籠中の鳥と陽の差す国〜訳アリ王子の受難〜

むらくも

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事件

13.尊き人

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 どうにか不快な手を振り払おうと、肌に触れてくる男と攻防を繰り広げる。 
 するとジタバタと暴れるグラキエの足が男の顔面を蹴り飛ばした。とんだまぐれだが相手もさすがに怯み、手が離れた隙に身を起こして距離をとる。
 しかし。
 表情が消えた男の黒い目に睨まれ、反射的に息を潜めた。まるで蛇に睨まれた蛙の様に身が固まる。
「じっとしてろ。大きさ測るから」
 低い声と共に伸びてきた手がグラキエを無慈悲に地面へ引きずり倒した。下衣を留めていたベルトを掴み、力任せに引っ張ってくる。
「は、測るって何ぉわぁあぁぁぁふざけるなぁぁぁぁ!!」
 簡単に留めるだけのベルトはあっという間に外れ、腰周りの布が緩んだ。
 
 いくら警戒心のないグラキエといえども、この先の展開が簡単に予想できる。冷や汗が全身から湧いて出た。 
 慌てて身を捻り、下衣を下げようとする手から何とか逃げて回る。
「このっ……暴れるな! 大きさ測るだけなんだから大人しくしろ!」
 冗談じゃない。
 ラズリウ王子の身体深くに触れる場所なのだ。赤の他人、それも人攫いなんかにベタベタと触れられてたまるものか。
 ――こうなったら何でもいい。鼻を蹴り折ってでも逃げてやる。
 そう気合いを入れ直したグラキエだったけれど、単純な動きは相手に見破られてしまったらしい。両足を掴んで開かされ、海老固めのような姿勢で床に追いやられてしまった。
「し、しまっ……」
「ったく、手を焼かせてくれたな。売っ払う時は全力で開発してや――」

 人攫いの嗤い声を遮る様に、入り口のドアが爆発で吹き飛んだ。

 床に転がる無惨な姿のドアを見つめるグラキエをよそに、人攫いの男は腰から剣を抜き放つ。そこでようやく武器の存在を認識してひゅっと息が詰まった。
 危なかった。
 もしも逃げていたら、証拠隠滅に後ろから袈裟斬りされていてもおかしくない。今も別の意味で危なかったけれど、この場には命の危険も同居していたのだ。
「誰だ!」
 威嚇する様な低い声。殺気を含んだ戦士の声。
 あまりにもひりひりとした空気に、グラキエの全身で鳥肌が立った。

 ドアの向こうから聞こえてきた足音が近付き、すっと人の姿になって部屋に入ってくる。
 白くゆらめく衣。陽の色を溶かした様な肌。濡れ羽色の髪には翡翠色の毛束が左右に一筋ずつ。静かにグラキエ達を見据えた琥珀色の瞳が、こぼれ落ちそうな程に大きく見開かれた。
「ら、らず……」
 入ってきたのはラズリウ王子だった。いつもの穏やかな空気は掻き消えて、目の前の男と似た殺気のような気配を漂わせている。
 ――早く会いたかった人。けれど、今一番会いたくなかった人。
 あまりにも情けない体制を晒している己が恥ずかしくて、その顔を見ていられなかった。
 
「貴、様……ッ! 僕の番に何をしている……!!」
 怒りを含んだ声が聞こえる。体制が体制だ、もしかしたら嫌な勘違いをされてしまったかもしれない。
 けれど拘束されているのが分かれば誤解を解けるはず。…………きっと。
 一人思考をあらぬ方向へ飛ばしていたグラキエは、目の前の男が浮かべた表情に気が付かなかった。
「……番? へぇ……これが?」
 ひやりとした声と共に、指先がするすると腹から上に移動してくる。
 
 ちょっと待て、剣を抜いていたはずじゃないのか。片手に刃物を持って何をしているのか。上がってきた手が喉元を掴むような形に変わって、心臓が嫌な走り方を始めた。
 頭の中に浮かぶのは、猟師に捌かれる直前の猪である。
「こんな軟弱な木偶の坊が番? これはまた……馬鹿にされたもんじゃねぇか!!」
「ぐっ……!」
 喉を押さえつける手に力がこもって、たまらず目を見開いた。それなりの強度があるチョーカーを身につけているというのに凄い力だ。
 男と視線が合って、その黒い瞳が燃やす感情に身がすくむ。
 
 恨み。つらみ。憎しみ――およそ他人に向けられるとされる負の感情を煮詰めたような、ドス黒い怒り。 
 けれどその視線はすぐに逸れて、ドアのそばに立っているラズリウ王子へと向く。彼は懐剣を抜いているけれど動く様子はない。恐らく身動きの取れないグラキエのせいだ。
「お前を一晩抱くために俺らがどれだけ命張ってきたと思ってるんだ! 蓋開けてみれば他の王族の嫁になる、その相手がコレだと!? ふざけるな!!」
 ぎりぎりと首が締まって、肺の空気があっという間に不足してくる。酸素の足りない頭で理解出来たのは、目の前の男がラズリウ王子のお役目の相手――グラキエよりも先に彼を抱いた人間の一人だろうという事だけ。
「王家に釣り合うのは強き者なんじゃねぇのかよ! これの何処が! 強き者だってんだ!!」
 
 ……とんでもない逆恨みだ。 
 けれど彼らに課された条件は酷く重い。強き者として認められるためには戦士としての功績が必要だ。功績を上げるためには己の手を血で染めなければならない。 
 彼らはそうしてようやく、ラズリウ王子との一夜を得た。 
 けれどグラキエはそうではない。戦とは縁遠い場所で、たまたまラズリウ王子を選んだのだ。
 やって来た彼に惹かれて、婚約を申し込んで、何の試練もなく番としての約束を得た。
 死線をくぐって王家への門を叩いた彼らからすれば、そんな番は貴重な機会を奪った邪魔者でしかない。知らぬとはいえこの男に拐かされたのは、今までの己への罰なのかもしれない。
 けれど。
「……くだらない」
 人攫いに身を落とした男の怒りを、酷く冷静なラズリウ王子の声が真っ二つに両断した。

 怒りに唸る男の射殺すような視線をものともせず、琥珀の瞳は真っ直ぐに睨み返している。 
「お前達が王族に連なるためには、王家の望む形になる必要があったというだけ。万人に分かりやすく平等な条件が武勲だったにすぎない」
 本当にあのラズリウ王子なのかと思うほど、落ち着き払った声と冷たい視線が男を見据えて冷笑していた。傲慢さを含む表情とねじ伏せるような威圧感に、背筋をぞくりとしたものが駆け抜けていく。
「その人は他国の王族だ。なのにお前達と条件が同じである訳がないだろ。少し考えれば分かる話じゃないか」
「っ……! 馬、鹿に、しやがって……ッッ!」
 怒りに目を曇らせた男がラズリウ王子の方へ踵を返して向かっていく。
 けれどその剣をひらりとかわし、懐剣ひとつで二倍以上もある刃に対して渡り合う。普段隣で微笑む彼とは思えない、見た事もない程に冷淡な表情を浮かべながら。
 
 彼は王族なのだ。
 大国の騎士として民のために命を張ろうとした、気高さと誇りに満ちる――尊き人。
 ネヴァルストの行商人が王族をそう呼ぶ理由を、ようやく理解出来た気がした。 
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