籠中の鳥と陽の差す国〜訳アリ王子の受難〜

むらくも

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事件

11.消失

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 レストラン、食堂、カフェ、屋台――中通りには様々な暖簾が並んでいる。
 興味津々な様子で隣を歩く婚約者を微笑ましく思いながら、ラズリウは勝手を知る店の暖簾をくぐった。
 石材が主に使われるネヴァルストの王都において、木を基調とした内装が少し珍しい店。まるで森の隠れ家のようにも思える。この雰囲気を好んでいた第四王子に度々連れてきてもらった店だ。
 ……もう、店の人々に己の事は分からないだろうけれど。
 
 少し寂しくなりながらメニューに目を通していると、グラキエ王子が早々にメニューを机に置いた。
「君のおすすめはあるだろうか」
 どうやら選ぶことを放棄したらしい。
 そういえば、彼はいつもお任せで料理が出てくる場所で食事をとっている人だった。日替わりがある店にすれば良かっただろうか。
「ええと、ここは冷たいデザートが美味しいよ。おすすめは……」
 凍らせたフルーツの盛り合わせに、果汁を凍らせて削ったシャーベット、シャーベットとアイスを組み合わせたアイスプレート。
 この辺りが昔よく食べていたものだろうか。けれど、どれもアルブレアで見たことのあるものだ。
「グランに食べてみて欲しいのは、これかな」
「じゃあ、それにしよう」
 君の好物が食べられて嬉しい、と。
 屈託なく微笑みながら言う婚約者に、不覚にもまた頬が熱くなってしまった。

 目をキラキラとさせているグラキエ王子の前には、薄く削られた氷の山が置かれている。
 店員がその場でミツをかけると、透明な氷がじわりと薄い黄色に染まる。その上にアイス、シャーベット、フルーツが盛られていき、フローズンプレートが出来上がった。
「味もつけずに氷を削る発想はなかったな……雪みたいだ」
 まじまじと見つめるのは、やはり透明な氷の部分。
 元々、アルブレアは氷菓子の種類が多くない。雪と氷がありふれたあの国で、わざわざ冷たい氷を食べる必要はないのだ。ましてや味のない氷をわざわざ食べようなんて思う事もないだろう。
 しかし、気温の高いネヴァルストでは話が違ってくる。
「ん。美味い。喉がすっとする」
 ぱくぱくとスプーンが進む姿を眺めながら、間に合って良かったと胸を撫で下ろした。
 
 王都は比較的マシだとはいえ暑さはじわじわと体を蝕む。テネスが用意してくれた服は冷精布れいせいふという特殊な布を使っているから、比較的涼しく過ごせているけれど。
 北の端から来た婚約者は暑さに慣れていないのだ。アルブレアで過ごすように興味のまま動きっぱなしにさせる訳にはいかない。
 思った以上に街への食いつきが良すぎて、暑さに倒れやしないかと少しハラハラしてしまった。
「……ラズ?」
「やっぱり熱がこもってるね。少しここで休もう」 
 指先で触れたグラキエ王子の首筋は、寝室で触れ合う時よりもはるかに温度が高くなっている。元気そうにしているけれど、恐らく気分が高揚して不調が後回しにされているだけだ。
 
「いや、元気だぞ?」
「ダメ。地元の人間の言う事をちゃんと聞いて」
 じとりと睨むと、目の前の顔は口をへの字にして視線を返してくる。それでも今回ばかりは譲らない。暑さで倒れるということは、命に直結することだから。 
 グラキエ王子が戻ってこないかもしれないなんて、あんな恐怖はもう味わいたくない。
「君は、僕が守るから」
 悪意からはもちろん、暑さからも。
 だからどうか、置いていかないで。
 祈るような気持ちで婚約者を見つめていると、優しい手がそっと目尻に触れた。


 入った店でしばらく体を冷やした後、中通りの周囲を少し散策する事にした。
 露店を冷やかしては話を聞き、時々体を冷やす食べ物を口に入れる。始終グラキエ王子の瞳はずっとキラキラ輝いていて、楽しそうに歩いて回る姿にラズリウもつられて楽しくなってくる。
 けれど、この場所は警備の厳しい中心街と住民の生活圏の狭間。幾多のものが行き交う裏路地もすぐそこにある。
 一緒に楽しんでは、いけなかったのに。 
「グラン、あっちのお店に星図が…………グラン?」
  
 振り返った先に婚約者の姿はなかった。
 
 一つ前の店に戻る。
 居ない。

 もうひとつ前の店に戻る。
 いない。

 周囲の店を覗いて回る。
 ……いない。

 
 いない、いない、いない。

 
 
 番が、いない。
 


「……ぐらん……?」
 アルブレアでも、時々彼はふらりとどこかへ行ってしまう。
 けれどそれは研究所でラズリウが勉強をしている時だ。邪魔をしないように気を遣って買い出しに行ったり、図書館へ文献を探しに行ったり。
 ラズリウと歩いている時は、そんな事しないのに。
 呼吸が浅い。かたかたと手が震えて止まらない。どうにか駆け上ってくる悲鳴を喉の奥に押し込んで、周囲を見渡す。
 グラキエ王子の姿が消えた事に気付いたのだろう、少し離れた場所でテネスとアスルヤが顔を青くして二手に分かれた。人気のない場所へアスルヤが入った瞬間、フクロウが飛び立って空で旋回を始める。
 距離を置いて警備してくれていた事が仇になってしまった。ラズリウが居るならと、己を信頼して離れてくれていたのに。

 中通りを歩き回っても彼の姿は見つからない。
 あんなに目立つ色なのに。銀髪の人間なんて、ネヴァルストには限られた地域にしか居ないのに。
「ラズ! おいちょっと待て! 落ち着け馬鹿!」
 スルトフェンの声が耳に届くけれど、鼓膜をかすめて右から左へと抜けていった。ただただ消えてしまったグラキエ王子の香りを求め、落ち着きのない犬の様にあちこちを歩き回る。
「ぐらん、ぐらんっ……ぐらきえ、どこ……っ!」
 
 目を離してしまった。
 守ると言ったのに。
 繋いでいた手を放してしまった。
 
 泣きそうになりながら足を早めて路地に入ると、爪先がかつんと固いものを蹴る。 
 きらきらと光を反射しながら転がっていく何か。ざわざわとした気持ちでその行方を追うと、幾何学模様の透かし彫りが入ったイヤカフが石畳の上に転がっている。
「これ……」
 よくよく見ると、己の耳に着いている物と同じデザインのものだ。
 店主にひやかされながら買ったばかりの装飾品。グラキエ王子が選んで、二人で着けた一対の証。
 それが、どうして……こんなところに。

『気をつけてやんなよ。人攫いには番の有無なんて関係ないからね』

 ど、と。
 商人の言葉を思い出して、血の気が潮のように引いた。ざわざわとした胸騒ぎが不安へ姿を変え、津波のように雪崩れ込んでラズリウの中を埋め尽くしていく。
「ぐ、らきえ……ぐらきえ、ぐらきえ、ぐらきえ――っっ!!」
 首に揺れる飾りがじわりと熱くなったような気がして。
 思考など何もまとまらない。アテがある訳でもない。ただただ何かに追い立てられるように、ラズリウの足は全速力で駆け出していた。
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