籠中の鳥と陽の差す国〜訳アリ王子の受難〜

むらくも

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出立

08.案内人

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 港街から王都まではそう遠くはないものの、人が歩くには距離がある。通常ならば馬で移動するか乗合い馬車を捕まえる所だけれど……果たして王族の彼をそんな乗り物に押し込めて良いものか。
 街外れの広場で立ち止まったテネスの視線の先を見ると、空を気にしているように見えた。
 もしやと思ってその視線の先を見つめれば、遠くから空を滑ってくる黒い影が四つほど視界に入る。間もなくその影は鳥の形になり、煙をまとい人の形になって。

 四人のうち二人はグノールトと同じ様な服を着ていたが、後の二人はアルブレア人ではなかった。
 黄みの強い肌の色に、深い赤を基調とした制服を着ているネヴァルストの騎士が一人。そしてもう一人は同じくネヴァルスト人の大柄な初老の男。
 その男が着ているのは魔力のこもった布を大量に使った貴族の服。おまけにジャラジャラと鉱石や金属の飾りが揺れる、宮廷術師の身分を示す飾りが添えられている。
「ヴィーゼル卿……」
「いつかの行商人の」
 ラズリウの声がグラキエ王子のものと被り、思わずお互いに顔を見合わせた。
 
 フェルドール・ルメラ・ヴィーゼル。
 王の側近たる宮廷術師を纏める魔法師長を務める貴族。かつてラズリウが逃げ回った魔法の授業の師だった男だ。
 なので決して、行商人ではないはずなのだけれど。

「お久しゅうございます、ラズリウ殿下。グラキエ殿下におかれましては、すっかり立派な青年になられましたな」
 にこにこと人の良い老人の顔をする男は、何故かグラキエ王子を見知ったような言葉をかけている。思わず一歩前に出るラズリウに気がついたのか、ヴィーゼル卿はすっと貴族の顔に戻って恭しく一礼をした。
「改めまして、アルブレアの御客人にご挨拶申し上げます。宮廷術師のフェルドール・ルメラ・ヴィーゼルにございます」
「宮廷術師……?」
 どうやらグラキエ王子は商人として身分を偽っていたヴィーゼル卿に会っていたらしい。商人だけではなく貴族まで送り込んでいたとは。本当に何でもするのだと己の父親ながら呆れてしまう。 
 ……が、そんな邪推はテネスの言葉に一蹴された。
「グラキエ殿下は一度、謁見の間でヴィーゼル卿の挨拶を受けておられますぞ」
 どうやらお忘れのようですが、と。横目でテネスにじろりと睨まれ、開きかけていたグラキエ王子の口がそっと閉じた。

 そんなやり取りに表情を崩したヴィーゼル卿は、奥に停めていた馬車を呼び寄せる。
「王都までの道程を、こちらの騎士ゼストと共に御案内いたします。あちらの馬車へどうぞ」
 やって来たのはネヴァルスト王室の馬車。しかし紋章を表に掲げていない、非公式なお忍び用のものだ。
 ……ラズリウ達がアルブレアに着いた時、出迎えてくれたのは国章入りの馬車だった。それも来賓を送り届けるための特別な物だったと後で聞いている。
 だというのに、ネヴァルストが寄越したのは略式のもの。国交が無いとはいえ、継承順位の高くない王子の客人とはいえ、あまりにも待遇の差がありすぎる。他国の王族に対して無礼だ。
 不機嫌になったラズリウに気がついたのか、ヴィーゼル卿は少し焦った様な表情を浮かべた。
 
 けれど、そんな空気などものともしない人物が一人。
「綺麗な馬車だな。黒の中に違う色がいくつも見える」
 人の良い婚約者は、何も気にする様子もなく無邪気な表情で馬車を眺めていた。
 振り返ったグラキエ王子の瞳はきらきらとしていて、完全に好奇心のスイッチが入ってしまっている。
「単一の塗料ではなさそうだが、この塗装は何か特殊なものなのか?」
「え、ええ……複数の術式を色の違う塗料で書き分け、何重にも重ねております。その上から透明度の高い保護塗料を重ねて塗り込めており……」
 
 ――そんな事、初めて聞いた。
 
「手が込んでいるな……! ネヴァルストの馬車はどれもそうなのか?」
「いえ、こちらのみでございます。他は乗車される方の魔力を防御術式に変換する方式でして」
 
 ――そんな違い、初めて知った。
 
 どちらにも乗ったことがあるけれど、そんな差にはちっとも気付かなかった。生まれ育った国の事だというのに。
 ……何も知らない己が少し情けない。
「なるほど、これは誰でも乗れる護送用なんだな。窓の硝子に揺らぎがあるのも似た様なものか?」
「よくお気付きに。特殊な魔力の繊維を芯にして作られた強化硝子でございます」
「魔力を繊維に!? やはりネヴァルストの道具は面白いな……!」
 楽しそうに話すグラキエ王子に、ラズリウは何も言えなくなってしまった。それに気付いたのかヴィーゼル卿はほっとした表情を浮かべている。
 完全に興味が振り切れてしまった婚約者は、しばらくそのまま馬車について質問を投げかけ続けた。
 
 
 グラキエ王子の質問攻めが落ち着いたところで、ヴィーゼル卿は少しだけ目を伏せる。
「お恥ずかしながら、最近は賊がよう出るようになりまして。無骨な馬車での御案内となり申し訳ごさいません」
「いや、護衛が居るとはいえ俺だけで身を守るのは難しい。配慮して貰って助かる」
 そうじゃない。
 そもそも王族の護衛に出す人数が少なすぎるのだ。訪ねる側の護衛より人数が少ないだなんて、どういうつもりかと怒ってもいい。賊が出るというのなら、なおのこと。
 なのに婚約者は屈託のない笑顔で礼を口にする。
 優しい人。
 だからこそ、粗末に扱って欲しくないのに。
 もやもやとした気持ちを抱えたまま、話し終えたグラキエ王子に手を引かれて馬車へ乗り込んだ。
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