オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~

鉄 主水

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第8章

2話 オバちゃんの幸せ

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 雲一つない空の下、ヒラヒラと舞い踊る真っ白な布――またの名をおしめ。
 そのおしめをパンパンと景気よく叩き、リコはどこまでも続く青い空を見上げた。

「あーいい天気! 洗濯物がよく乾くってね……」



 夏真っ盛りの異世界。

 超インドア派のリコにとって、本来夏と言えば「お部屋で毎日、エアコン三昧! 皆さん、何かご不満でも?」が口癖であった。
 だが驚いたことに、異世界の夏はカラッとしていて実に清々しいのである。
 屋外に出た途端、ムワーッと全身に纏わりつく、あのいや~な熱気。
 突然、暗くなったと思ったら、バケツをひっくり返したように降るゲリラ豪雨。
 そんなものがまったくないのだ。



「恐るべし……ヒートアイランド現象。地球よ……お前は悲鳴を上げていたのだね」



 リコは、有るはずのない眼鏡をクイッと上げ、学者ぶって呟いた。
 そんな彼女に、後ろから声がかかる。

「リコ、何ブツクサ言ってんだい?」

「あ! メグルさん! おしめ、干し終わりましたよ!」

「そうかい。なら、ちょっとお茶にしようかね」

 メグルは、一旦言葉を止め、眩しそうに空を見上げる。

「そうだ、リコ。今日は天気がいいから外で飲もうか?」

「ほう! それはオツですな!」

 リコの返事に、メグルがニッコリ笑う。

「じゃあ、リコ。支度、手伝っとくれ!」

「ほいほーい。喜んで!」

 リコはパタパタと、メグルの後を追った。



 そう――リコは今、ヨーク村にて異世界ライフを満喫している最中である。
 面倒事――リドルとガーズ――は、気の毒だがカイルに一任。
 ルイに「暫く、自分の力で頑張ってみる。だからリコは、せっかくの異世界を余すことなく楽しんで欲しい」なんて、親もとを巣立つ娘からのような嬉しい言葉を貰った。
 リコはそのお言葉に甘えて、ヨーク村に帰って来たのである。
 リコの帰還に、ダンやティーラ、村の皆は大いに喜び、飲めや歌えの宴会が連日続いた。
 そして、やっと普段の生活を取り戻した今日この頃なのである。



 ブランケットを広げた小さなお茶会が始まると、リコとメグルはホッと一息をつく。
 口に含んだお茶は、香ばしい香りと共にリコの喉を潤した。

「はぁー、幸せだなぁー……」

 リコが目尻を下げ、満足そうに呟く。
 メグルも同じ顔をして後に続く。

「そうじゃのう。こういう何気ないひとときに幸せを実感するのう」

「ええ、本当に……」

「そうじゃ……ところでリコ! もうわしの寿命を縮めてくれるなよ!」

 和やかなムードを一変、メグルがギロッとリコを睨んだ。
 苦笑いを浮かべるリコ。

「あー、アレのことですよねぇ? 本当に申し訳ない! この通りです!」

 リコは深々と頭を下げた。



 実はリコ。
 ヨーク村への帰還の際、前代未聞の騒動を巻き起こしたのである。
 リコは巨大な魔獣二匹と共に、突如村に降り立った。
 しかも、ルカやルイ。フェンリル――改めグラウ、アスワドまで引き連れて。
 そのあり得ない面々を、目にした村人たち。
 当然の如く、村人の半分は腰を抜かし、残る半分は顎を外した。
 因みにメグルは、腰の方である。

