上 下
5 / 47
第1章

4話 オバちゃんの痛恨

しおりを挟む
 村の入り口から少し歩いたところに、青年の家があった。
 山小屋風のこぢんまりとした家で、木のかぐわしい香りがなんとも言えない安らぎを与えてくれる。
 青年が「簡単な物だけど」と用意してくれた食事は、リコの世界とさほど変わらない物であった。
 紫色したニンジンや干し肉を煮込んだ温かいスープ。トロッと溶けたチーズをのせた固めの黒パン。
 素朴で優しい味のする料理に舌鼓を打ちつつ、青年から簡単な異世界情報を入手した。

 青年の話によると、この大陸は中央にV字の如く連なる険しい山脈によって、大きく二つに分かれているらしい。
 V字の上の部分が、人間の暮らすエスタリカ王国。
 下の部分は鬱蒼とした大森林が広がる――なんとそこが魔族たちの住処、カランデの大森林なのだそうだ。
 ちょうど山脈を挟み、大陸の上が人間、下が魔族とお互いの領域を分けている形である。
 因みに魔族とは、魔獣や亜人、獣人等の総称で、なんでも彼らを束ねる魔族王なる者が存在すると言う。

 ここはヨーク村。エスタリカ王国の最南端、山脈のふもとにある小さな村だ。
 80人程が暮らし、主に林業で生計を立てている。
 華やかな王都や大都市から大分離れたこの辺境の村では、太陽と共に寝起きする昔ながらの生活が今も続く。

 初の異世界人にして、親切なこの青年はダン。
 ガタイが良く、日焼けした健康的な肌。少し硬そうなボサボサな黒髪、笑うと出来る目尻のシワは、彼の人柄の良さを物語っている。
 現在28歳。自ら建てたというこの家で、寂しい独身生活を送っていて、お嫁さん大募集中なのだそうだ。

 説明と共に見せて貰った大まかな地図によると、ケツァルの力が奪われている方向に王都があった。王都であれば、異世界情報の収集に事欠かないであろう。

 次に向かうべきは、エスタリカ王国、王都。

 目的地が決まり意気揚々とするリコたち。しかし、深刻な問題が発覚した。


 ――お金がない。


 お金がなければ、これから食べることも宿に泊まることも出来ないのだ。

 リコは考えた……申し訳ないけれど、ここはダンに同情して貰おうと。存分に哀れんで貰おうと。
 そして涙ながらに語るのであった。
 遙か遠くの大陸から数々の苦難を乗り越え、命からがらヨーク村に辿り着いた無一文の旅人というベタなキャラ設定を……。
 純朴なダンは「世界はなんて広いんだ」とそれを信じ、リコの目論見通り、村の滞在許可を村長に頼んでくれると言う。


 お涙頂戴作戦、大成功である。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

月が導く異世界道中

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:50,111pt お気に入り:53,718

夫の愛人が訪ねてきました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:35,865pt お気に入り:312

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:40,711pt お気に入り:29,874

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:490

10年もあなたに尽くしたのに婚約破棄ですか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:674pt お気に入り:2,850

婚約破棄?私には既に夫がいますが?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:96,285pt お気に入り:698

処理中です...