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事件
10.虫除け
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婚約者のねだるような視線に負けてしまったラズリウは、彼の手を引いて街に繰り出した。
ネヴァルストの王都は王城から四つの大通りが外門まで伸びている。その大通りを境として、城下の街区が分かれる構造なのだ。
南側には大正門と呼ばれる最も大きく豪勢な外門があり、城の正面とを繋ぐ大通りは中央通りと呼ばれている。
王都最盛とも称されている大通りには大店が並び、周りには関連施設がひしめく。更に外側が従業員、そのまた更に外側が住民の居住エリア……と、段々用途が変わっていく。
中央通りから東西の大通りまでが、商業居住区。
東の大通りから北の大通りまでが、昔ながらの貴族が住む貴族区。
西の大通りから北の大通りまでが、新興貴族と呼ばれる資産家や騎士の住む上流街区。
これらの街区の周りを囲うように兵士の詰所や防衛施設が固めており、その外側に住まいのない人々が身を寄せるスラムがある。
主な興味は店舗にあるだろうと踏んで、中央通り沿いを主に案内することにした。
通りに沿って並ぶ店を見て回ったり、中央通りの中程にある広場での催し物や大道芸に拍手をしたり。ひとつひとつに盛大な反応をするので、大通りの中程までで刻二つ分ほどが軽く溶けて消えている。
「グラン、こっち」
そろそろ休憩せねばとグラン――町人になりきるグラキエ王子の手を引いて、大通りの一本東側にある中通りの市場へ足を向けた。固定の店舗を持てない零細商人達の、小さな城ともいえる露店がひしめく場所だ。
大店の様な安定感はないけれど、小回りのきく彼らの並べる商品はいつも個性にあふれたものばかり。軽食も堅苦しくない店が多いこちら側の方がとりやすい。
「おや、兄ちゃん達は番かい?」
揃いの首輪が目に留まったのか、細々とした装飾品を並べた露店の店主が声をかけてきた。グラキエ王子が頷いて応えると「やっぱりなぁ」と豪快な笑い声が返ってくる。
「首輪も良いが、ペアカフもどうだい。上流階級の奴らも夢中になってる流行品だよ」
指輪の類いかと思えば違ったらしい。渡された小さな銀色の装飾品を不思議そうに見つめるグラキエ王子に、店主は指で作った輪を耳に持っていく仕草をした。
なるほどと頷いた婚約者が渡された装飾品を耳に引っかける。きらりと銀色の金属が耳に光っていて、ラズリウは物珍しさにまじまじと見つめてしまった。
彼は基本的に装飾品の類いなど着けないのに。一体どういった心境の変化なのだろう。
じっと見つめすぎたかもしれない。不意に視線がラズリウに向いて、どきりと心臓が跳ねた。
グラキエ王子の手が伸びてきて、そっとラズリウの耳に触れる。耳殻に触れる金属の感触は先ほど渡されていたイヤカフだろうか。
「ん……」
あまりにも優しく触れる手がもどかしい。いつもならこうして触れた後は、そっと口付けて食んでくるのに――
「ら、らずり……んんっ。ラズ、その、か、顔……」
どこか焦ったような声が耳に流れてきて、はたと我に返る。頬を赤くして困惑するグラキエ王子の後ろに、にやにやとした顔の商人が視界に入って。
顔どころか全身の温度が一気に上がっていった。
「いやぁ、急に甘ったるい雰囲気になって戸惑った戸惑った! 若いねぇ!」
豪快に笑う商人の声に、ラズリウはますます地面を睨むしかなくなっていった。
グラキエ王子はイヤカフを着けてくれていただけだったのに。迂闊にも二人っきりで触れあう時と混同してしまった。婚約者に触れられるのが心地よくて、先を期待するどころか危うく求めるところだった。
こんな……往来のど真ん中で。
思い返すほどに羞恥心で悶絶しそうになる。穴があったら入りたい。
「ええと、もう少し華奢なデザインのものはあるだろうか。慣れないせいか少し重くて」
「ああ、それなら透かし彫りのものがいくつか」
ラズリウそっちのけで進んでいく会話についていく気にもなれず、何度か耳についた金属をされるがままに取り替えて。
気付けばグラキエ王子と揃いのペアカフが耳に光っていた。