「まったく、アレには肝が冷えたわい。しかし……なんじゃな……ふふふっ」

 プリプリ怒っていたと思えば、今度は相好を崩すメグル。
 コロコロと表情を変え、何とも忙しいお婆さんである。

「えーと、メグルさん? どうしたんですか?」

「いや何……目の保養になると思ってさ。ほれ、アレじゃ……」

 メグルが伏し目がちに、畑を指さした。
 その指の先には、畑で黙々と働く長身イケメンズの姿が……。
 ひとりは色黒でヤンチャそうな青年。厚い胸板に逞しい腕。目が覚めるような緑色の長い髪を、無造作に束ねている。
 そしてもうひとり、貴公子のような青年だ。線が細く、その肌は抜けるように白い。肌と同じ真っ白な髪が、太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。

 乙女ゲームで言うところの、熱血純情タイプと儚げなお兄さんタイプである。
 リコも惚れ惚れするイケメンたちだと思う。
 思うが……実はこのイケメンズ……ケツァルとネーヴェなのである。
 流石に本来の姿では村に入れず、かといってオコジョの姿だと、可愛いだけで何の役にも立たない。
 ということで、人間の姿に落ち着いたのだ。
 魔力が無事戻り、姿なんか変幻自在な彼らなのである。
 リコはそんな二人を眺めながら呟く。

「確かに目の保養になるけど……なぜ、イケメン? なんかこう……うーん……」

「なんじゃ。リコは不服なのか? あんなにイカしてるのに……」

 不満そうに首を傾げるメグル。



 ――彼女には、リコの気持ちは分かるまい。



 何だかんだ言って、リコの周りはイケメンと美女のオンパレードなのだ。
 ルカは憂いを帯びた美青年。ルイはボン・キュッ・ボンの美女。
 カイルだってツンデレイケメンであるし、アスワドに至ってはドMでヤンデレ的な一面を持つイケメンなのである。それにティーラ、オルガやミルまでも……。数え上げれば切りがない。
 リコは「はぁー」と深い溜息を吐く。

「私もせめてボン・キュッ・ボンになりたい……」

 リコの切実な悩みに、メグルは目を丸くした。だがやがて、堪えきれずに「ぷうっ」と吹き出す。

「あはははは! まったく、リコときたら! あはははは!」

「あらあら、何やら楽しそうね!」

 そう言いながら顔を覗かせたのは、ティーラであった。

「おお! ティーラ! 丁度いいところに! ちょっと、聞いとくれな!」

 メグルはティーラの腕を掴み、彼女を空いたところに座らせる。

「リコときたらな。ボン・キュッ・ボンになりたいそうじゃ!」

「ボン・キュッ・ボン?」

 ティーラは、不思議そうにリコを見つめた。
 口を尖らすリコ。

「だってさー。私の周りは綺麗どころが多すぎるんだもん! もう嫌になっちゃう!」

「リコったら……そんなことでいじけてるの? この世界を救った英雄のくせに。リコはね、そのままで十分素敵なの!」

「そうじゃ、そうじゃ。ボン・キュッ・ボンのリコなんて想像出来んわい!」

 メグルとティーラは「ねー!」と、腕を組み合い笑った。
 リコが「そんなに笑わなくても……」とぶすくれる。
 そんなリコをさておき、メグルが内緒話をするように、ティーラの耳へと顔を寄せた。

「ところでティーラ。アンタはどっちが好みだい」

「え? 何が?」

 首を傾げるティーラ。
 メグルが顎をしゃくってケツァルたちを示した。
 すると、ティーラは目をパァっと輝かせ、その話題に食いつく。

「そうねぇ……。私は……ネーヴェかな。あの儚げな顔の裏に、もうひとつ別の顔を隠してそうでミステリアスなんだもの! なんだかそそられるわ!」

 ティーラの意見に「ほう!」と驚きの声を上げるメグル。
 リコも心の中で密かに驚いた。
 確かにネーヴェは、腹黒い一面を持つ。
 笑いながら毒を吐く、オタク心を擽るタイプである。

(恐るべし! ティーラの観察眼!)

