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イケナイことをしていたい

イケないことをしていたい 第二話

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 夜の街に繰り出した、あの日から約一か月。
 俺が一緒に出掛けるようになった男は気が付いたら10人を超えていた。
 お小遣いをくれるような男性も少し増えたけれど、大体が男の奢りでお金が出ていかない。
 完全に道を踏み外したと思いつつもチヤホヤされる事が楽しすぎて止められない。
 今の俺は絵に描いた人生舐めてる女子大生そのものだ。
 
「…………最近、あんまり俺の家来なかったな」
 
 瞬ちゃんが俺にそう言ってきた瞬間に内心ぎくりとする。
 そして俺は目を泳がせながら、適当に誤魔化すような事を口走った。
 
「あ……や……ちょっと最近、サークル忙しくて……」
 
 俺の入っているサークルが忙しかったような事は本当に過去存在していない。
 流石にこの嘘は苦しい。
 すると瞬ちゃんはそれ以上深堀りはせず小さく囁いた。
 
「……………そう」
 
 ほんの少しだけ機嫌が良くなさそうな瞬ちゃんに思わず胸が少し痛む。
 実は遊びに行く男の人が増えすぎて、週末の予定が埋まるのがザラになっていた。
 瞬ちゃんには会えても、泊りに行くような時間はとれてなかったのだ。
 今日は何故かビールを空ける速度がいつもよりずっと早くて、何だか少し心配になる。
 すると瞬ちゃんは俺の心配そうな表情をみて小さく囁いた。
 
「怒ってないから。ちょっと仕事で疲れてただけ」
 
 その声色は優しくて本当に怒っていない事を理解する。
 少しだけ安心した瞬間に、瞬ちゃんがいきなりこんなことを言い出した。
 
「………あともしかしてお前に、彼女とかできたのかなー?とか思ったらなんか緊張して」
 
 いや、あんたは親か。
 思わずそんな事を思った瞬間に、初めて瞬ちゃんからそんな話題が出てきた事にドキリとする。
 瞬ちゃんの昔の恋の話とかは正直とても気になってしまう。
 
「ううん、全然。そういえば瞬ちゃんってさ、恋人とかの話しないよね」
 
 瞬ちゃんはほんのりお酒で肌が赤くて何だかほんの少しだけ色っぽい。
 中性的な顔立ちをしているせいか瞬ちゃんは謎の色気を時折振り撒いている。
 そして目を軽く泳がせてからいつもより少しだけ据わった目をしてこう言った。
 
「こんだけバイクバイク騒いでりゃ、女なんか皆どっか行くだろ」
 
 あっ、それは俺にも刺さるお言葉。しかも俺なんて更に上乗せして女装趣味。
 思わず俺にも言葉が刺さった瞬間、瞬ちゃんがこう囁いた。
 
「皆俺のこととか、内面見ないで付き合いたがるから上手くいかない。俺割と雑だから。
でもバイクもあるし、お前も時々こうやって来てくれるし、彼女なんていなくても楽しい」
 
 瞬ちゃんが表情を全く変えないままで、俺にそう言ってから目を閉じる。
 酔っぱらって眠る瞬ちゃんを見ながらほんの少しだけ募る罪悪感。
 こんな風に眠る瞬ちゃんを俺は正直初めて見た。
 俺も本当なら秀人に彼女が居ようと居まいと、俺の人生は満たされてた筈だ。
 だけど今の俺は本当にどうしようもない事をしてる。
 俺の携帯が鳴りメッセージが届いた知らせが来る。携帯を開けばアキラさんからのデートの誘いが来ていた。
 
『ユウキちゃんお疲れ様。土曜日のデートなんだけど、夕方からでもいいかな?』
 
 正直最近アキラさんの様子が前と比べると、何だか本当の女性に対しての扱いに変わってきている。
 必ず毎週俺の時間を押えようとしているのが解る。
 ほんの少しだけ怖いと思う瞬間も増えたけれど、最悪俺は男だからまぁ何とかなる筈だ。
 正直彼だって本当は、女性の方が良いと思ってる男性の一人だ。
 
『お疲れ様です♡大丈夫ですよー♡楽しみに待ってますねー♡』
 
 メッセージの返事を返しながら自分が如何にスレて来ているのかを理解した。
 本当に人生舐めてる女子大生のテンプレートじゃないか。
 男だけど!!
 居眠りをしている瞬ちゃんを横目に何だか申し訳ない気持ちを抱きしめる。
 早くこんな事止めなければいけないのは解ってるけど、やめる切っ掛けも無ければ理由もない。
 そして最終的に何時も誰かに迷惑かけてる訳じゃないと考えない事にするのだ。
 
「瞬ちゃん、風邪ひいちゃうから起きて」
 
 瞬ちゃんの身体を揺さぶれば眠そうな瞬ちゃんが目を擦る。
 俺の肩を使い立ち上がったかと思えば、フラフラした足取りでベッドに向かう。
 そして軽くあくびをしてからベッドに突っ伏した。
  
