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第11話 修道女見習い
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修道院に来て数週間。色々と雑用を命じられたがなんとかこなしている。例えば、洗濯。どの程度擦れば汚れがとれるかがわかるようになった。仕上げは友達のムルジャナに確認してもらっているが。修道院では洗濯は手を清め罪を洗い流すと教えられ、特に罪深い者にはその仕事が多く任される。私に洗濯当番が多いのはそれだけ修道院長に私は罪深い女と思われているのだろう。まあ、確かに死霊となった私の罪は永久に赦されないだろうけど。
「ダリヤちゃん、目が見えないのによく綺麗に洗濯できるね。私なんて力を入れすぎてたまにシーツを破いてしまうのに」
「そうかしら? いつもムルジャナに手伝ってもらって助かってるわ。触っただけでは汚れはわからないから」
「二人ともお疲れ様。ムルジャナさん、修道院長様がお呼びよ。すぐに行って」
ムルジャナと一緒に洗濯しているとシスタールーフが彼女を呼びにきた。修道院長と違ってシスタールーフは穏やかな人だ。
「はーい。修道院長様かー。あまりお会いしたくないけど仕方ない、ちょっと行ってくるね」
「うん。何かきついお叱りを受けないことを祈ってるわ」
「あはは、ありがと。おー怖……」
掃除、縫い物、畑の雑草取り、食事の支度、聖歌の練習など修道院の一日はなかなか忙しい。ムルジャナと二人っきりで話せたのは夜になってからだった。
「もし今年の試験に落ちて、来年分の追加の寄付金が10金貨払えない場合は家に返すってさ。ああ、どうしよう」
「修道女になる試験ってどういうことするの?」
「あー、ダリヤちゃんは貴族様だから試験免除で修道院長の許可さえあれば修道女になれるんだっけ」
「まあ、私はあの人に嫌われているから、あの人の目が黒いうちは難しいかもだけど。ムルジャナはどうすれば修道女になれるの?」
「貴族様も楽じゃないね……。私みたいな平民は傷を癒やす回復の奇跡を実演するんだよ。そうしたらシスターの称号が与えられて晴れて修道女に」
「へぇー、ムルジャナは奇跡得意?」
「全然……。私には生まれつき魔法だとか奇跡だとかの才能がないみたい。私の村ってエルフの森に近いんだけど病魔が蔓延していて。だから、その治療や退治のためにシスターになろうと思ったんだよ」
「立派ね。感心するわ」
「ありがと。でも、村のみんなから応援してもらって、お父さんとお母さんが一生懸命働いて修道院へ入れるための寄付金を用意してくれたのに、このままじゃ期待に応えられない」
「回復の奇跡なら私が教えてあげる。死霊教へ改宗するつもりはない? 使える奇跡は天使教とほぼ同じで、才能に関係なく使い放題よ」
「へ? 死霊教?」
「そうそう死霊教会。死を司る大天使様に帰依する教えなの。死霊の修道女になる条件はただ一つ、一度死んで半蘇生すること」
「それって大昔に滅亡した魔王国で信仰されてた邪教なんじゃ……。ダリヤちゃんって魔族の令嬢だったの?」
「元は人間よ。貴族にありがちな謀略に巻き込まれてあえなく刺客の手にかかって死んじゃったけど冥王様と死の天使様のお力でこうやって蘇生したのよ」
「もう邪教でも何でもいい。ダリヤちゃんのこと信じてるから。お願い、私に奇跡を授けて」
「汝、修練女ムルジャナよ。現世に別れを告げ、死の花嫁として終末の日までこの世を彷徨い続けることを誓いますか?」
「ち、誓い……! 待って! まだ心の準備が……! き、今日はやめない? 日を改めて……」
「あら? 怖くなっちゃった? 大丈夫よ、怖くないから。ね? 大丈夫、大丈夫。修道院の生活で私の信仰力上がって奇跡の力も強まったからすぐに綺麗に生き返らせてあげる。だから私を信じて。ほら心臓の音聞こえないでしょ?」
私は彼女に胸を押し当てて抱きしめた。怖がる小さな子にはこうすれば安心させることができる。
