が突然開いた。そこから顔を覗かせ、ルーク達を見るなり少女が駆け寄って来る。
「良かったです。お二人ともご無事だったのですね!」
「ひ、姫様! 出てきてはダメです!」
「私だけ休んでいるなど出来ません!」
手を合わせ、心配そうに瞳を揺らしながら口を開くエリミアス。
こんな戦場に姫様が居るなんて論外なので、ティアニーズは背中を押して船内へと戻そうとするが、
「バカ! よそ見すんな!」
迫る足を確認した瞬間、ルークは剣を噛んで二人を両脇に抱え、全力で横へと飛んだ。
真横を巨大な足が通り過ぎ、船内へと続く扉を破壊。そのままルークを追いかけるようにして横へと移動。
「ルークさん、来てます! もっとスピード上げてください!」
「ルーク様! 潰されてしまいます!」
『おいルーク、私を噛むとはどういう了見だ』
「だばっでぼ!」
両脇、そして頭の中に響く苦情に剣をくわえたまま反論。しかし、今は怒っている場合ではないのだ。
加護を使っているとはいえ、この狭い甲板に加えて二つのお荷物。自由に動き回る事すらままならない。
「ルーク、伏せるんだ!」
前方から走って来るトワイルの声に合わせ、ルークは頭からスライディング。
頭上を飛び越えてトワイルが通り過ぎると、そのまま剣を足に向かって突き刺し、続けて船員達が連続で魔法を放つ。
その光景を倒れながら感心して見ていると、突然襟首を掴まれて引きずり回される。首を締め付けられて段々と顔が青ざめ、そろそろ旅立とうかという頃、ようやく解放された。
「ゲホッ……いきなりなにすんだ!」
「助けてやったんだから感謝しろよな。これで貸し一つだ、クソ勇者」
「バカ言え、お前が居なくてもどうにかしてたっての」
「ハッ、どうだか」
抱えていた二人を乱暴に投げ捨て、背後に立つリエルの手を借りて立ち上がる。そこへトワイルとヨルシアがやって来ると、ようやく全員が終結した。
今はヨルシアの部下がなんとか魔法で食い止めている。が、それも時間の問題だろう。どうにかしてクラーケンを撃退する術を見つけなければならない。
冷静に船上を見渡し、迫る足を斬りつけながらトワイルが口を開く。
「とりあえずおかえり。もしかしてあれは斬れないのかな?」
「もしかしなくてもそうだよ! 加護もそろそろきれちまう!」
「まいったね、こういう時に限って魔法使いが居ないんだ。メレスさんを連れてくれば良かったよ」
「居ねぇもんは居ねぇんだ、なんか策を考えろ!」
「そうは言っても、ここにいるのは全員近接戦闘に特化してる。難しいね」
暴れる足をそれぞれが武器で応戦し、ルークはとりあえず後ろの方から応援と文句。かなりのダメージを与えてはいるが、やはり本体をどうにかしないとだろう。
首をひねり、なにかないかと探す。と、同じように、横でなにもしていないエリミアスが目に入った。
「ど、どうかなさいましたか?」
「……今良い事思いついた」
「そ、それは本当なのですか!? でしたら、早くその良い事で皆さんをお助けください!」
「分かった。ーーまず、服脱げ」
「へ?」
真剣な眼差しで、しかも周りの人間が死闘を繰り広げている中、この変態勇者はとんでもない注文を口にする。
エリミアスはルークの瞳を見つめたまま固まり、段々と顔が真っ赤に染まると、自分の体を守るように抱き、
「そ、そんな事出来ません! いくらルーク様のお願いでも無理です!」
「良いから脱げよ! それで全員が助かんだから!」
「ダメです! 私の体は、未来の旦那様のために捧げると決めているのです! あ、でもルーク様が旦那様に……」
「良いから黙ってとっとと服よこせ!」
「ら、乱暴は嫌いです!」
