籠中の鳥と陽の差す国〜訳アリ王子の受難〜

むらくも

文字の大きさ
18 / 54
王宮

18.番として

しおりを挟む
 位の高い人間が話している時は、よほどの事がない限りは話を振られるまで発言してはならない。仲が良いなら別かもしれないが。
 
 初めて謁見をする王の言葉を遮るなど、どう転んでも御法度である。
 
 分かってはいたはずなのに。
 出発前にもテネスから口酸っぱく言われていたのに。普段関わる中で己より位が上なのは家族しかおらず、付け焼き刃のボロが出てしまった。
 焦る頭でこの状況をどう挽回しようかと考えるけれど、良い案など影も形も浮かんでこない。 
 王太子である長兄ならば上手く立ち回っただろう。けれど彼の後ろをついて回っていただけの甘えたには、こういった状況の経験などない。当然、しかるべき技術など備わっているはずもない。 
 ここに兄が居てくれれば。
 そんな情けない事を考えつつ、王から返ってくる言葉を待つしかなかった。
 
「Ωらしくも、嫁らしくもなかろう。色の足りぬ未熟者を押し付ける様で心苦しくはあるのだが」
 話の途中で質問を挟んでしまったグラキエに気を悪くする素振りもなく、王は言葉を続ける。これはラズリウ王子の婚約者であるおかげかもしれない。
 そう安堵したのも束の間、視線と共に無言を投げられて息を呑んだ。
 お前はどう思う、と――そう尋ねられている。恐らく。
「……おそれながら。世間でのΩらしさも、嫁らしさも、ラズリウ殿下には不要かと」
 アルブレアに来た頃は王の言う姿に近い、大人しくて控えめな王子だった。婚約者になる予定の男に従順であろうと振る舞っていたようにも思う。
 
 けれど、ラズリウ王子はそんな人柄ではない。
  
 しっかり者で、いざという時は前に出てくる人だ。
 怒ると口調も幼くなるし、こうと決めると頑固。グラキエのためにと、少し心配になるほど様々な事を習得している努力家。 
「先日の戦闘術は素晴らしいものでした。騎士を目指して研鑽を積んでいた成果なのだと、感動すらしてしまうほどで」
 武術も魔法も、半端な所で放り出してしまった己とは天と地の差だ。嫁らしく、Ωらしくと求めるなど、あまりにも烏滸がましい。 
「そうだな。Ωでさえなければラズリウも良い騎士になっていたであろうに、惜しいことよ」
 王の言葉に、口がひくりと引き攣った。
 ――騎士の道を奪ったのは、他でもない己のくせに。
 喉から出かかった言葉を必死で飲み込み、何とか無言を貫く。何とか頭だけは縦に振ったグラキエに王は目を細め、二つ手を打った。

 音と同時に控えていたヴィーゼル卿と騎士の男が前に出てくる。王も玉座から立ち上がり、謁見の間に控える人々を見渡して。
「第五王子ラズリウは、今日この日をもってネヴァルスト王家の監督下より切り離す。後の扱いはアルブレア第三王子に委ねることとしよう。異論は無いな?」
 この広い空間の隅にいても聞こえているであろう声量で、王の声が響き渡った。
「…………えっ?」
 予想外の展開に、そう返すのが精一杯だ。両隣の二人もポカンと呆けた様子で自分たちの主を見つめている。
「へ、陛下……! お二人はまだ婚約です、それは流石に早いのでは」
 我に返ったらしいヴィーゼル卿が慌てた様子で言葉を挟むけれど、王は軽く聞き流して笑うだけ。 
「既に二人は番となっておるのだろう。であれば、婚姻の有無に関わらず離れることは叶わぬ」
「それは……確かにそうですが……」
 戸惑う臣下を軽く小突き、玉座から階段の下まで王がゆっくりと降りてくる。
 
 背後から玉座に戻るよう進言する二人をよそに、王は真っ直ぐグラキエの前までやってきた。じいっと視線を向けてしばらくした後、その顔の口角を引き上げる。
「グラキエ王子よ。番の責として、考えうる最良の道をラズリウに与えてやって貰いたい」
 その言葉の意味がすぐに分からず、思わず琥珀色の瞳を見つめ返す。
 番の責。道を与える――お前にラズリウ王子を託すと言われたのだとようやく理解して、グラキエは背筋を伸ばし直した。
「み、未熟な私に何かを与えるというのは難しいですが……ラズリウ殿下と二人で道を探していきたいと思います」
 ……お任せくださいと言えばいいものを。
 馬鹿正直に答えてしまった己に、我ながら内心呆れてしまった。けれど王の表情が曇る気配はない。
 目は丸くなっているけれど。

 落ちてくる沈黙にこれは失言だったかもしれないと冷や汗が吹き出してきた頃、ネヴァルスト王は大きな声で笑い始めた。
「何と頼り甲斐のないことよ! しかしラズリウのような無骨者には丁度良いか」
 我が子を貶しながらくつくつと笑いを堪える王に、一体ラズリウ王子の何が分かるのかとモヤモヤとした気持ちが湧いてきた。
 認めてもらえたであろう事は嬉しい。けれど、他者の前でこんな言い方をしなくても。
「暴れ馬と知っても乗ろうという気概は天晴れだ。振り落とされぬよう、上手く手綱を握るようにな」
「……肝に銘じます」
 言いたい事はたくさんある。けれど、一度口にすれば止まれなくなる自信がある。
 ラズリウ王子はどんな気持ちでこの会話を聞いているのだろう。そうは思いながらも、何も言わず頭を深く下げた。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

貧乏Ωが御曹司αの将来のために逃げた話。

ミカン
BL
オメガバース

ネガティブなΩがスパダリαから逃げる

ミカン
BL
オメガバース

いい加減観念して結婚してください

彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話 元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。 2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。 作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。

『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―

なの
BL
Ωとして生まれたリオナは、政略結婚の駒として生き、信じていた結婚相手に裏切られ、孤独の中で命を落とした。 ――はずだった。 目を覚ますと、そこは同じ世界、同じ屋敷、同じ朝。 時間だけが巻き戻り、前世の記憶を持つのは自分だけ。 愛を知らないまま死んだ。今度こそ、本物の愛を知り、自ら選び取る人生を生きる。 これは、愛を知らず道具として生きてきたΩが、初めて出会った温もりに触れ、自らの意思で愛を選び直す物語。 「愛を知らず道具として生きてきたΩが転生を機に、 年上αの騎士と本物の愛を掴みます。 全6話+番外編完結済み!サクサク読めます。

過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。 家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。 絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。 これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。 無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!

悪役令息に転生した俺は推しの為に舞台から退場する

スノウマン(ユッキー)
BL
前世の記憶を思い出したアレクシスは悪役令息に転生したことに気づく。このままでは推しである義弟ノアが世界を救った後も幸せになれない未来を迎えてしまう。それを回避する為に、俺は舞台から退場することを選んだ。全てを燃やし尽くす事で。 そんな俺の行動によってノアが俺に執着することになるとも知らずに。

処理中です...