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どうしてこうなった……?

どうしてこうなった……? 第二話

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「つまり………俺、ただお前に手出ししたことになるよな……誤解して……」
 
 何時も無表情ではあるけれど、いつもより堅い無表情の瞬ちゃんが嘆く。
 窓の外は既に朝日が差し込んでいて俺と瞬ちゃんの顔を照らしている。
 普段なら寝付きが良いはずの俺と瞬ちゃんが、一切眠れないままで朝日を浴びている。
 正直これは異常事態だ。
 
「い…………いや、まぁ、俺も良いって言っちゃったから………その………」
 
 気まずい。正直今滅茶苦茶に気まずい。
 長年の付き合いがこの気まずさに更に拍車をかけてゆく。
 そもそも俺がパパ活をしていた事が全ての原因になり、今こんなことになってしまっている。
 でも瞬ちゃんは瞬ちゃんで長い付き合いの俺に手出ししたのは事実だ。
 
「………ごめん」
 
 瞬ちゃんが本気で凹んだ状態になりながら床に手を付いて頭を下げる。
 かの有名な不良的に知られていた瞬ちゃんが、女装姿の男に土下座をしているのだ。
 正直、想像を絶するレベルの破壊力。
 申し訳なくなる気持ちも解るしこうなるのも正直仕方がない。
 だけど俺は俺でノリノリだったことは事実なのだ。
 
「い、いや!!謝らないで!!俺が一番悪いから………!!!」
 
 そう言って瞬ちゃんを窘めようと瞬ちゃんの肩に手を伸ばす。
 すると瞬ちゃんがゆっくりと頭を上げて俺の目を覗き込んだ。
 この綺麗な顔をした男に、イカされたと思うとドキドキする。
 すると瞬ちゃんが俺の頭を撫でてから小さくこういった。
 
「………俺さ、お前の事好きだ」
 
 もう此処までくれば正直それは解ってしまった。
 同じ性別の人間相手にあそこ迄躊躇なく手出しが出来るのは、それ以外もうあり得ない。
 いざそう言われてしまえば今までの距離感の近さの事の辻褄も合う。
 
「…………何時から俺が好きだったの?」
 
 俺がそう尋ねてみれば、瞬ちゃんは少しだけ目を伏せた。
 
「覚えてねぇ。それ位ずっと好きだった」
 
 瞬ちゃんに対してずっと憧れていた。
 こんな素敵な男の人になりたいと迄、正直ずっと思っていた。
 そんな憧れの存在が俺の事を好きだなんて、夢を見ているとしか思えない。
 けれど俺は正直瞬ちゃんと此処迄しておいて秀人の事が好きなままだ。
 瞬ちゃんとのことも正直、俺にとってはただのやけくその一部でしかない。
 此処まで真っ直ぐ見つめられているのに、今になってただただ後悔ばかりしている。
 流石に俺だってエッチな事にはそれなりに興味はあったし、瞬ちゃんに色気があるのは前から解っていた事だ。
 完全に全ての空気に呑み込まれて事に及んでしまった俺が悪い。
 
「さっきお前に話したことさ、あれ本気なんだ」
 
 気まずい空気感の中で瞬ちゃんが囁く。そして瞬ちゃんは更に話を続けた。
 
「…………寂しかったら、俺が相手になるから。
あとキスとかも、お前が嫌ならもう絶対しないし。
だからパパ活はもうしないで。お前の事が好きな俺が悲しい……」
 
 そう言って落ち込む瞬ちゃんを見ていたら、流石に良心が咎める。
 こんなに優しい人を寂しさを紛らわすための道具なんかに出来ないし、これ以上傷付けることは出来ない。
 俺は携帯を取り出してナンパで出会った人の連絡先を消してゆく。
 本当にこれで何もかも終わりにして、瞬ちゃんとのことも無かった事にしよう。
 そう決心をしながら俺は瞬ちゃんに笑いかけた。
 
「………大丈夫、今連絡先消したから…………」
 
 そう言った時瞬ちゃんが俺の顔を見つめる。そして少しだけ表情を緩ませた。
 
「良かった」
 
 瞬ちゃんが俺の身体を抱き寄せた瞬間に、さっき迄していた事が頭を過る。
 思わず凍り付いてしまえば瞬ちゃんも全く同じ様に固まった。
 瞬ちゃんが慌てた様に俺の身体を突っぱねて、俺も慌てて瞬ちゃんから離れる。
 そして二人でぎこちないままでお互いに顔を見合わせた。
 