「掛け布団掛けるからね……」
 
 瞬ちゃんの身体に掛け布団をかけようとすれば、瞬ちゃんが俺をベッドに引き込む。
 そして俺の身体を抱き枕代わりに使いながらすやすや寝息を立て始めた。
 瞬ちゃんは時々こんな風に距離が近い事がある。
 もしかしたら意外に寂しがり屋なのかもしれないなんて、俺は正直感じてる。
 
「ごめんね」
 
 ごめんね瞬ちゃん。いい子じゃなくてごめん。
 眠る瞬ちゃんに囁いてから俺も一緒に目を閉じる。
 この時にパパ活まがいな真似だけは、そろそろやめなきゃいけないと感じていた。
 
***
 
 ピンク色の女のらしいワンピースの胸元は、可愛らしくハート形に空いている。
 今日の髪型はロングヘアの巻髪で、頭に帽子を上手く被ってウィッグであることを隠していた。
 あれだけやめなきゃいけないとは思っても、いざ可愛い恰好をしてしまえば決心が揺らぐ。
 だって今の俺は世界で一番可愛いから仕方ない。
 
「これ滅茶苦茶美味しいー!!!」
 
 アキラさんの連れていってくれるお店での振る舞いを、俺はあっという間に肌で覚えた。
 多分もう俺はどこの誰が見ても女の子でしかない。
 
「………ユウキちゃんが喜んでくれて良かったよ」
 
 そういって微笑むアキラさんは最近、完全に俺に対して恋をしている気がしている。
 ほんの少しだけ嫌な雰囲気がこの日は何故か漂っていた。
 自棄に距離感も近ければ触り方も何かがおかしい。
 正直世の中の水商売の女の子たちはもしかしたら同じ不快感を、常に感じているのかもしれないと思った。
 
「ユウキちゃん、ちょっとこっちきて」
 
 食事の後のお散歩デートの際に何時も歩く道ではない道順。どう考えても今日のアキラさんの様子がおかしい。
 
「………アキラさん、今日は何時もの公園じゃないの……?」
 
 試しにそう尋ねてみてもアキラさんは何も言わない。やっぱり今日のアキラさんは怪しい。
 でも最悪俺だって男だし、暴れさえすればまぁまぁなんとかなる。
 そう思いながら何にも気付いていないふりをし続けていた。
 腕を引かれながら何時もと違う道の方へと進んでゆく。
 その時に俺は何となく、アキラさんの腕を見た。
 洋服の上からでも確認が出来る筋肉の付き具合。
 ………この人もしかしたら、意外と力が強いかもしれない。
 
「あのさ………」
 
 さっきから異様に静かだったアキラさんがいきなり話を始める。
 怪しいネオンが輝くような如何わしい街の通りの先には、大きなラブホテルが立ち並んでいた。
 これ、もしかしたらヤバイ。そう思った瞬間にアキラさんが俺の方を見る。
 そしてアキラさんはこういった。
 
「俺さ、ユウキちゃんだったら抱けると思ったんだ………」
 
 待って。俺は無理。
 思わずアキラさんの腕を振り払おうとすれば、アキラさんが俺の手首を凄い力で握り締める。
 そして俺の身体を引っ張って、無理矢理俺の頭を押え付けた。
 思っているよりもずっとずっと俺は非力で、アキラさんに無理矢理唇に唇を宛がわれる。
 完全な不快感と恐怖感。気持ち悪くて仕方ない。
 思わず顔を叛けて、空いている方の手でアキラさんの顔を押えようとした。
 その時に俺はアキラさんの顔に、爪を引っかけてしまっていた。
 
「っ……!!!いてえなゴラァ!!!」
 
 アキラさんがそう言ったと思えば、俺の顔をいきなり殴りつける。
 俺の身体は吹き飛ばされてアスファルトに叩き付けられた。
 逃げようと思ったところで俺の靴のヒールが邪魔をする。
 性的な恐怖感からいきなり現実的な恐怖感に襲われた。
 
「ざけんなよお前…………!!!」
 
 振り下ろされる拳に覚悟を決めて目を閉じる。けれどその拳は俺の上には振ってこなかった。
 
「………嫌がってんじゃん、この子。あんまり暴れると警察来るぞ」
 
 聞きなれた声色に顔を上げれば見慣れた背格好が視界に入る。
 アキラさんが怯んで走り去ってゆく足音を聞きながら、俺はただただ固まっていた。
 
「……あんた大丈夫か?派手に吹っ飛ばされてるところが見えたから」
 
 そういって俺の顔を覗き込んできた男は、この辺でよく見かける酒屋のウインドブレーカーを着ている。
 確かこの会社で瞬ちゃんは働いている。
 
「………祐希?」
 
 其処にいたのは紛れもない瞬ちゃんだった。
 瞬ちゃんが俺の顔を見るなり固まり、俺も瞬ちゃんを見て固まる。
 
「瞬ちゃん……」
 
 俺たちはこの時、お互いの名前しか言えなかった。
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