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晴天の霹靂……?

晴天の霹靂……? 第二話

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 バイクを走らせる瞬ちゃんは何一つ言葉を発してくれない。
 何かを言おうと思っても上手く言葉に出来ないままで、SR400は進んでゆく。
 キラキラ光る夜の街の景色が今日はやけに寂しく見えた。
 そして瞬ちゃんの家の方向とは違う場所に向かっているのが景色で解る。
 何時もの場所に向かってない。
 
「……どこ行くの瞬ちゃん」
 
 俺が問いかけても瞬ちゃんは答えない。
 ただひたすらにバイクを走らせながら何処かに向かって走っているだけだ。
 だんだん景色が見慣れてきてその道が俺の家に向かっている事に気付く。
 何時もだったなら俺を自分の家に連れ帰っている筈なのだ。
 
「瞬ちゃん………!!!」
 
 俺が瞬ちゃんの名前を呼んだ瞬間に、SR400のスピードが上がる。
 そして瞬ちゃんが切なげな声で囁いた。
 
「………ごめん、今日ちょっと頭冷やさせて」
 
 瞬ちゃんのバイクが俺の家の前に停まり、瞬ちゃんの背中が俺がバイクから降りるのを待っている。
 正直降りたくない。降りてしまったらこの傷付いている人を一人にさせてしまう。
 でも傷付けた張本人は何処の誰でもない俺だ。
 静かにバイクから降りて瞬ちゃんの背中を撫でる。
 背中の儘の瞬ちゃんが小さな声でこういった。
 
「ごめんな」
 
 瞬ちゃんは何にも悪くない。一番悪いのは誰でもない俺だ。
 
「瞬ちゃん……」
 
 何か気の利いた言葉を出さなければいけないのに瞬ちゃんに何にも言葉をかけられない。
 すると瞬ちゃんのバイクは静かに走り去ってしまった。
 住宅街の中をバイクが走り去る音が響き、瞬ちゃんのバイクが街に消える。
 それと同時に一気に俺の心に寂しさが襲い掛かってきた。
 色々な後悔が今俺の心の中に存在している。
 どうして俺は瞬ちゃんに何にも言葉をかけられないんだろう。
 なんで自分で自分の言葉の価値を、下げるような不義理な真似をしてきたんだろう。
 本当に今頭を冷やさなきゃいけないのはどこの誰でもないこの俺だ。
 自分の家の自分の部屋に閉じこもり、ウィッグを外してメイクを落とす。
 ネットの下でグチャグチャになってしまった髪も、ボロボロになってしまった落としかけのメイクの顔も情けない。
 自分の格好の悪さに思わず涙が出てきた瞬間、心から瞬ちゃんが好きだと思った。
 好きだと思うことも遅いし愛しいと思うことも今更だ。
 どうしてもっと早くに好きだと気付けなかったのだろう。
 
「………っ、好き………」
 
 部屋の中で一人で嘆いて好きだなんて言ったところで、全く意味なんかないのは解っている。
 それならさっき抱かれた時に、好きだと言ってくれたその時に、好きだと返しておけば良かった。
 何もかもが遅すぎる。俺は心からそう思った。
 
***
 
 泣きはらしてボロボロになった目のままで、講義の最中に俺はひたすら窓の外を眺めている。
 今日の朝の講義は起きれずに遅刻をした。
 何なら今日一日部屋に引きこもりたい位の気持ちだが、流石にそういう訳にもいかない。
 今瞬ちゃんは寝ているのだろうか。変に傷付いたりしてないだろうか。
 ただただ瞬ちゃんの事で頭の中がいっぱいだ。
 こんなに一人の人の事を考えたのは正直初めてかもしれない。
 あんなに好きだ好きだと思っていた秀人の事さえ、此処まで考えてなんていなかった。
 講義が終わりボロボロの状態で食堂に向かう。昼食の時間になったけれど正直食欲は無い。
 自動販売機で紙パックのオレンジジュース一本買い、ストローを突きさす。
 それは昨日の焼肉の食べ過ぎが原因ではなく心の問題だと思う。
 すると俺の肩に突然何かが圧し掛かってきた。
  