「よ、よし……俺たちもう寝よう……!!!寝る準備しよう!!!」
「う、うん!!!そそそそうだね………!!!」
 
 この日初めて瞬ちゃんは俺を抱き枕にしなかった。
 お互いに反対の方向を向きながら懸命に眠ろうと目を閉じる。
 けれど俺も瞬ちゃんもこの日ばかりは一切眠れないままだった。
 
***
 
 地獄のような土日から月曜日を迎えた。
 何時もの大学のサークルの部室の中で俺はただ虚空を見ている。
 目の周りにクマを作っている俺の顔を覗き込んだ秀人が、俺の隣で心配そうな眼差しを浮かべていた。
 
「………え、祐希顔死んでない………?なんか怪我してるし………どうした?」
 
 どうしたと聞かれても正直答えられない。
 まさか秀人も俺のこの顔の傷はパパ活で付いたとは思わないだろう。
 しかも瞬ちゃんとセックス手前迄したなんて、絶対想像できる訳がない。
 
「……や、まぁ、いろいろ…………」
 
 適当に言葉を濁しながら答えれば、秀人が苦笑いを浮かべる。
 
「まぁ……何にもなかったらそんな傷顔につかねぇよな……」
「うん、そうそう。まぁ色々あるよ……」
 
 そう言って適当な返事を投げかけて秀人の方を見る。すると秀人の首筋に赤い斑点のようなものを見付けた。
 思わず秀人の首筋に手を伸ばせば秀人が不思議そうな表情を浮かべる。
 そして何かを思い出したように顔を真っ赤に染めて、首元を手で隠した。
 この時に俺はその形跡がキスマークだったことに気付いて、思わず凍り付く。
 すると秀人は恥ずかしそうに笑いながら小さく囁いた。
 
「………今の彼女、やきもち焼きだから………こういうの結構されて………」
 
 え?何?あの不幸顔ブスって一丁前にマウントとかするの?ブスだから?はぁ???
 思わず心に沸き上がってきてしまった醜い嫉妬心が一気に放出してゆく。
 それに対して滅茶苦茶喜んでいる秀人にでさえ、正直心の底から腹が立った。
 こんな時何時もだったなら、迷わず女装で街に出て遊び散らかしていた。
 でも今俺は完全にパパ活をやめてしまっているのだ。
 
「そうなんだ………。
てかごめん。俺用事あったの思い出した。先に帰るね。ごめん」
 
 俺はそう言いながら立ち上がり部室から外に出る。
 やり場のない怒りを抑える方法なんて正直俺には見つからない。
 ただただ心から腹立たしい。そう思いながら歩いていた時だった。
 
『…………寂しかったら、俺が相手になるから。
あとキスとかも、お前が嫌ならもう絶対しないし。
だからパパ活はもうしないで。お前の事が好きな俺が悲しい……』
 
 瞬ちゃんの顔が頭に浮かんだのと同時に俺は一気に青ざめた。
 幾らなんでもまた瞬ちゃんとあんなことをするのは、正直どうかと思っている。
 長い付き合いだしこれ以上傷付ける訳にいかないし、瞬ちゃんを弄ぶ形になるのもいけない。
 かといってこれから先に、瞬ちゃんと俺が前の関係性に戻れる保証はないのだ。
 思わず立ち止まって頭の中に良くない事を巡らせて、一人でひたすら悩み続ける。
 そして俺は悩んで悩んで悩み抜いて答えを導きだしたのだ。
 
 日曜日の昼間、インターフォンを鳴らす。
 部屋の主は全く出てくる様子が無いままで、俺はわざと何度も何度もインターフォンを押す。
 するとドタドタと大きな足音がして乱暴にドアが開いた。
 
「……うっせぇな!!誰だよ!!」
 
 ドアの中から瞬ちゃんが睨みを利かせて飛び出してくる。
 そして俺の姿を見るなり完全に言葉を失っていた。
 
「………ごめん、来ちゃった」
 
 この日の俺のコーディネートは、ほんの少しだけスポーティーなパーカーにショートパンツ。
 そしてロングのウイッグをアレンジして軽く三つ編みにしていた。
 無言でドアの中に押し入れば、瞬ちゃんが唖然としたまま俺を見る。
 
「……ごめん瞬ちゃん、遊んで?」
 
 俺はこの時に目を丸くする瞬ちゃんを見ながら、新しい玩具を手にした子供みたいな気持ちになっていた。
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