12 / 21
第2章 ヴィクターの心の内

12.いっそのことお前が

しおりを挟む
何事もなかったかのように、俺は訓練場に行き、何十人もの部下たちの前で上官として声をかける。

模造の剣を振るい鍛錬をつむ兵たちを前にしても、思考はどうしても過去から抜けられない。

なんの罪もないシスターや同胞たちを、助けられずに見殺しにした。

その罪に報いるために、俺は敵国の兵を何十人も何百人も殺した。


そしてついた名前が「軍神」。


気を抜けば悪夢の中で溺れてしまいそうな自分を繋ぎ止めるためだけに、必死で血濡れの剣を振り続ける。


死んだって何も怖くないのに。


俺には待ってる人も、残っているものも何もないのだから。


「ヴィクターさん、今日の訓練のノルマ終わりました!」


体力の訓練をしたいという光の聖女が、毎日飽きもせずに訓練場の端で鍛錬をしている。

屈託のないルナの笑顔。


その翡翠の瞳を俺に向けるたびに、生きている罪悪感が心の中でチリチリと燃える。


「……そうか、ご苦労」


俺にはお前は眩しすぎる。


俺のこの地獄の釜の底のように煮詰まった、暗い後悔の

心を知ったら、お前はきっと逃げていくのだろうな。


目を逸らした俺に、ルナはそっと何かを手渡してきた。


「なんだ?」

「あの、ヴィクター様。
 体調悪そうなので、こちらよかったら……」


何やら、ルナの私物のポットのようだ。


両手で抱えているそれを俺は片手で持ち上げると、温かい。


「ジンジャー入りの蜂蜜ドリンクを作りました。
 体が温まりますよ」


俺は思わず息を呑んでしまった。

呆れたお人よしだ。


貧弱な聖女のくせに必死で訓練し、魔獣を倒せるほど強くなり、「誰も苦しまない世界」を本気で作ろうとしている。

でも、彼女も俺と同じ、何か心に巣食う苦しみを飼っているのかもしれない。

俺は、そのポットに入ったドリンクを受け取った。



「ヴィクター様が、今夜はよく寝れますように」



聖女に相応しい、穏やかな笑顔。

まるで幼い俺に名前をつけたシスターの、汚れない聖母のような微笑み。


「……ああ、ありがとう」



うまく笑えていただろうか。


いっそお前が俺を殺してくれればいいのに。


お前が俺に罰を与えないのなら、いつか誰かが、俺の前からお前を颯爽と奪っていくのだろうな。


それでも、その無防備な笑顔をいろんな男に向けるのを見るぐらいなら、お前を守って死ぬぐらいが、出来損ないの軍神には一等お似合いなのかもしれない。



あの世で待つ彼らは、そんな俺を笑うだろうか。



『あなただけでも、生き残ってよかった。ヴィクター』


きっとシスターも、目の前の光の聖女も、そう言うのだろうな。


だから、眩しくて仕方がない。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

心を病んだ魔術師さまに執着されてしまった

あーもんど
恋愛
“稀代の天才”と持て囃される魔術師さまの窮地を救ったことで、気に入られてしまった主人公グレイス。 本人は大して気にしていないものの、魔術師さまの言動は常軌を逸していて……? 例えば、子供のようにベッタリ後を付いてきたり…… 異性との距離感やボディタッチについて、制限してきたり…… 名前で呼んでほしい、と懇願してきたり…… とにかく、グレイスを独り占めしたくて堪らない様子。 さすがのグレイスも、仕事や生活に支障をきたすような要求は断ろうとするが…… 「僕のこと、嫌い……?」 「そいつらの方がいいの……?」 「僕は君が居ないと、もう生きていけないのに……」 と、泣き縋られて結局承諾してしまう。 まだ魔術師さまを窮地に追いやったあの事件から日も浅く、かなり情緒不安定だったため。 「────私が魔術師さまをお支えしなければ」 と、グレイスはかなり気負っていた。 ────これはメンタルよわよわなエリート魔術師さまを、主人公がひたすらヨシヨシするお話である。 *小説家になろう様にて、先行公開中*

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない

あーもんど
恋愛
ある日、悪役令嬢に憑依してしまった主人公。 困惑するものの、わりとすんなり状況を受け入れ、『必ず幸せになる!』と決意。 さあ、第二の人生の幕開けよ!────と意気込むものの、人生そう上手くいかず…… ────えっ?悪役令嬢って、家族と不仲だったの? ────ヒロインに『悪役になりきれ』って言われたけど、どうすれば……? などと悩みながらも、真っ向から人と向き合い、自分なりの道を模索していく。 そんな主人公に惹かれたのか、皆だんだん優しくなっていき……? ついには、主人公を溺愛するように! ────これは孤独だった悪役令嬢が家族に、攻略対象者に、ヒロインに愛されまくるお語。 ◆小説家になろう様にて、先行公開中◆

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】悪役令嬢はおねぇ執事の溺愛に気付かない

As-me.com
恋愛
完結しました。 自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生したと気付いたセリィナは悪役令嬢の悲惨なエンディングを思い出し、絶望して人間不信に陥った。 そんな中で、家族すらも信じられなくなっていたセリィナが唯一信じられるのは専属執事のライルだけだった。 ゲームには存在しないはずのライルは“おねぇ”だけど優しくて強くて……いつしかセリィナの特別な人になるのだった。 そしてセリィナは、いつしかライルに振り向いて欲しいと想いを募らせるようになるのだが……。 周りから見れば一目瞭然でも、セリィナだけが気付かないのである。 ※こちらは「悪役令嬢とおねぇ執事」のリメイク版になります。基本の話はほとんど同じですが、所々変える予定です。 こちらが完結したら前の作品は消すかもしれませんのでご注意下さい。 ゆっくり亀更新です。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

処理中です...