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Ⅴ.

Ⅴ 第三話

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「今日はお招き頂きまして、本当に有難うございます。僕は神崎義人といいます」
 
 
 頭を下げる義人さんの目の前で、外面の笑顔の遊歩が笑う。
 
 
「いえいえ!!こちらこそわざわざお越し頂いて!!一希と一緒に暮らしています、宮内遊歩と申します!!」
 
 
 遊歩が頭を下げながら敬語で話しているのを横目に、今俺の隣にいる人間はどこの人なんだと思っている。
 俺はこんな品のいい遊歩を、今まで見たことが無い。
 俺が「どちら様でしょうか?」と言わんばかりな視線を送っている事に気付いた遊歩が、笑いながらグレアの気配を漂わせる。
 今は遊歩の機嫌を損ねるべきではないと思いながら、遊歩から目を逸らして義人さんの方をみた。
 
 
「すいません、俺が具合悪くしたせいで………」
 
 
 そう言いながら義人さんに頭を下げれば、義人さんが焦った表情を浮かべる。
 
 
「いや!!本当にそれは僕のせいだと思うから………本当にごめんね………。
配慮に欠けていたよ……本当に申し訳ない………」
 
 
 そう言いながら頭を下げる義人さんに、遊歩が優しく微笑みかける。
 しかもあの遊歩が、わざわざ水出し紅茶を作り義人さんの前に出しているではないか。
 
 
「いえ、本当に余り気にしないでください……!!!」
 
 
 だからお前は誰なんだよ!!
 心の中で突っ込みを繰り返しながら気を逸らせば、義人さんがファイルから古びた封筒を取り出す。
 そしてそれを俺の目の前に置いた。
 
 
 俺は思わず息を呑んだ。
 
 
 指先が震えだしたのを感じながら、暫しの沈黙に心を休める。
 義人さんが深く息を吐くと、重々しい口を開いた。
 
 
「この手紙を見たのは、日向が死んでから二日後の事だった。
この手紙の中にはね、君を連れて行くなんて実は一言も書いていなかったんだ……」
 
 
 どういう事かが解らないままで、手紙を受け取り封筒を開ける。
 一枚の紙を拡げれば、とても懐かしい筆跡が視界に入った。
 
 
『一希へ。
この手紙が君の所に渡っているという事は、僕はもう死んでいるんだと思います。
身勝手な選択をして本当にごめんね』
 
 
 最初の手紙の下りから、確かに日向がこの時に俺と心中する予定で手紙を書いてない事を察する。
 すると義人さんが言葉を続けた。
 
 
「君が日向と偶然会って、命令コマンドを使われて心中した事は、この手紙と君の証言で裏付けが取れた。
日向はあの時冷静じゃなかったし、君の姿を見て置いていきたくないと思ってしまったんだと思う。
だからあの時日向が君の事を守るように、抱きしめて死んでいたのは、やっぱり君に生きて欲しいって考え直したからだと思うんだ」
 
 
 義人さんがボロボロ涙を流しながら、声を上ずらせて俯く。
 俺はただひたすらに、目の前にあるものを見つめていた。
 
 
『僕が君を置いていくことは、君を捨てるつもりで、ではないです。
本当は君を離したくない。誰にも渡したくなんてない。君を連れていきたいとさえ思っている位、愛しい。
でも僕は生きている君を見ているのが好きです。
コロコロ色んな顔を俺に見せてくれる、君の事が大好きだったからです』
 
 
 日向は間違いなくあの日、俺を連れて団地の階段を駆け上がりながら、きっと色々な事を考えていた。
 沢山沢山迷って、苦しんで、悩んだことが解る。
 それはあの感極まった眼差しが語っていた。
 
 
「日向の遺体を確認したのは俺でした。だからどういう状態だったかよくわかる。
……これじゃ駄目だって、落ちながら思い直したんだと思うんだ。
日向が君を殺さなくて良かったって、心から思っているよ……」
 
 
 そう言いながら俯いて泣く義人さんに、遊歩も俺もとても気の毒に感じていた。
 日向の遺体の状態を見なければいけないなんて、十代には余りに荷が重すぎる。
 
 
『身勝手で御免なさい。生きてください。幸せになってください。
心から愛しています』
 
 
 其処で終わった手紙を読みながら、あの時の日向がただの十五歳の少年だった事を改めて理解する。
 何よりもこの時にこの手紙を読むことになったのが、遊歩を好きになれとでも背中を押されている気さえした。
 
 
 日向は皆に愛されていたし、今だって皆に愛されている。目の前で泣く義人さんを見ながら確信した。
 あんなに死を求めていた俺が、日向の選んだ選択が間違いだったと感じる。
 けれどあの時の日向はそれに気付けない程に、追い詰められていたのだろう。
 俺の隣で遊歩が、手紙を覗き込みながら頭を掻く。
 遊歩が小さく溜め息を吐いてこう言った。
 
