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王宮
18.番として
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位の高い人間が話している時は、よほどの事がない限りは話を振られるまで発言してはならない。仲が良いなら別かもしれないが。
初めて謁見をする王の言葉を遮るなど、どう転んでも御法度である。
分かってはいたはずなのに。
出発前にもテネスから口酸っぱく言われていたのに。普段関わる中で己より位が上なのは家族しかおらず、付け焼き刃のボロが出てしまった。
焦る頭でこの状況をどう挽回しようかと考えるけれど、良い案など影も形も浮かんでこない。
王太子である長兄ならば上手く立ち回っただろう。けれど彼の後ろをついて回っていただけの甘えたには、こういった状況の経験などない。当然、しかるべき技術など備わっているはずもない。
ここに兄が居てくれれば。
そんな情けない事を考えつつ、王から返ってくる言葉を待つしかなかった。
「Ωらしくも、嫁らしくもなかろう。色の足りぬ未熟者を押し付ける様で心苦しくはあるのだが」
話の途中で質問を挟んでしまったグラキエに気を悪くする素振りもなく、王は言葉を続ける。これはラズリウ王子の婚約者であるおかげかもしれない。
そう安堵したのも束の間、視線と共に無言を投げられて息を呑んだ。
お前はどう思う、と――そう尋ねられている。恐らく。
「……おそれながら。世間でのΩらしさも、嫁らしさも、ラズリウ殿下には不要かと」
アルブレアに来た頃は王の言う姿に近い、大人しくて控えめな王子だった。婚約者になる予定の男に従順であろうと振る舞っていたようにも思う。
けれど、ラズリウ王子はそんな人柄ではない。
しっかり者で、いざという時は前に出てくる人だ。
怒ると口調も幼くなるし、こうと決めると頑固。グラキエのためにと、少し心配になるほど様々な事を習得している努力家。
「先日の戦闘術は素晴らしいものでした。騎士を目指して研鑽を積んでいた成果なのだと、感動すらしてしまうほどで」
武術も魔法も、半端な所で放り出してしまった己とは天と地の差だ。嫁らしく、Ωらしくと求めるなど、あまりにも烏滸がましい。
「そうだな。Ωでさえなければラズリウも良い騎士になっていたであろうに、惜しいことよ」
王の言葉に、口がひくりと引き攣った。
――騎士の道を奪ったのは、他でもない己のくせに。
喉から出かかった言葉を必死で飲み込み、何とか無言を貫く。何とか頭だけは縦に振ったグラキエに王は目を細め、二つ手を打った。
音と同時に控えていたヴィーゼル卿と騎士の男が前に出てくる。王も玉座から立ち上がり、謁見の間に控える人々を見渡して。
「第五王子ラズリウは、今日この日をもってネヴァルスト王家の監督下より切り離す。後の扱いはアルブレア第三王子に委ねることとしよう。異論は無いな?」
この広い空間の隅にいても聞こえているであろう声量で、王の声が響き渡った。
「…………えっ?」
予想外の展開に、そう返すのが精一杯だ。両隣の二人もポカンと呆けた様子で自分たちの主を見つめている。
「へ、陛下……! お二人はまだ婚約です、それは流石に早いのでは」
我に返ったらしいヴィーゼル卿が慌てた様子で言葉を挟むけれど、王は軽く聞き流して笑うだけ。
「既に二人は番となっておるのだろう。であれば、婚姻の有無に関わらず離れることは叶わぬ」
「それは……確かにそうですが……」
戸惑う臣下を軽く小突き、玉座から階段の下まで王がゆっくりと降りてくる。
背後から玉座に戻るよう進言する二人をよそに、王は真っ直ぐグラキエの前までやってきた。じいっと視線を向けてしばらくした後、その顔の口角を引き上げる。
「グラキエ王子よ。番の責として、考えうる最良の道をラズリウに与えてやって貰いたい」
その言葉の意味がすぐに分からず、思わず琥珀色の瞳を見つめ返す。
番の責。道を与える――お前にラズリウ王子を託すと言われたのだとようやく理解して、グラキエは背筋を伸ばし直した。
「み、未熟な私に何かを与えるというのは難しいですが……ラズリウ殿下と二人で道を探していきたいと思います」
……お任せくださいと言えばいいものを。
馬鹿正直に答えてしまった己に、我ながら内心呆れてしまった。けれど王の表情が曇る気配はない。
目は丸くなっているけれど。
落ちてくる沈黙にこれは失言だったかもしれないと冷や汗が吹き出してきた頃、ネヴァルスト王は大きな声で笑い始めた。
「何と頼り甲斐のないことよ! しかしラズリウのような無骨者には丁度良いか」
我が子を貶しながらくつくつと笑いを堪える王に、一体ラズリウ王子の何が分かるのかとモヤモヤとした気持ちが湧いてきた。
認めてもらえたであろう事は嬉しい。けれど、他者の前でこんな言い方をしなくても。
「暴れ馬と知っても乗ろうという気概は天晴れだ。振り落とされぬよう、上手く手綱を握るようにな」
「……肝に銘じます」
言いたい事はたくさんある。けれど、一度口にすれば止まれなくなる自信がある。