「う、うん、ほんとだ……。なんか、ダリヤちゃんって良い香りがするね。スーハー」
「ムルジャナも修道院長にバレない程度に香水使えばいいのに。修道院だとおしゃれなんてこのぐらいしかできないし。ほらこの香水よ。貸してあげる」
「うわー、高そう。家から持ってきたの?」
「こっそり持ってきたわ。それより心の準備はできた?」
「…………うん」
「誓いますか?」
「……誓う」
「誓願は聞き届けられました」
私は彼女の首を両手で思いっきり締めた。
「うあっ!? ダ、ダリヤちゃん苦し……! かはっ!」
「大丈夫、すぐ楽になるから。暴れちゃダメよ。隣の部屋の人に気づかれちゃう」
苦しみのあまり脚をバタつかせる彼女に私は覆いかぶさった。
「ぐぅ………。がはっ。うぐぐ……。い、嫌……。お母さん……」
いつも明るく元気な彼女が死の苦痛と恐怖に肉親の助けを求めている。そんな彼女の姿を思い浮かべると、私の心に形容し難い悦びの感情が生まれる。
「ヒュー……。ヒュー……」
何度か痙攣したがしばらくすると彼女は動かなくなった。耳を顔に近づけると呼吸は止まり、首の血管は脈を打つのを止めた。ふと、彼女から白い魂が離れるのが真っ暗な私の目でもわかった。
「修練女ムルジャナ、我ダリヤと寝食を共にしその最後に至るまであくまで天使並びに冥王を信じ、その信仰心大にして殉教の決意顕著と認む。死霊教会奇跡『蘇生』」
古代の教会における奇跡発動の詠唱を使ってみた。彼女は私が組織する死霊教会の大切な修道女となるから仰々しい詠唱で奇跡の力を一層強くしてみる。半ば抜けかけていた魂が彼女の身体へ戻り、ピクッと身体が動いた。
「寒い……寒い……」
「気がついた? おめでとう。今日からムルジャナは死霊教会の敬虔な修道女よ」
「うう……。ぐすっ……。ひっく……、ひっく……。寒いよ……。怖いよ……」
「あらら。生き返ったばかりでまだ混乱しているみたいね。大丈夫、大丈夫。私はここにいるから」
彼女をベッドの上に寝かせ優しく抱きしめたその時、部屋の扉が開いた。ほら、ムルジャナがあんまり暴れるから二人の秘密の儀式がバレちゃったわ。
「いったい何をしているのですか! 修道女見習い同士がベッドで抱き合うなど汚らわしいことを!」
「あら、これはこれは修道院長様。夜の見回りですか」
この人には私の信仰は理解されないだろうなあ。
「ダリヤちゃん、目が見えないのによく綺麗に洗濯できるね。私なんて力を入れすぎてたまにシーツを破いてしまうのに」
「そうかしら? いつもムルジャナに手伝ってもらって助かってるわ。触っただけでは汚れはわからないから」
「二人ともお疲れ様。ムルジャナさん、修道院長様がお呼びよ。すぐに行って」
ムルジャナと一緒に洗濯しているとシスタールーフが彼女を呼びにきた。修道院長と違ってシスタールーフは穏やかな人だ。
「はーい。修道院長様かー。あまりお会いしたくないけど仕方ない、ちょっと行ってくるね」
「うん。何かきついお叱りを受けないことを祈ってるわ」
「あはは、ありがと。おー怖……」
掃除、縫い物、畑の雑草取り、食事の支度、聖歌の練習など修道院の一日はなかなか忙しい。ムルジャナと二人っきりで話せたのは夜になってからだった。
「もし今年の試験に落ちて、来年分の追加の寄付金が10金貨払えない場合は家に返すってさ。ああ、どうしよう」
「修道女になる試験ってどういうことするの?」
「あー、ダリヤちゃんは貴族様だから試験免除で修道院長の許可さえあれば修道女になれるんだっけ」
「まあ、私はあの人に嫌われているから、あの人の目が黒いうちは難しいかもだけど。ムルジャナはどうすれば修道女になれるの?」
「貴族様も楽じゃないね……。私みたいな平民は傷を癒やす回復の奇跡を実演するんだよ。そうしたらシスターの称号が与えられて晴れて修道女に」
「へぇー、ムルジャナは奇跡得意?」
「全然……。私には生まれつき魔法だとか奇跡だとかの才能がないみたい。私の村ってエルフの森に近いんだけど病魔が蔓延していて。だから、その治療や退治のためにシスターになろうと思ったんだよ」