 
「俺、この日向って人の気持ち、ちょっとだけ解っちゃうんですよね……多分解っちゃいけないんだと思いますけど……」
 
 
 遊歩がそう言いながら苦笑いを浮かべ、静かに目を伏せる。義人さんも俺も遊歩の云った意外な言葉に目を丸くした。
 
 
「……そうなんですか?」
「ええ。俺の母親は自殺した父親の後追いかけて死んだんで。
残された俺って、愛されてなかったのかなってそん時やっぱり思いました。……私事でとても恐縮ですが」
 
 
 義人さんの問いかけに対し遊歩がそう云った瞬間に、俺も義人さんも言葉を失う。
 その中で遊歩は余所行きの表情を浮かべて笑っていた。
 
「文字でどんなに愛してるって言われたところで、死なれてたら説得力なんて無いと思うから。
今でも忘れられないんです。姿が見えなくて、探して探してクロゼットの中に入れた父の服の隙間で、首吊ってる母見付けた時。
じゃあ、なんで連れていってくれなかったんだよって、若い時は思いました。愛してるんなら連れて行けって。
大人になってからは、それは違うってわかったんですけどね!!」
 
 
 遊歩が品良く笑い飛ばしながら、ほんの少しだけ寂しそうな眼をする。
 そしてこの時に初めて遊歩に逢った時の事を思い返した。
 俺の姿を探し回る物凄い剣幕の遊歩。もしかしたら遊歩はその事があるから、あの時怖かったのかもしれない。
 遊歩は自分が抱えている壮絶な過去を、何でもないかの様に話す。
 その様を見ながら、やっぱりこの人を一人に出来ないと心から思った。
 
 
***
 
 
 日向の遺書を受け取り、玄関で義人さんに頭を下げる。
 靴を履き終えた義人さんが、俺と遊歩の顔を見ながら晴れ晴れとした表情で笑った。
 
 
「僕、街中で一希君に逢った時に、ちゃんと幸せになってるか心配だったんですよ……。
こんな素敵な人と一緒にいて、本当に良かったです……」
 
 
 普段はこんな素敵な人じゃありませんけどね!と、言いたくなる気持ちを抑える。
 俺は義人さんに微笑んで、静かに頭を下げた。
 
 
「……気が晴れました。有難うございます」
 
 
 そう言って俺と遊歩の家から出ていく義人さんの笑顔を眺めながら、この人もやっと荷物を下ろせたんだろうなと思う。
 俺も義人さんも、とても気持ちが軽くなったようだ。
 ドアが閉まった瞬間に、俺の身体は後ろに引き寄せられる。遊歩の長い腕の中に収まりながら、ただ静かに目を閉じた。
 
 
 この時に遊歩は、俺が何処かに行ってしまいそうで怖いんだろうなと感じる。
 だから俺は遊歩の望むままに、身体を預ける事にした。
 
 
「一希………」
 
 遊歩が俺の名前を耳元で囁くと、ほんの少しだけこそばゆい。
 顔を遊歩の方に向けて見上げれば、お互いの視線が絡まった。
 ゆっくりと近付く遊歩の顔にキスを感じて目を閉じる。
 すると遊歩は甘ったるい声色で囁いた。
 
 
「………やっべぇ、疲れてめっちゃチンコ起ったからめっちゃセックスしてぇ……。
一希ケツ貸して……」
「ふざけんなよテメェ、義人さん帰ったからって素の状態全開にすんじゃねぇよ!」
 
 
 余りにも下品な発言に声を荒げれば、遊歩が何時もの下衆な笑みを浮かべて笑う。
 正直この笑顔を見た時、ほんの少しだけ安心した自分がいた。
 これは俺の知っている、何時もの遊歩だ。
 さっきまでの遊歩は全く知らない人のようだった。
 
 
「えー?一希はヤりたくないのー?」
 
 
 遊歩が茶化すように笑いながら、俺の肩を抱き締める。
 この時に俺は遊歩は他にも、沢山闇を抱えている事を肌で感じていた。
 
 
「……ヤりますけどぉ?」
 
 冗談っぽいキスをしながら、遊歩と寝室へと歩き出す。
 遊歩の闇への触れ方がまだ俺にはよく解らない。
 ただ解っているのは、お互いが気持ちよくなる肌の触れ合い方だけだ。
 
 
Strip脱いで
 
 
 遊歩が出した命令コマンドで服を脱いで見せれば、ニヤニヤと遊歩が笑う。
 これしか遊歩にしてやることが出来ない俺でも、傍に置いてほしい。
 そう思いながら、遊歩の更なる命令コマンドを待った。
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