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王宮
21.宴
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場を弁えろと朝からしこたまテネスに叱られた後、軽く食べ物を口に入れて用意された衣装に着替え始めた。
そういえば国王と話した内容は誰にも伝えていなかった。こっぴどく怒られるはずである。
ネヴァルスト側の使用人が途中で入ってきてくれなければ、危うく昼まで説教が続いていたかもしれない。初っ端から多大な恩を受けてしまった。
「しかし、もう支度するのは気が早いような」
慣れぬ衣服の着替えを手伝って貰いながら、グラキエはぽつりと呟く。
「日中は民への御披露目の宴席、夜は王家の皆様との会食にございます」
……思っていた以上の長丁場だ。
表情ひとつ変えない使用人からの説明に、少し眩暈がした。
着替えた服はテネスが用意したものより布がかなり増量したもの。
袖と裾の長い上着に裾の広がった下衣、その上に布の帯のような物を巻き、更に長い外套を肩から掛ける。しかしひんやりとしたその生地は一枚一枚が薄く、そもそもの生地が厚く重たいアルブレアの礼服よりは若干動きやすい気がする。
金属と宝石があしらわれた紐状の装飾があちこちに付いていて、ぶつかる音が若干うるさいけれども。
「ラズリウの方はどう、なっ……て……」
振り返ったラズリウ王子の方も似たような上着だ。しかし女性がよくはいているスカート状の下衣になっていて、外套も透け感のある生地が三枚ほど重なったもの。
そして頭には金属の花冠のような飾りを着け、透き通った薄手の布を留めている。
……まるで花嫁衣装だ。
元々彼は中性的な外見の男性だけれど、この衣装で化粧まで施されてしまっては全く性別が分からない。
言葉に詰まるグラキエに、目の前の顔は少し困ったような表情を浮かべた。
「……やっぱり変かな」
「いや、あの……その…………か、わいいと、思う……」
ようやく絞り出した声に琥珀色の瞳がぱちぱちと瞬く。その様子に自分の出した言葉を省みて、はっと我に返った。
ラズリウ王子は男性である。それも、かつては騎士を目指した誇り高い人。
「っ、す、まない……! 男性に向ける言葉じゃなかった」
さすがに選ぶ言葉がまずかった。これでは侮辱に取られかねない。
けれど浮かぶ代わりの言葉もない。剣を手に戦う勇猛な姿を見ていても、怒りに歪む顔を知っていても、グラキエの目の前に映る姿はやはり可愛いのだから。
とはいえ相手を不快にさせては意味がない。何とか失言を挽回しようと慌てるグラキエに、きょとんとしていたラズリウ王子は頬を緩めた。
「それ、褒めてる?」
「も、もちろんだ! ただ、その、適切な言葉が見当たらなくて……」
口をついて出た言葉ひとつにしどろもどろになる様がおかしかったのか、婚約者はころころと笑い声を上げる。
どうやら気分を害してはいないらしい。
数々の令嬢に対する失言が引き起こした事態に比べれば、それだけでも御の字だ。
「ありがとう。嬉しい」
「え、でも……」
「君が褒めてくれるのは、とっても嬉しいよ」
ふわりと花が咲いたように微笑むラズリウ王子に、頬が瞬く間に熱くなる。
令嬢達にも可愛い、美しいと思う事はあったけれど、ここまで必死に言葉を探しただろうか。
彼女達をあそこまで怒らせていたのは、何も考えずに有り合わせの言葉ばかり贈っていたからなのかもしれない。
ほどなくしてやって来たヴィーゼル卿に伴われ、長い廊下を歩く。
足を踏み入れた先は広い庭の様な場所。
やぐらが組まれて周囲より少し高くなった床に、一組の長机と長椅子が置かれている。机の上には美しい模様が織り込まれたテーブルクロスが引かれ、椅子の座面は見るからに柔らかそうだ。
屋根のような白いひさしには色鮮やかな布が飾られ、金糸と銀糸で鳥の刺繍が施された旗がはためいていた。その足は五つあり、同じ数の尾が装飾的に配置された独特な模様になっている。
不死鳥ネヴァルスト――王の一族が移り変わってもなお初代王家から受け継がれている、この国唯一の象徴。……らしい。
「壇上へどうぞ」
港街へ出迎えに来てくれた人物よりも装備が数段豪華になった騎士に伴われ、まるでトンネルの様に槍を掲げた兵士の列の中央を歩く。
長椅子のあるやぐらの上にたどり着くと、眼下にはこの場を埋め尽くさんばかりの人々が見えた。その最前には彼らを押し留める境界線のように兵士の列が続いている。
下手をすれば、祖国で行なった次兄の婚礼式よりも大掛かりかもしれない。さすが大陸一の大国である。
式典が始まるとすぐに食事が運ばれてきた。
が、そこからが長い。開幕の挨拶からアルブレアとの関わりについての説明から、話が何かと大仰で長い。
グラキエについての紹介に至っては、小さな善行の点を限界まで引き延ばすような誉め方だった。恥ずかしすぎる。ありのままに説明してくれればいいのに。
同じ調子でラズリウ王子の未だ知らぬ話を聞けたのが唯一の救いだけれど。
……それから一刻くらいだろうか。
永遠に続くかと思えた話がようやく終わり、和やかな雰囲気の中で食事が始まる。ネヴァルストの王都では慶事があると街中で食事が振舞われるらしい。その事もあってか、集まった人々からは盛大な祝福の声が風に乗って運ばれてきていた。
「何だか不思議な気分だな」
全く縁の無かった人々から祝辞を述べられる状況に、嬉しい反面戸惑いが隠せない。
