籠中の鳥と陽の差す国〜訳アリ王子の受難〜

むらくも

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事件

12.囚われ

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 目を覚ますと見知らぬ建物の中だった。
 建物といっても、何かの店舗でも住宅でもない。木箱が積まれた殺風景な室内。倉庫か何かだろうか。
 立ち上がるために手をつこうとして、後ろ手に縛られている現状にようやく気がつく。
「……これは……やってしまったな……」
 何が起こったのか察したグラキエは深くため息をついた。

 最後に記憶があるのは、中通りというエリアでラズリウ王子と店を見て回っていた時間だ。
 突如発生した人波に巻き込まれ、逆らっていたつもりが流れに乗って移動してしまっていたんだろう。気付けば近くに居たはずのラズリウ王子の姿はなく、少し離れた場所で見守るように立っていたテネス達も見当たらなかった。
「おや、君はこの辺の人間じゃないね。はぐれてしまったのかい?」
 見計らったかのように話しかけてきたのは一人の男。
 怪しい雰囲気なんてさせていなかったから、急に声をかけられても気にしていなかったけれど。今思えば、怪しい人間がわざわざ怪しい雰囲気なんてさせるはずもない。
「どうやらそうらしい。人の波に流されてしまったみたいで」
「まぁ、荷物の搬入時刻にはよくある事だよ。この辺りは迷いやすいから送ってあげよう」
 親切なことに、この状況に考えうる要因を教えてくれる。そういえばラズリウ王子も搬入時刻の事を言っていたなと思いつつ耳を傾けた。
 ……テネスの忠告はあまりに現実味がなくて、話半分で聞き流していたから。
「すまない、助か――」
 口酸っぱく言われた意味をようやく理解したのは、鳩尾に男の拳がめり込んだ時だった。

 ――人攫い。

 テネスだけではなく、現地の商人からも聞いた言葉。
 つまりはそういう事だ。
 スルトフェン曰く「珍獣」のグラキエは、人攫いというとんでもない猟師に目をつけられてしまったんだろう。
 警戒心が足りなかった。疑う余地もなく親切な人間だと判断して、野生動物に鼻で笑われるレベルの間抜けぶりで罠にかかってしまった。
 早く抜け出してラズリウ王子の元に帰らなければ。また彼に心配をかけてしまう。
 至極冷静な頭で目的を設定したグラキエは、記憶を辿ってこの状況の打開策を探し始めた。

 
 手っ取り早いのは変化の魔法だ。
 魔法を使うのは苦手だけれど、城から脱走するのに駆使したこの術だけはまだ使い物になる。ネズミにでも変じれば隙間を通って逃げられるはず――なのだが。
「……だめだ。魔法が使えない」
 どう頑張っても魔力が集まらない。
 可能性としては妨害の術式か装置の類いが何処かに置かれているのだろう。そんなもの、普通はお目にかかる事すら珍しいけれど。
 魔法使いを拐かす事もあるのだろうか。だとしたらかなり厄介な相手かもしれない。
 そんな人間が戻ってくる前に、他の手を考えなければ。そう気を取り直して思考を回し始めた。

 ……。

 …………。
  
 ……が、何の方策も浮かばない。
  
 グラキエは、興味のない事は記憶に残らない性質である。
 さすがに繰り返し学習すれば覚えるけれど。城下町は全員顔見知りと言っていいレベルのアルブレアで、人攫いに会った時の脱出方法なんて何度も学ばない。
 王太子であり騎士団の総大将となるべく研鑽を積んでいた長兄ならばまだしも、剣を習得するだけで離脱した己に応用編はレベルが高すぎるのだ。
 一秒でも早くラズリウ王子を安心させたいのに。こうなると過去の己を呪わずにはいられない。
「お、目を覚ましたかな」
 現れたのはグラキエの腹に拳を一発ねじ込んだ男。この場にいるという事は、よく考えなくても人攫いに一枚噛んでいる人間だろう。

「つくづく珍しい外見だねぇ。一体どこの国の子だい?」
「……」
 口角を釣り上げながら話しかける男に、グラキエは沈黙で答えた。
 外見だけでも爛々と好奇心に満ちた目を向けられている。アルブレアの名前は出さない方が良いと、本能がスルトフェンの忠告に全力で同意していた。
 沈黙が積もり始めて、しばらく。ふっと人攫いの男が笑う。
「だんまりか。まあいい、とりあえず検査しようかな」
 黒い目を細めた男の手が、困惑するグラキエの服にかかって。

「!?」

 あっという間に前の合わせが開き、中に着込んでいた肌着が鳩尾の辺りまで捲り上がっていく。
 予想外の展開すぎて声すら出なかった。呆然と空気に触れた己の肌を見つめ、ぱちぱちと目を瞬かせるのがやっとで。
「っ……!? な、なにをする!」
 自分でも番でもない手の体温が腹に触れてようやく、喉からはっきりと声が出た。
「身体検査だよ。傷や病気は商品価値に直結するからねぇ」
 理解不能な状況に慌てだしたグラキエを見て、男の目が明らかにニタリと笑う。まるで獲物を弄んで追い込む猛獣の様な視線だ。
 そうしている間にも男の手は服の留め具を外し終え、肘まで上着を一気に下げられてしまった。
「うわあぁぁぁ脱がすな! このっ、やめろ!!」
「なんだこれ、肌真っ白。しかもなにこの歯形」
 下着も首まで上がってきて、上半身が完全に空気に晒される。
 肌にはラズリウ王子とつけあった噛み跡がまだ薄っすら浮かんでいた。大切な番の残した跡が。
 
 二人だけしか、見るはずではなかったもの。
 だというのに第三者、よりにもよって人攫いの目に触れている。しかもその跡を確かめる様になぞられて酷く不快な気分だ。

「触るな! 離せ!!」
「うーむ。ちょっとデカイけど珍しい毛色だし、愛玩向け、かなぁ?」
「人を動物みたいに!」
 ジタバタと暴れるけれど、効果がある様子はない。
 武術の研鑽をサボるんじゃなかった。
 かつて騎士を目指していたという婚約者は、勘を取り戻したいと時折騎士団の訓練に参加している。魔法の修行も、研究者になるための研究も精力的に続けながら、だ。
 だというのに……己は。
 何もかも中途半端で使い物にならない。散々されていた忠告も、警戒心の無さで台無しにしてしまった。
 ラズリウ王子の番として、あまりにも情けない。
 グラキエはぎりりと唇を噛んだ。

  ベタベタと人の脇腹を撫でていた手が体の中心を滑って上がってくる。平たい右胸を撫で回したと思えば、突起の先端をつまんでグリグリと押しつぶすように動く。
 これには流石のグラキエも背中を冷たい汗が流れていった。
「っっ……! ちょっ、やめっ……!」
「んー、触り心地は悪くないけどなぁ。やっぱ感度がなー。色気も足りないんだよなぁ。売るなら竿かなぁ。もうちょっと筋肉欲しいけど」
 ブツブツと独り言を呟きながら、男の手がグラキエの肌の上を自由気ままに動く。
 人攫いといえば労働にこき使われるのだと思っていたけれど、これはどうにも様相が違う。人の弱いところを刺激する様に動く手つきは、まるで。 
「やめろ! さっきから意味不明な事ばかり何なんだ!」
 
 意図の読めない相手を刺激するのは得策ではない。
 
 そう分かってはいる。
 理解はしているけれど。
 さっきから触れられる不快感が雪だるまの様に増して、いよいよ我慢が出来なくなってきてしまった。
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