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王宮
20.上書き
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離宮の夜は静かだ。
昼間は鳥の声が聞こえていたけれど、扉を締め切った部屋は外からの音が届かない。閉じた蚊帳の中で荒い吐息とシーツの擦れる音だけが響く。
時々重なる過去の記憶に身を固くしても、その度に優しい声が鼓膜を揺らした。引き戻された意識を落ち着く香りが包んで、ラズリウを包み込む体温の持ち主が誰なのか思い出す。
「ん、ッ……きーえ……」
名を呼ぶと、ラズリウの肌に口付けていた男が身を起こした。
金の瞳に、銀の髪。僅かな明かりにもきらきらと光るその色を持つ番は、白い肌を紅潮させてこちらを見下ろしている。
「リィウ」
ふわりと微笑む顔が近付いてきて、掠めるようにその唇がラズリウの口へ触れた。
少しだけ遠慮がちなそれ。たまらずラズリウの方から口付けると、次第に深いものへ変わっていく。
……正直なところ、怯えていた。
寝室へ踏み入れた時に嫌な思い出が一気に吹き出してきて。以前と同じ事をこの場でしたら、グラキエ王子が分からなくなってしまいそうで。
けれど、ただの杞憂で終わりそうだ。
優しく触れる感触も、声も、温度も。身に馴染んだ番の感触は、記憶の底から沸いて出る幻をかき消してくれる。
「怖くないか? 嫌なら今日はもう」
「ん……だい、じょうぶ……」
気遣わしげな顔にひとつ頷いて応えると、向こうも小さく頷いた。
ラズリウの固くなった下半身を撫でていた指がするりと肌を滑り、蜜が滲む入り口に触れる。遠慮がちに入り込んでくる指の感触がくすぐったい。ゆっくりと中をほぐす動きの違和感が甘い刺激に変わっていく。
「っ、ん……っ……!」
奥を撫でる指が弱い所に触れ、びくんと腰が震えた。
焦らすように触れる指先がもどかしい。息があがって、この先を期待した腰が揺れて。思考がとろけて真っ白になっていく。
「や、っ……きーえ……き、て………きぃ、え……っ!」
親を呼ぶ雛のようにグラキエ王子へ手を伸ばすラズリウの肌へ、白い体がひたりと密着する。熱く固いものが秘部に触れ、やがてずぷりとラズリウの中に沈み込んだ。
「ん……っあ……っ!」
「っ、く……リィウ……!」
ゆっくりと進んでくる番のものを腹の中に受け入れ、抱きついて一緒に揺れる。
奥を突き上げる時ですら優しい。よくよく考えれば、そんな婚約者を過去の乱暴者と間違う方が難しいのだ。
「きーえ、きぃえ、き、ぃぇ……っ」
「りぃ、う……!」
グラキエ王子の腕の中で何度も果てて、その度に彼の名を呼ぶ。それに応えるようにラズリウの名を呼ぶ声も聞こえる。
昔あれだけ長く感じていた離宮での夜は、驚くほどあっという間に過ぎ去っていった。
「んん……」
目を覚まして視界一面に広がっていたのは見覚えのある天井。今居るのが離宮の寝台の上だと気付いて、すぐに体が硬くなる。
居ないはずの人間の影が覆い被さってきて咄嗟に息を潜めた。肌を掠める不快な感触にきつく目を瞑ると、ふわりと優しい香りが鼻をくすぐる。
――リィウ。
脳裏に浮かぶのは優しい声音。
何度も聞いた気がする声の主を思い出しかけた瞬間、ぽすりと重みのあるものが上から落ちてきた。
恐る恐る目を開いた先には、人間の腕。ネヴァルストの人間とは違う、雪の様に白い肌のそれ。
隣を見ると、穏やかな寝顔がすぐそこに転がっていた。
蚊帳から透けて届く陽光にきらきらと輝く銀の髪。閉じられた瞼の奥にある瞳は、透き通った金色なのをラズリウは知っている。
「……キーエ……」
起こしてしまわないように腕の中を移動してグラキエ王子の胸に頬をすり寄せた。落ち着く素肌の感触に、嗅ぎ慣れた香り。まるでアルブレアのいつもの部屋のようで、ぐずぐずとぬかるんでいた嫌な記憶がゆっくりと乾いていく。
不意に腕が動いて抱きしめられ、起こしてしまったかと視線を上げた。が、当の本人は気持ちよさそうに眠ったままだ。
「ふふ、スルツと間違えてるのかな」
頬擦りまでしてくる婚約者を見つめていると、彼の部屋にあるテディベアを思い出す。子供の頃からずっと側にあったというから、置いてきてしまった寂しさがあるのかもしれない。