「祐希どした?大分小食じゃん」
 
 秀人が俺の肩に頭を乗せて俺の昼食を眺めている。
 この時に俺は正直今、秀人に逢いたくなかったと思った。
 
「………お疲れ」
 
 正直秀人だって悪くない事位解る。
 けれど今はなるべく秀人と話したくない。
 投げやりに返事を返した瞬間、秀人が心配そうな表情を浮かべた。
 
「お前今日顔、滅茶苦茶やばくない?大丈夫?」
「あー、うん、大丈夫……」
 
 そういって秀人に対して少し冷たく当たった瞬間、秀人が妙な表情をになる。
 それからほんの少しだけ不機嫌そうに嘆いた。
 
「あのさぁ、長い間友達なのに、なんで祐希って俺に何にも話してくれないの?」
 
 祐希からの意外な言葉に俺は祐希の方を見る。
 すると祐希は更に言葉を続けた。
 
「こないだだってさ、顔に怪我してきたりしてただろ?キスマークのことだってさ……そんな俺、信頼無いかな」
 
 秀人に対しての好意が秀人に知られたくないばっかりに、確かに俺は堅くなに秘密主義だった。
 俺は今考えてしまえば秀人に対しても不義理だった気がした。
 一つ隠し事を作ってしまえば、幾つも隠さなければいけなくなる。
 俺は秀人とちゃんと友達を今までやれていたのだろうか。
 
「………ごめん。なんかちょっと言いにくくて」
 
 色んなことが言いにくかったし、色んなことを知られたくなかった。
 今だって俺は秀人には全ての話なんて出来ない。
 でもほんの少しだけの話ならもっとちゃん話せば良かったのかもしれない。
 この時に俺は初めて何時も自分は大事な言葉が足りてないと気付いた。
 
「なんだよ言いにくいってさぁ……なんか悪い事しても注意したり話し合ったりするのが友達じゃねぇの?」
 
 秀人という男はそう言えばこんな男だった。
 女の事になれば馬鹿だしアホだし、本当に仕方がないのだけれど、人たらしのいい奴過ぎてどうしたって嫌いになれない。
 友達に対してすごく真面目だしとても優しい奴だ。
 そんなところに長い間恋してた。
 
「本当に言いづらかったんだ、ごめんな……」
 
 俺がそう言って笑って見せれば、秀人がほんの少し安心したような表情を浮かべる。
 そして溜め息を吐いてから微笑んだ。
 
「じゃぁ、ちょっとくらい話してよ俺にも。人に話したら楽になるかもしれないじゃん?」
 
 そう言えば秀人は事あるごとに人に話して、何時も上手に処理をしている。
 常に俺みたいに落ち込み過ぎる事もなくフラットな状態を保ってると思う。
 俺は意を決して口を開いた。
 
「あのさ、実はセフレみたいな人がいるんだけど」
 
 俺がそう言った瞬間に秀人の顔が固まる。
 秀人は固まったままの笑みを浮かべて俺の言葉を返した。
 
「セ、セフレがいる……」
 
 まるでオウムの様になってしまった秀人を見て、相談するのはなかなか困難だったことを理解する。
 今思えば秀人は彼女はコロコロ変わるけれど、セフレだったりそんな中途半端な関係の話はしていない。
 もしかしたら人間関係的には最近の俺の方が不真面目だ。
 けれど秀人は懸命に俺に言葉を投げかけた。
 
「や、大丈夫……続けて……祐希は純な奴だって決めつけてたからさ……話ちゃんと聞く……。
何なら学校サボるから場所変えようぜ……」
「そんな穢れてる訳ではないよ……ホント自棄だっただけで。
あ、いいよ。それだと嬉しいな」
 
 俺がそう言って苦笑いを浮かべ外に出る準備を始める。
 秀人とこうして真剣に話すのは久しぶりだ。
 すると秀人が何かに気が付いた様な顔をした。
 俺の顔をまじまじと眺めてから、ある事を口にする。
 
「てかごめん、少しだけ話変えるんだけどさ、昨日天城先輩に逢ったよ」
 
 知ってる。
 心の中でそう思いながらもそれに対しては敢えて何も言わない。
 すると秀人が笑いながらとある事を口にした。
 
「………天城先輩の彼女って、お前に似てるんだな。綺麗な人だったけど。
今ちょっとびっくりした」
 
 そう言われた時に俺は思わず笑う。
 そして秀人が昨日、俺を思い浮かべなかった訳ではなかった事に少し安心した。
 
「似てねぇよ。
……あの人滅茶苦茶瞬ちゃん大好きなんだ」
 
 俺はそう言いながら微笑んだ。
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