「まいどあり!」
「ありがとう。しかし、変わったものが流行っているんだな」
耳飾りは両方につけるものだと思っていた、と。そんな事を呟きながら、グラキエ王子は少し不思議そうに耳の金属に触れる。
「お貴族様ともなると、自分と相手だけの揃いの品が欲しくなるんだと。番が沢山いるコロニーの飼う側は両耳になんか着けてられねぇからな」
流石に何個も着けると重いんだと笑う商人に、船の中の講義を思い出したらしい。
「……な、なるほど……多妻制だったなそういえば」
「ん? アンタ外国の人かい。なら番の嬢ちゃんには気をつけてやんなよ。人攫いには番の有無なんて関係ないからね」
急に商人の視線が自分に向いて、ラズリウは小さく飛び上がる。先ほどの失態で気がそぞろだったせいで、女性と間違われていると認識したのは話がしばらく進んでからだった。
次の客が来たところで装飾品の店から離れ、本来の目的だった店へと足を向ける。
「……訂正しなくてよかったのか?」
ぽそりと囁かれる声に、ラズリウは機嫌よく頷いた。
今更誤解されても何とも思わない。むしろそんな見た目だからこそ、グラキエ王子の婚約者候補に紛れ込むことが出来たのだから。
それに。
「いいんだ。好都合だし」
「それはどういう?」
答えの代わりに思い切り腕に抱きつくと、グラキエ王子をちらちらと見ていた街娘の視線が残念そうなものに変わっていった。
銀の髪と金の目はとても目立つ。肌も、色粉をはたいた後ですらネヴァルスト人の一般的な肌の色よりかなり白い。
変わった特徴は人の目を惹きつけるし、彼の柔らかな雰囲気を好む少女だっているだろう。
しかし基本的に、コロニーを作るのは強い存在である。武力然り、権力然り、他者から番を守る経済力を有する存在が作るものだ。
申し訳ないがグラキエ王子はその手合いに一目では見えない。第三王子という肩書きはあるけれど、目に見えないものは本人が振りかざさない限り無いのと同じだ。
だから彼女らと同じ性別に見えているなら、相手のいる男へわざわざ手を出してくる人間はほぼ居なくなる。コロニーは許されても略奪は許されないから。
まさかここで己の容姿が婚約者の虫除けに役立つとは。
何が影響するかわからないものだと思いつつ、ラズリウはご満悦で番の腕に頬を擦り寄せた。
ネヴァルストの王都は王城から四つの大通りが外門まで伸びている。その大通りを境として、城下の街区が分かれる構造なのだ。
南側には大正門と呼ばれる最も大きく豪勢な外門があり、城の正面とを繋ぐ大通りは中央通りと呼ばれている。
王都最盛とも称されている大通りには大店が並び、周りには関連施設がひしめく。更に外側が従業員、そのまた更に外側が住民の居住エリア……と、段々用途が変わっていく。
中央通りから東西の大通りまでが、商業居住区。
東の大通りから北の大通りまでが、昔ながらの貴族が住む貴族区。
西の大通りから北の大通りまでが、新興貴族と呼ばれる資産家や騎士の住む上流街区。
これらの街区の周りを囲うように兵士の詰所や防衛施設が固めており、その外側に住まいのない人々が身を寄せるスラムがある。
主な興味は店舗にあるだろうと踏んで、中央通り沿いを主に案内することにした。
通りに沿って並ぶ店を見て回ったり、中央通りの中程にある広場での催し物や大道芸に拍手をしたり。ひとつひとつに盛大な反応をするので、大通りの中程までで刻二つ分ほどが軽く溶けて消えている。
「グラン、こっち」
そろそろ休憩せねばとグラン――町人になりきるグラキエ王子の手を引いて、大通りの一本東側にある中通りの市場へ足を向けた。固定の店舗を持てない零細商人達の、小さな城ともいえる露店がひしめく場所だ。
大店の様な安定感はないけれど、小回りのきく彼らの並べる商品はいつも個性にあふれたものばかり。軽食も堅苦しくない店が多いこちら側の方がとりやすい。
「おや、兄ちゃん達は番かい?」
揃いの首輪が目に留まったのか、細々とした装飾品を並べた露店の店主が声をかけてきた。グラキエ王子が頷いて応えると「やっぱりなぁ」と豪快な笑い声が返ってくる。
「首輪も良いが、ペアカフもどうだい。上流階級の奴らも夢中になってる流行品だよ」