「立派ね。感心するわ」
「ありがと。でも、村のみんなから応援してもらって、お父さんとお母さんが一生懸命働いて修道院へ入れるための寄付金を用意してくれたのに、このままじゃ期待に応えられない」
「回復の奇跡なら私が教えてあげる。死霊教へ改宗するつもりはない? 使える奇跡は天使教とほぼ同じで、才能に関係なく使い放題よ」
「へ? 死霊教?」
「そうそう死霊教会。死を司る大天使様に帰依する教えなの。死霊の修道女になる条件はただ一つ、一度死んで半蘇生すること」
「それって大昔に滅亡した魔王国で信仰されてた邪教なんじゃ……。ダリヤちゃんって魔族の令嬢だったの?」
「元は人間よ。貴族にありがちな謀略に巻き込まれてあえなく刺客の手にかかって死んじゃったけど冥王様と死の天使様のお力でこうやって蘇生したのよ」
「もう邪教でも何でもいい。ダリヤちゃんのこと信じてるから。お願い、私に奇跡を授けて」
「汝、修練女ムルジャナよ。現世に別れを告げ、死の花嫁として終末の日までこの世を彷徨い続けることを誓いますか?」
「ち、誓い……! 待って! まだ心の準備が……! き、今日はやめない? 日を改めて……」
「あら? 怖くなっちゃった? 大丈夫よ、怖くないから。ね? 大丈夫、大丈夫。修道院の生活で私の信仰力上がって奇跡の力も強まったからすぐに綺麗に生き返らせてあげる。だから私を信じて。ほら心臓の音聞こえないでしょ?」
私は彼女に胸を押し当てて抱きしめた。怖がる小さな子にはこうすれば安心させることができる。
「う、うん、ほんとだ……。なんか、ダリヤちゃんって良い香りがするね。スーハー」
「ムルジャナも修道院長にバレない程度に香水使えばいいのに。修道院だとおしゃれなんてこのぐらいしかできないし。ほらこの香水よ。貸してあげる」
「うわー、高そう。家から持ってきたの?」
「こっそり持ってきたわ。それより心の準備はできた?」
「…………うん」
「誓いますか?」
「……誓う」
「誓願は聞き届けられました」
私は彼女の首を両手で思いっきり締めた。
「うあっ!? ダ、ダリヤちゃん苦し……! かはっ!」
「大丈夫、すぐ楽になるから。暴れちゃダメよ。隣の部屋の人に気づかれちゃう」
苦しみのあまり脚をバタつかせる彼女に私は覆いかぶさった。
「ぐぅ………。がはっ。うぐぐ……。い、嫌……。お母さん……」
いつも明るく元気な彼女が死の苦痛と恐怖に肉親の助けを求めている。そんな彼女の姿を思い浮かべると、私の心に形容し難い悦びの感情が生まれる。
「ヒュー……。ヒュー……」
何度か痙攣したがしばらくすると彼女は動かなくなった。耳を顔に近づけると呼吸は止まり、首の血管は脈を打つのを止めた。ふと、彼女から白い魂が離れるのが真っ暗な私の目でもわかった。
「修練女ムルジャナ、我ダリヤと寝食を共にしその最後に至るまであくまで天使並びに冥王を信じ、その信仰心大にして殉教の決意顕著と認む。死霊教会奇跡『蘇生』」
古代の教会における奇跡発動の詠唱を使ってみた。彼女は私が組織する死霊教会の大切な修道女となるから仰々しい詠唱で奇跡の力を一層強くしてみる。半ば抜けかけていた魂が彼女の身体へ戻り、ピクッと身体が動いた。
「寒い……寒い……」
「気がついた? おめでとう。今日からムルジャナは死霊教会の敬虔な修道女よ」
「うう……。ぐすっ……。ひっく……、ひっく……。寒いよ……。怖いよ……」
「あらら。生き返ったばかりでまだ混乱しているみたいね。大丈夫、大丈夫。私はここにいるから」
彼女をベッドの上に寝かせ優しく抱きしめたその時、部屋の扉が開いた。ほら、ムルジャナがあんまり暴れるから二人の秘密の儀式がバレちゃったわ。
「いったい何をしているのですか! 修道女見習い同士がベッドで抱き合うなど汚らわしいことを!」
「あら、これはこれは修道院長様。夜の見回りですか」
この人には私の信仰は理解されないだろうなあ。
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