「なにしてるんですか、この変態!」
案外嫌でもないのか、頬を染めながらもじもじと体をよじるエリミアスに掴みかかり、強制的に服を脱がせようと迫る痴漢勇者。
しかし、それを見過ごせないとティアニーズが参上。握った拳をルークの頭に突き刺した。
「ッてぇな! なにすんだ!」
「女性の服を脱がす人がいますか! しかも相手は姫様ですよ!」
「これしか方法がねぇんだから仕方ねぇだろ! つか、別に全部脱ぐ必要ねーから!」
「一部とか全部とか関係ありません!」
「わ、私はルーク様がどうしてもとおっしゃるのなら……で、でもですね、その変わり……」
「うっせぇ!」
怒り心頭のティアニーズを押し退け、目を閉じて全てを受け入れるように天をあおぐエリミアス。
ルークはエリミアスの肩に手を置き、そのまま問答無用で羽織っていたローブを強奪した。その変わり、自分の来ていたずぶ濡れの上着を乱暴に頭へかける。
「うし、これであのイカ野郎をぶちのめしてやる」
「ちょっとルークさん! って、なにをしているんですか?」
「巻いてんだよ」
剣を床に置き、エリミアスから奪ったローブを刀身に巻き付けるルーク。
横からその様子を覗きこみ、ティアニーズが首を傾げた。
ちなみに、姫様はまだ目を閉じていらっしゃいます。
「コイツは魔獣以外斬れねぇ。が、斬る対象との間に布を一枚噛ませればぶっ叩けるんだよ」
「そうだったんですか。でも、服をとるならちゃんと事情を説明するべきです」
「もう時間がねぇんだよ。ソラ、あとどんくらいだ?」
『一分もない』
「そんだけありゃ十分だ」
前にイリートと対峙した時、ルークは人間を斬れないせいで苦戦を強いられた。しかしながら、服を着ている相手に対して、斬るのではなく面の部分で叩く方法なら、通用する事は既に実証済みなのだ。
刀身に布をぐるぐるに巻き付け、勇者の剣(布装備)が完成した。見た目はこの上なくダサいけれど、現状打てる手ではこれが最善だろう。
軽く振り回し、布が取れない事を確認すると、
「お前らは足をどうにかしろ。その間に俺が本体をぶっ叩く」
「そんなので本当にやれんのかよ」
「まぁ見とけって。へますんじゃねぇぞ、クソガキ」
「誰がクソガキだ、このクソ勇者。アタシが失敗する訳ねぇだろ。テメェこそミスるんじゃねぇぞ」
乱暴な口調で言いながらも、リエルはルークの指示通りに足を斬り捨てる。
他のメンバーもルークを守るように周りに立ち、
「それじゃ、本体はルークに任せるよ」
「足は俺達に任せろ。どぎついの食らわしてやれ」
「ルークさん、失敗しないでくださいね」
「うっせぇ。お前らは自分の心配だけしてろ」
不適に微笑み、全員が一斉に駆け出した。
ルークを最後尾に置き、残りの人間は迫る足を斬り払う事だけに集中する。それぞれが出来る事を最大限こなす、これもまた連携と言えるだろう。
ティアニーズ達が切り開いた道を見据え、加護で強化した脚力で一気に飛び出した。蠢く足を踏み台にしてかけ登り、一気にクラーケンの本体まで跳躍。
顔が分からないので眉間がどこなのか不明だが、とりあえずど真ん中に狙いをつける。
「沈んどけ、イカ野郎!!」
落下の勢いを使い、そのまま剣を全力で叩きつける。バゴンッ!と激しく鈍い音を立ててクラーケンが大きくのけ反り、海面に体を叩きつけた衝撃で大きな津波が発生。
人間のものとは思えない腕力によって、クラーケンは一撃でその意識をどこかへ飛ばした。
船に残った人間は津波の衝撃に備えて近くの物に掴まる。沈み行くクラーケンを勝ち誇った顔で眺めていたが、ここでルークは重大な事に気付いてしまった。
足場が、ない。
「やべ、どこに着地しよ」
『バカ者めが。あと先を考えて行動しろ』