ラズリウ王子はどんな気持ちでこの会話を聞いているのだろう。そうは思いながらも、何も言わず頭を深く下げた。
初めて謁見をする王の言葉を遮るなど、どう転んでも御法度である。
分かってはいたはずなのに。
出発前にもテネスから口酸っぱく言われていたのに。普段関わる中で己より位が上なのは家族しかおらず、付け焼き刃のボロが出てしまった。
焦る頭でこの状況をどう挽回しようかと考えるけれど、良い案など影も形も浮かんでこない。
王太子である長兄ならば上手く立ち回っただろう。けれど彼の後ろをついて回っていただけの甘えたには、こういった状況の経験などない。当然、しかるべき技術など備わっているはずもない。
ここに兄が居てくれれば。
そんな情けない事を考えつつ、王から返ってくる言葉を待つしかなかった。
「Ωらしくも、嫁らしくもなかろう。色の足りぬ未熟者を押し付ける様で心苦しくはあるのだが」
話の途中で質問を挟んでしまったグラキエに気を悪くする素振りもなく、王は言葉を続ける。これはラズリウ王子の婚約者であるおかげかもしれない。
そう安堵したのも束の間、視線と共に無言を投げられて息を呑んだ。
お前はどう思う、と――そう尋ねられている。恐らく。
「……おそれながら。世間でのΩらしさも、嫁らしさも、ラズリウ殿下には不要かと」
アルブレアに来た頃は王の言う姿に近い、大人しくて控えめな王子だった。婚約者になる予定の男に従順であろうと振る舞っていたようにも思う。
けれど、ラズリウ王子はそんな人柄ではない。
しっかり者で、いざという時は前に出てくる人だ。
怒ると口調も幼くなるし、こうと決めると頑固。グラキエのためにと、少し心配になるほど様々な事を習得している努力家。
「先日の戦闘術は素晴らしいものでした。騎士を目指して研鑽を積んでいた成果なのだと、感動すらしてしまうほどで」
武術も魔法も、半端な所で放り出してしまった己とは天と地の差だ。嫁らしく、Ωらしくと求めるなど、あまりにも烏滸がましい。
「そうだな。Ωでさえなければラズリウも良い騎士になっていたであろうに、惜しいことよ」
王の言葉に、口がひくりと引き攣った。
――騎士の道を奪ったのは、他でもない己のくせに。
喉から出かかった言葉を必死で飲み込み、何とか無言を貫く。何とか頭だけは縦に振ったグラキエに王は目を細め、二つ手を打った。
音と同時に控えていたヴィーゼル卿と騎士の男が前に出てくる。王も玉座から立ち上がり、謁見の間に控える人々を見渡して。
「第五王子ラズリウは、今日この日をもってネヴァルスト王家の監督下より切り離す。後の扱いはアルブレア第三王子に委ねることとしよう。異論は無いな?」
この広い空間の隅にいても聞こえているであろう声量で、王の声が響き渡った。
「…………えっ?」
予想外の展開に、そう返すのが精一杯だ。両隣の二人もポカンと呆けた様子で自分たちの主を見つめている。
「へ、陛下……! お二人はまだ婚約です、それは流石に早いのでは」
我に返ったらしいヴィーゼル卿が慌てた様子で言葉を挟むけれど、王は軽く聞き流して笑うだけ。
「既に二人は番となっておるのだろう。であれば、婚姻の有無に関わらず離れることは叶わぬ」
「それは……確かにそうですが……」
戸惑う臣下を軽く小突き、玉座から階段の下まで王がゆっくりと降りてくる。
背後から玉座に戻るよう進言する二人をよそに、王は真っ直ぐグラキエの前までやってきた。じいっと視線を向けてしばらくした後、その顔の口角を引き上げる。
「グラキエ王子よ。番の責として、考えうる最良の道をラズリウに与えてやって貰いたい」
その言葉の意味がすぐに分からず、思わず琥珀色の瞳を見つめ返す。
番の責。道を与える――お前にラズリウ王子を託すと言われたのだとようやく理解して、グラキエは背筋を伸ばし直した。
「み、未熟な私に何かを与えるというのは難しいですが……ラズリウ殿下と二人で道を探していきたいと思います」
……お任せくださいと言えばいいものを。
馬鹿正直に答えてしまった己に、我ながら内心呆れてしまった。けれど王の表情が曇る気配はない。
目は丸くなっているけれど。
落ちてくる沈黙にこれは失言だったかもしれないと冷や汗が吹き出してきた頃、ネヴァルスト王は大きな声で笑い始めた。
「何と頼り甲斐のないことよ! しかしラズリウのような無骨者には丁度良いか」
我が子を貶しながらくつくつと笑いを堪える王に、一体ラズリウ王子の何が分かるのかとモヤモヤとした気持ちが湧いてきた。
認めてもらえたであろう事は嬉しい。けれど、他者の前でこんな言い方をしなくても。
「暴れ馬と知っても乗ろうという気概は天晴れだ。振り落とされぬよう、上手く手綱を握るようにな」
「……肝に銘じます」
言いたい事はたくさんある。けれど、一度口にすれば止まれなくなる自信がある。
ラズリウ王子はどんな気持ちでこの会話を聞いているのだろう。そうは思いながらも、何も言わず頭を深く下げた。
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