アルブレアでのラズリウ王子はこんな気持ちだったのだろうか。そんな事を思いながら隣に座る婚約者に視線を向けると、すぐに気づいた彼は眩しい笑顔でにこりと笑った。
そういえば国王と話した内容は誰にも伝えていなかった。こっぴどく怒られるはずである。
ネヴァルスト側の使用人が途中で入ってきてくれなければ、危うく昼まで説教が続いていたかもしれない。初っ端から多大な恩を受けてしまった。
「しかし、もう支度するのは気が早いような」
慣れぬ衣服の着替えを手伝って貰いながら、グラキエはぽつりと呟く。
「日中は民への御披露目の宴席、夜は王家の皆様との会食にございます」
……思っていた以上の長丁場だ。
表情ひとつ変えない使用人からの説明に、少し眩暈がした。
着替えた服はテネスが用意したものより布がかなり増量したもの。
袖と裾の長い上着に裾の広がった下衣、その上に布の帯のような物を巻き、更に長い外套を肩から掛ける。しかしひんやりとしたその生地は一枚一枚が薄く、そもそもの生地が厚く重たいアルブレアの礼服よりは若干動きやすい気がする。
金属と宝石があしらわれた紐状の装飾があちこちに付いていて、ぶつかる音が若干うるさいけれども。
「ラズリウの方はどう、なっ……て……」
振り返ったラズリウ王子の方も似たような上着だ。しかし女性がよくはいているスカート状の下衣になっていて、外套も透け感のある生地が三枚ほど重なったもの。
そして頭には金属の花冠のような飾りを着け、透き通った薄手の布を留めている。
……まるで花嫁衣装だ。
元々彼は中性的な外見の男性だけれど、この衣装で化粧まで施されてしまっては全く性別が分からない。
言葉に詰まるグラキエに、目の前の顔は少し困ったような表情を浮かべた。
「……やっぱり変かな」
「いや、あの……その…………か、わいいと、思う……」
ようやく絞り出した声に琥珀色の瞳がぱちぱちと瞬く。その様子に自分の出した言葉を省みて、はっと我に返った。
ラズリウ王子は男性である。それも、かつては騎士を目指した誇り高い人。
「っ、す、まない……! 男性に向ける言葉じゃなかった」
さすがに選ぶ言葉がまずかった。これでは侮辱に取られかねない。
けれど浮かぶ代わりの言葉もない。剣を手に戦う勇猛な姿を見ていても、怒りに歪む顔を知っていても、グラキエの目の前に映る姿はやはり可愛いのだから。
とはいえ相手を不快にさせては意味がない。何とか失言を挽回しようと慌てるグラキエに、きょとんとしていたラズリウ王子は頬を緩めた。
「それ、褒めてる?」
「も、もちろんだ! ただ、その、適切な言葉が見当たらなくて……」
口をついて出た言葉ひとつにしどろもどろになる様がおかしかったのか、婚約者はころころと笑い声を上げる。
どうやら気分を害してはいないらしい。
数々の令嬢に対する失言が引き起こした事態に比べれば、それだけでも御の字だ。
「ありがとう。嬉しい」
「え、でも……」
「君が褒めてくれるのは、とっても嬉しいよ」
ふわりと花が咲いたように微笑むラズリウ王子に、頬が瞬く間に熱くなる。
令嬢達にも可愛い、美しいと思う事はあったけれど、ここまで必死に言葉を探しただろうか。
彼女達をあそこまで怒らせていたのは、何も考えずに有り合わせの言葉ばかり贈っていたからなのかもしれない。
ほどなくしてやって来たヴィーゼル卿に伴われ、長い廊下を歩く。
足を踏み入れた先は広い庭の様な場所。
やぐらが組まれて周囲より少し高くなった床に、一組の長机と長椅子が置かれている。机の上には美しい模様が織り込まれたテーブルクロスが引かれ、椅子の座面は見るからに柔らかそうだ。
屋根のような白いひさしには色鮮やかな布が飾られ、金糸と銀糸で鳥の刺繍が施された旗がはためいていた。その足は五つあり、同じ数の尾が装飾的に配置された独特な模様になっている。
不死鳥ネヴァルスト――王の一族が移り変わってもなお初代王家から受け継がれている、この国唯一の象徴。……らしい。
「壇上へどうぞ」
港街へ出迎えに来てくれた人物よりも装備が数段豪華になった騎士に伴われ、まるでトンネルの様に槍を掲げた兵士の列の中央を歩く。
長椅子のあるやぐらの上にたどり着くと、眼下にはこの場を埋め尽くさんばかりの人々が見えた。その最前には彼らを押し留める境界線のように兵士の列が続いている。
下手をすれば、祖国で行なった次兄の婚礼式よりも大掛かりかもしれない。さすが大陸一の大国である。
式典が始まるとすぐに食事が運ばれてきた。
が、そこからが長い。開幕の挨拶からアルブレアとの関わりについての説明から、話が何かと大仰で長い。
グラキエについての紹介に至っては、小さな善行の点を限界まで引き延ばすような誉め方だった。恥ずかしすぎる。ありのままに説明してくれればいいのに。
同じ調子でラズリウ王子の未だ知らぬ話を聞けたのが唯一の救いだけれど。
……それから一刻くらいだろうか。
永遠に続くかと思えた話がようやく終わり、和やかな雰囲気の中で食事が始まる。ネヴァルストの王都では慶事があると街中で食事が振舞われるらしい。その事もあってか、集まった人々からは盛大な祝福の声が風に乗って運ばれてきていた。
「何だか不思議な気分だな」
全く縁の無かった人々から祝辞を述べられる状況に、嬉しい反面戸惑いが隠せない。
アルブレアでのラズリウ王子はこんな気持ちだったのだろうか。そんな事を思いながら隣に座る婚約者に視線を向けると、すぐに気づいた彼は眩しい笑顔でにこりと笑った。
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