指輪の類いかと思えば違ったらしい。渡された小さな銀色の装飾品を不思議そうに見つめるグラキエ王子に、店主は指で作った輪を耳に持っていく仕草をした。
なるほどと頷いた婚約者が渡された装飾品を耳に引っかける。きらりと銀色の金属が耳に光っていて、ラズリウは物珍しさにまじまじと見つめてしまった。
彼は基本的に装飾品の類いなど着けないのに。一体どういった心境の変化なのだろう。
じっと見つめすぎたかもしれない。不意に視線がラズリウに向いて、どきりと心臓が跳ねた。
グラキエ王子の手が伸びてきて、そっとラズリウの耳に触れる。耳殻に触れる金属の感触は先ほど渡されていたイヤカフだろうか。
「ん……」
あまりにも優しく触れる手がもどかしい。いつもならこうして触れた後は、そっと口付けて食んでくるのに――
「ら、らずり……んんっ。ラズ、その、か、顔……」
どこか焦ったような声が耳に流れてきて、はたと我に返る。頬を赤くして困惑するグラキエ王子の後ろに、にやにやとした顔の商人が視界に入って。
顔どころか全身の温度が一気に上がっていった。
「いやぁ、急に甘ったるい雰囲気になって戸惑った戸惑った! 若いねぇ!」
豪快に笑う商人の声に、ラズリウはますます地面を睨むしかなくなっていった。
グラキエ王子はイヤカフを着けてくれていただけだったのに。迂闊にも二人っきりで触れあう時と混同してしまった。婚約者に触れられるのが心地よくて、先を期待するどころか危うく求めるところだった。
こんな……往来のど真ん中で。
思い返すほどに羞恥心で悶絶しそうになる。穴があったら入りたい。
「ええと、もう少し華奢なデザインのものはあるだろうか。慣れないせいか少し重くて」
「ああ、それなら透かし彫りのものがいくつか」
ラズリウそっちのけで進んでいく会話についていく気にもなれず、何度か耳についた金属をされるがままに取り替えて。
気付けばグラキエ王子と揃いのペアカフが耳に光っていた。
「まいどあり!」
「ありがとう。しかし、変わったものが流行っているんだな」
耳飾りは両方につけるものだと思っていた、と。そんな事を呟きながら、グラキエ王子は少し不思議そうに耳の金属に触れる。
「お貴族様ともなると、自分と相手だけの揃いの品が欲しくなるんだと。番が沢山いるコロニーの飼う側は両耳になんか着けてられねぇからな」
流石に何個も着けると重いんだと笑う商人に、船の中の講義を思い出したらしい。
「……な、なるほど……多妻制だったなそういえば」
「ん? アンタ外国の人かい。なら番の嬢ちゃんには気をつけてやんなよ。人攫いには番の有無なんて関係ないからね」
急に商人の視線が自分に向いて、ラズリウは小さく飛び上がる。先ほどの失態で気がそぞろだったせいで、女性と間違われていると認識したのは話がしばらく進んでからだった。
次の客が来たところで装飾品の店から離れ、本来の目的だった店へと足を向ける。
「……訂正しなくてよかったのか?」
ぽそりと囁かれる声に、ラズリウは機嫌よく頷いた。
今更誤解されても何とも思わない。むしろそんな見た目だからこそ、グラキエ王子の婚約者候補に紛れ込むことが出来たのだから。
それに。
「いいんだ。好都合だし」
「それはどういう?」
答えの代わりに思い切り腕に抱きつくと、グラキエ王子をちらちらと見ていた街娘の視線が残念そうなものに変わっていった。
銀の髪と金の目はとても目立つ。肌も、色粉をはたいた後ですらネヴァルスト人の一般的な肌の色よりかなり白い。
変わった特徴は人の目を惹きつけるし、彼の柔らかな雰囲気を好む少女だっているだろう。
しかし基本的に、コロニーを作るのは強い存在である。武力然り、権力然り、他者から番を守る経済力を有する存在が作るものだ。
申し訳ないがグラキエ王子はその手合いに一目では見えない。第三王子という肩書きはあるけれど、目に見えないものは本人が振りかざさない限り無いのと同じだ。
だから彼女らと同じ性別に見えているなら、相手のいる男へわざわざ手を出してくる人間はほぼ居なくなる。コロニーは許されても略奪は許されないから。
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