しばらくされるがままにされていると、小さな吐息と共に金色の瞳がラズリウを映した。おはようと挨拶をしつつ、起き上がりながら目をこするグラキエ王子はいつになく幼く見える。
「……大丈夫か?」
突然の問いかけにも、二年間共にいてすっかり慣れてしまった。
この問いは何についてだろうかと、昨日の出来事を思い出しながら話の続きを待つ。
「勝手に離宮での滞在を決めて、本当にすまなかった。やっぱり無理をさせたんじゃないだろうか……」
なるほどそっちか、と。
心の中で納得しながらラズリウも身を起こす。
「良い気分はしなかったかな。どうしても昔の事は浮かんできてしまうし」
少し意地悪く答えるとグラキエ王子の表情が目に見えて沈んでいく。ごめんともう一度口にして、白い腕が恐る恐るといった様子でラズリウを包んだ。
すり寄せられる鼻先がくすぐったい。丸くなった背中を撫でると、腕にこもる力が強くなる。
「約束どおりに名前を呼んでてくれたから、もういいよ」
「……本当に?」
ひとつ頷いて返すと、ちらりとラズリウを見た顔がほっとしたような表情に変わっていった。
「でも、あんまり一人で決めないで。僕を置いてけぼりにしないで」
「すまない……気を付ける」
こういう事ならまだいいけれど。
有人観測のような長く離れるような物事を一人で決められては困るのだ。彼の姿が見えない時間はどうすればいいのか、分からなくなってしまうから。
祈るように口付けると、同じようにグラキエ王子からも返ってくる。
「……キーエ……」
繰り返し唇を重ねて、少しずつ深くなっていく。抱きつくとそのまま抱き返してくれて、シーツの中に逆戻りをした。
「リィウ」
優しく鼓膜を揺らす甘い声に体の力が抜けたラズリウを、グラキエ王子の体が覆い隠す。
深いキスを何度も繰り返しながら白い背に腕を回したラズリウは、番の感触と匂いにそっと目を閉じた。
が。
「……お二人とも……先日の私のお話を聞いていただいておりましたかな?」
低く響く声に、まどろむような空気は一気にかき消えていく。
恐る恐る声の主に視線を向けると――雷を落とす直前の表情を浮かべたテネスが、すぐそこに立っていた。
昼間は鳥の声が聞こえていたけれど、扉を締め切った部屋は外からの音が届かない。閉じた蚊帳の中で荒い吐息とシーツの擦れる音だけが響く。
時々重なる過去の記憶に身を固くしても、その度に優しい声が鼓膜を揺らした。引き戻された意識を落ち着く香りが包んで、ラズリウを包み込む体温の持ち主が誰なのか思い出す。
「ん、ッ……きーえ……」
名を呼ぶと、ラズリウの肌に口付けていた男が身を起こした。
金の瞳に、銀の髪。僅かな明かりにもきらきらと光るその色を持つ番は、白い肌を紅潮させてこちらを見下ろしている。
「リィウ」
ふわりと微笑む顔が近付いてきて、掠めるようにその唇がラズリウの口へ触れた。
少しだけ遠慮がちなそれ。たまらずラズリウの方から口付けると、次第に深いものへ変わっていく。
……正直なところ、怯えていた。
寝室へ踏み入れた時に嫌な思い出が一気に吹き出してきて。以前と同じ事をこの場でしたら、グラキエ王子が分からなくなってしまいそうで。
けれど、ただの杞憂で終わりそうだ。
優しく触れる感触も、声も、温度も。身に馴染んだ番の感触は、記憶の底から沸いて出る幻をかき消してくれる。
「怖くないか? 嫌なら今日はもう」
「ん……だい、じょうぶ……」
気遣わしげな顔にひとつ頷いて応えると、向こうも小さく頷いた。
ラズリウの固くなった下半身を撫でていた指がするりと肌を滑り、蜜が滲む入り口に触れる。遠慮がちに入り込んでくる指の感触がくすぐったい。ゆっくりと中をほぐす動きの違和感が甘い刺激に変わっていく。
「っ、ん……っ……!」
奥を撫でる指が弱い所に触れ、びくんと腰が震えた。
焦らすように触れる指先がもどかしい。息があがって、この先を期待した腰が揺れて。思考がとろけて真っ白になっていく。
「や、っ……きーえ……き、て………きぃ、え……っ!」
親を呼ぶ雛のようにグラキエ王子へ手を伸ばすラズリウの肌へ、白い体がひたりと密着する。熱く固いものが秘部に触れ、やがてずぷりとラズリウの中に沈み込んだ。
「ん……っあ……っ!」