 リコがそんなことを考えてる間に、桃色女子トークは先へと進む。

「ティーラ、おぬしも好きじゃのう。ふふふっ」

「ふっふっふっ、まーそれほどでもー。ところで……メグルはどっちなの? ケツァル? それともネーヴェ?」

 ティーラがメグルの脇腹を突いた。
 メグルはポッと顔を赤らめる。

「わしは……その……ケツァルじゃな。あの逞しい体と可愛い笑顔のギャップが……なんとも言えん。くぅっ~! 堪らん!」

「それ分かるぅー! あのギャップの威力ってハンパないわよねぇー!」

 キャッキャッと小娘のようにはしゃぐメグルとティーラ。

(おっと……なんだ? これは……俗に言う、女子会なるものか? いや違う。合コンの女子トイレ談合だな。この二人……獲物を狙う目をしてやがる。な、生々しい……)

 リコがちょい引き気味になったところに、慌ただしい足音がやって来た。

「ティーラ! ここにいたのか!」

「もう! めちゃくちゃ探したんだから!」

 ダンとカレンであった。
 ティーラは、彼らが用件を言わなくても、何かに思い当たる。そして、心底嫌そうに目を閉じるとガクッと項垂れた。
 リコとメグルもあることを察して、生暖かい目をティーラに向ける。
 ティーラは項垂れたまま「あのクソ親父、またなのね……もう許さない」とまるで念仏を唱えるように呟くと、スクッと立ち上がりダンとカレンに叫んだ。

「今日はどこの娘さん‼」

 ティーラの鬼のような形相に、ダンたちはしどろもどろに答える。

「えーと……カレンの……母さんだ」

「そうなの……長老と父さんが必死に止めてるけど……」

「そ、そんなところにまで触手を伸ばすなんてー! キィーーーーッ!」

 ティーラは奇声を上げながら、一目散に駆け出す。
 その後をカレンが「ま、待ってー」と慌てて追いかけて行った。



「そうだ! リコさん! 報告! 報告!」



 ひとり残ったダンが、声を弾ませた。

「ん? ダン、どうした?」

「あのさ! この前、ルカとアスワドのおかげで恩人の魔族に会えたんだ! そんで友達になった!」

「恩人って……ダンが子供の頃、怪我を癒やして貰った魔族のこと?」

 ダンはハニカミながら頷く。
 彼は、昔助けてくれた魔族にずーっと会いたがっていた。そして、リコとケツァルみたいに友達になりたいと……。
 その念願が叶った彼は、それは嬉しそうである。
 何だかリコまで嬉しくなった。

「おお! ダン、本当に良かったね。ところでその魔族さんとは?」

「ドリアードだよ!」

「ドリアードって……木の精霊じゃん! 確か、緑色の髪でかなりの美女なんでしょう?」

 新たな魔族の登場に目を輝かせるリコ。
 ダンは「うん」と頷くと、自慢げに胸を張る。

「彼女、スッゴイ博識で字がとってもキレイなんだ!」

「へ? 字?」

「オレたちね。友情を深める為に文通してるんだよ! あっ、ゴメン。リコさん、メグル婆。オレ、ティーラが心配だからもう行くね!」

 ダンは「じゃあね」と手を振り、ティーラたちを追いかけて行く。
 リコは、今時珍しい友情の深め方に、別れの挨拶も忘れ固まった。
 だが、すぐに考え直す。
 ここは異世界。携帯などないのだ。
 ならば、ダンとドリアードは、最もトレンディな友達付き合いをしている。

「……文通ね」

 ボソリと呟くリコ。

「青春じゃ……」

 横に座るメグルがさり気なく相槌を打ち、しみじみと語り出す。

「しかし……この村も随分と賑やかになったもんじゃのう……」

「ええ、本当に……毎日がお祭りみたいですね……」

 後に残されたリコとメグルは、慌ただしく駆けて行くダンたちを、苦笑いしながら見送るのであった。



 それは何気ない一日……いや、幸せな一日の一コマである。
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