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第1話 婚約破棄

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「ダリヤ・アル・イアブーユ。お前との婚約は破棄する」

 ハシム王国の宮廷でジハール王子からそう告げられた。
 ハシム王国は北の砂海を渡ったところにある大国であり、その軍事力で多くの遊牧民の部族を従わせ保有する水ラクダの頭数が人間より多いとも言われる。

「ジハール王子、3日前に初めてお会いしたばかりなのに唐突なお申し出ですね。何か心変わりするようなことが起きましたか?」

 この婚約は私と彼の親同士が決めた、いわゆる政略結婚だ。幼少時からすでに彼との婚約は決められていたが、会うことも話すことも3日前が初めてだった。今回は親善のために来たのだが、どうやら王子は私のことをお気に召さなかったらしい。

「お前は目が悪い娘と聞いていたが全くの嘘だったではないか。これは裏切りだ」
「目が悪い……。誰がそんな誤解されるような伝え方を王子にしたのでしょう。私は全く目が見えません。3日前にそう述べました」

 そう。生まれつき私は目が見えない。ただ、その代償か強い聖なる魔力を持って王家へ生まれた。そのため権力争いと陰謀渦巻く王家に聖女生きながらえてきた。普通、庶民の目が見えない子供は口減らしで道に捨てられる。目の見えない私に人を癒やす力を下さった天使様に感謝したい。

「目が見えない娘を送ってくるなど俺への侮辱か。これは外交問題だぞ。本来であればお前のところの大使へ厳重に抗議するところだ」
「なぜそのような誤解があったのかはわかりませんが王子の気の済むようにしてくださってけっこうです」

 まあ理由はわかる。この世界の国々では生まれつきの不具者が身内にいるのは恥とみなされる。特に女は丈夫な子供が産めないと。だから隠す。私の目が見えないことは一般国民にはほとんど知られていない。ただし王女は政略結婚の道具である。我が国の王女は目が見えないのではなく目が悪いだけだと大使が濁して言ったのだろう。それならば妃にと申し出があれば断ることはできない。

瞽女ごぜの聖女とはな。自分の目すら治せないのに他人の傷を癒せるのか?」

 瞽女とは技能を持った女性の視覚障碍者のことを指す古い言い回しだ。

「生まれつき目が見えない代償に天使様が奇跡の力を私にくれたのでしょう」
「天使とは非合理的で非効率なものだ。お前のような不具者に力を与えるぐらいならまともな身体で生まれた貴族の娘に力を与えれば良い物を」

 この男! 天使教の経験な信徒の前で天使様を冒涜した! いつか見てなさい。お前の曇りきった目に物を見せてあげるから。呪われろ……呪われろ……。
 などと呪いの言葉を心の中で念じていると王子が歩いてくるのがわかった。男の人は鎖帷子くさりかたびらを身に着け帯刀しているから歩くたびにガシャガシャとうるさくてよくわかる。本人たちはそれが目立ってカッコいいと思ってるらしい。男の人の考えることはさっぱりわからない。女の子がたくさんの貴金属やアクセサリーで着飾ってその音が鳴るのははしたないとか批判するのに全く勝手な人たち。

「おい、動くな……」

 殺気を感じた。私は目が見えない分、他の感覚は鋭い。だけど、まさかこの男、心を読む魔術を使っているのだろうか。王族の男は戦闘魔法に長けていると聞くけど、心を読むような諜報魔法があるのかも知れない。良いわ、たとえ叩き切られても無限に回復すれば良いだけだから。腕や脚が切り落とされたらさすがに生やせないけど、どちらの魔力と体力が持つか勝負よ。そう覚悟して私は不動の姿勢を保った。

 シュンッ! 王子が剣を抜き私に斬りかかる。だが、剣は私の顔の前で止まったようだ。

「なんだ。本当に見えてないのか。俺の剣をビビリもしないとは生意気な女だ」

 なーんだ。私の目が本当に見えないのか試したのね。悪趣味で意地悪な男。

「ええ、そうですとも。天使に誓って嘘偽りは申しません。王子のことが嫌いだから目が見えないふりをして婚約破棄を狙っているわけではありませんわ」

 少々皮肉と嫌味を入れて答えた。
 ガシャン! 私が手に持つ錫杖を王子が蹴飛ばした。歩くときはこの錫杖を使い周囲の様子を知る。

「言葉に気をつけろ。不具の女だから優しく接してやってるのにその言い草はなんだ」

 はあ? いつ誰が優しくしたのよ。あなたの中の優しいの基準低すぎでしょ。などと思ったが私は人間ができているので大人な対応で流した。

「申し訳ありません。錫杖が当たってしまったようですわ。お怪我はありませんでしたか。私、何も取り柄はありませんが回復の奇跡だけは少々心得があります」
「ふん。もういい。さっさと国へ帰れ」
「では国に帰り王子から婚約破棄の申し出があったことを私の父へ伝えてよろしいのですね」
「いや待て。それでは俺が不具者を忌み嫌っているように誤解されるだろう。男を立てて世間体を少しは考えろ。お前から婚約解消を望んだと言え、いいな。俺は望まれたから仕方なく婚約破棄してやったんだ」

 私のような不具者を嫌ってるくせにそれを批判されたくないってどんなわがままで都合の良い考えかしら。

「そうですか。王子のような立派な方には私のような娘は相応しくないから婚約解消を自ら望んだ。これでよろしいですか」
「わかれば良い。せいぜいお前の父親に上手く説明しろよ」
「ですが、婚約を解消したいと自ら訴えても父は婚姻同盟の維持を優先することでしょう」

 国同士の婚姻同盟を目的とした政略結婚の婚約はそんな簡単には破棄も解消もできないことをこのバカ王子は理解しているのだろうか。

「ダリヤ! クドいわよ!  未練がましくてみっともない!」

 その時、聞き覚えある声が聞こえた。どうしてあの子がここにいるのかしら。
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