「っ、く……リィウ……!」
ゆっくりと進んでくる番のものを腹の中に受け入れ、抱きついて一緒に揺れる。
奥を突き上げる時ですら優しい。よくよく考えれば、そんな婚約者を過去の乱暴者と間違う方が難しいのだ。
「きーえ、きぃえ、き、ぃぇ……っ」
「りぃ、う……!」
グラキエ王子の腕の中で何度も果てて、その度に彼の名を呼ぶ。それに応えるようにラズリウの名を呼ぶ声も聞こえる。
昔あれだけ長く感じていた離宮での夜は、驚くほどあっという間に過ぎ去っていった。
「んん……」
目を覚まして視界一面に広がっていたのは見覚えのある天井。今居るのが離宮の寝台の上だと気付いて、すぐに体が硬くなる。
居ないはずの人間の影が覆い被さってきて咄嗟に息を潜めた。肌を掠める不快な感触にきつく目を瞑ると、ふわりと優しい香りが鼻をくすぐる。
――リィウ。
脳裏に浮かぶのは優しい声音。
何度も聞いた気がする声の主を思い出しかけた瞬間、ぽすりと重みのあるものが上から落ちてきた。
恐る恐る目を開いた先には、人間の腕。ネヴァルストの人間とは違う、雪の様に白い肌のそれ。
隣を見ると、穏やかな寝顔がすぐそこに転がっていた。
蚊帳から透けて届く陽光にきらきらと輝く銀の髪。閉じられた瞼の奥にある瞳は、透き通った金色なのをラズリウは知っている。
「……キーエ……」
起こしてしまわないように腕の中を移動してグラキエ王子の胸に頬をすり寄せた。落ち着く素肌の感触に、嗅ぎ慣れた香り。まるでアルブレアのいつもの部屋のようで、ぐずぐずとぬかるんでいた嫌な記憶がゆっくりと乾いていく。
不意に腕が動いて抱きしめられ、起こしてしまったかと視線を上げた。が、当の本人は気持ちよさそうに眠ったままだ。
「ふふ、スルツと間違えてるのかな」
頬擦りまでしてくる婚約者を見つめていると、彼の部屋にあるテディベアを思い出す。子供の頃からずっと側にあったというから、置いてきてしまった寂しさがあるのかもしれない。
しばらくされるがままにされていると、小さな吐息と共に金色の瞳がラズリウを映した。おはようと挨拶をしつつ、起き上がりながら目をこするグラキエ王子はいつになく幼く見える。
「……大丈夫か?」
突然の問いかけにも、二年間共にいてすっかり慣れてしまった。
この問いは何についてだろうかと、昨日の出来事を思い出しながら話の続きを待つ。
「勝手に離宮での滞在を決めて、本当にすまなかった。やっぱり無理をさせたんじゃないだろうか……」
なるほどそっちか、と。
心の中で納得しながらラズリウも身を起こす。
「良い気分はしなかったかな。どうしても昔の事は浮かんできてしまうし」
少し意地悪く答えるとグラキエ王子の表情が目に見えて沈んでいく。ごめんともう一度口にして、白い腕が恐る恐るといった様子でラズリウを包んだ。
すり寄せられる鼻先がくすぐったい。丸くなった背中を撫でると、腕にこもる力が強くなる。
「約束どおりに名前を呼んでてくれたから、もういいよ」
「……本当に?」
ひとつ頷いて返すと、ちらりとラズリウを見た顔がほっとしたような表情に変わっていった。
「でも、あんまり一人で決めないで。僕を置いてけぼりにしないで」
「すまない……気を付ける」
こういう事ならまだいいけれど。
有人観測のような長く離れるような物事を一人で決められては困るのだ。彼の姿が見えない時間はどうすればいいのか、分からなくなってしまうから。
祈るように口付けると、同じようにグラキエ王子からも返ってくる。
「……キーエ……」
繰り返し唇を重ねて、少しずつ深くなっていく。抱きつくとそのまま抱き返してくれて、シーツの中に逆戻りをした。
「リィウ」
優しく鼓膜を揺らす甘い声に体の力が抜けたラズリウを、グラキエ王子の体が覆い隠す。
深いキスを何度も繰り返しながら白い背に腕を回したラズリウは、番の感触と匂いにそっと目を閉じた。
が。
「……お二人とも……先日の私のお話を聞いていただいておりましたかな?」
低く響く声に、まどろむような空気は一気にかき消えていく。
恐る恐る声の主に視線を向けると――雷を落とす直前の表情を浮かべたテネスが、すぐそこに立っていた。
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