空中で手足をジタバタとさせてみるものの、無様な抵抗空しく、自由落下に任せて海へと落ちていくルークだった。
それから数分後、海へ飛び込んだヨルシアに救助され、ルークはなんとか船の上に上がっていた。
しかし、ここで非常事態が発生。
ルークの瞳が、閉じたままである。
「ルークさん! 目を開けてください!」
ティアニーズが肩を掴んで揺さぶるが、全く返事がないどころか微動だにしない。心なしか唇も青く変色し、呼吸をしていない。
全員が集まり、クラーケン撃退な立役者を見守る。
「ルーク……」
「ルーク様! このような事で死んではいけません!」
「ルークさん!」
リエルでさえ、目を覚まさないルークの顔を見て唇を噛み締めている。そんな中、人間の姿へと戻ったソラが冷静な口調でこう言った。
「確か、人工呼吸だったか? それをすれば良いだろう」
「じ、人工呼吸!? そ、それはすなわち、く、くくくく唇を合わせるという事で……」
ルークから被せられた上着で真っ赤な顔を隠し、エリミアスは揺れる瞳で死にかけの勇者を見つめる。
ただ、ここで一つ言っておこう。
ルークは死んではいないし、先ほどは止まっていたが、今はちゃんと呼吸している。
当然、この提案を出した精霊はそれに気付いている。その他、トワイルとヨルシア、リエルですら気付き始めていた。
分かっていないのはただ二人、ティアニーズのエリミアスだけである。
「ひ、姫様はお下がりください。わ、私がどうにかしますので」
「い、いえ、私のせいでルーク様はこのような事態になっているのです。これは一国の姫様としてけじめをですね……やっぱ無理!」
ティアニーズを押し退け、倒れているルークに顔を近付ける。しかし、間近で顔を見つめて数秒止まったかと思えば、ボン、と顔から湯気を出しながら、なぜかルークの頬をビンタ。
その後、上着に顔を沈めて体育座りで独り言をぶつぶつと言い始めた。
「ほれ、早くしないとルークが死んでしまうぞ。ティアニーズ、貴様にしか救えんのだ」
「わ、私にしか出来ない……。そうですよ、別にこれはキ、キスとかじゃないですもん。人命を救うために必要な事だもん!」
「その通りだ。貴様がルークを救うんだ」
「はい! 私がルークさんを救ってみせます!」
「では行け」
「行きます!」
洗脳完了。という呟きが聞こえて来そうなほど怪しげな笑みを浮かべ、ソラは込み上げる笑いを全力で堪える。
やれやれと手を上げて苦笑いするトワイル。
下らん、と言いたげにそっぽを向くリエル。
ヨルシアに関しては、なぜかわくわくしている。
ティアニーズはルークの肩に触れ、ゆっくりと顔を近付けて行く。距離が近付くにつれ、自分の顔が赤くなっていくのを感じていた。
しかし、これはルークを助けるため。
そう何度も言い聞かせ、ついに唇が触れようかという頃ーー、
「あ?」
ルークの目が、開いた。
そりゃもうバッチリと。
視線が交わり、至近距離で見つめあう二人。
少しでも動いたら、唇が触れそうな距離だ。
「……なにやってんのお前」
「…………」
「いや、だからなにやってんの」
若干驚いた様子ではいるが、冷静に問いただすルーク。
動く唇を見つめていたら、なんだかぐるぐると視界が回転し始めた。顔が爆発しそうなほど熱い。そして、
「違うもん!」
「ふべらッ!」
無意識に、硬く握った拳をルークの腹に振り下ろしていた。
目覚めて僅か数秒、船を救った勇者は眠りの世界に押し戻されたのだった。
それを見る精霊は、心底楽しそうに微笑んでいた。
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