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王宮
22.招かれざる客
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食事に沸いていた人々が落ち着いた頃、入り口に近い一角が俄かに騒がしくなった。悲鳴のような声が微かに混ざる物音が聞こえ始め、一体何事かと騒ぎの方向を見る。
兵士に何人かの男が囲まれているらしい。しかし彼らのガタイは遠目に見てもかなり良く、得物も一般的な兵士が持つそれより格段に立派だ。
しかし騎士と言うにはどうにも――格好がらしくない。
「揉め事か……? ラズリウ、彼らは一体」
誰なんだろうかと軽い気持ちで婚約者に視線を向け、思わず息を呑んだ。
いつも穏やかな表情を浮かべている顔が強張り、射殺さんばかりの視線を騒ぎの中心に向けている。怒った時よりも遥かに強烈な、殺意といっても過言ではないほどのそれ。
……一度だけ、この国に入ってそんな表情を見た記憶がある。武勲を得ながらも人攫いに堕ちた、かつての戦士へ剣を抜いた時に。
そうこうしている内に嵐の中心は兵士の制止を跳ね除けてやぐらへと近づいてくる。騎士達が慌ただしく周りを囲むと、立ち止まった男達の視線がグラキエを見た。
「これが褒賞の番? 冗談だろ」
「戦場に立ったらすぐ死ぬだろ、あれは」
発せられた言葉で、漠然とした予想は確信に変わる。彼らは先日の人攫いと同じだ。かつてラズリウ王子を通して王家に繋がりを持とうとした、戦で武勲をあげた戦士達。
そんな彼らが、わざわざグラキエを値踏みしに来たとでもいうのだろうか。不思議に思いながら眺めていると、ひときわ大柄の男と目が合った。
「降りてこい」
投げかけられた言葉の意味がわからず、目を瞬かせる。
「……? それは俺への呼びかけだろうか」
「お前以外に誰が居るってんだ」
「貴殿の頭の中を理解しろと言われても困る。口に出して貰わなければ分からない」
至極当然の話をしているはずだけれど、相手は苛々とした様子で舌打ちをする。理不尽な話だ。
身に覚えはない……訳でもないが、どうやら彼らから敵視されているらしい。
この場で騒ぎを起こすのもどうかと思うけれど、王が直接介入してくる様子はない。じっと静かに、この場を鋭い琥珀色の双眸が見つめている。
「その褒賞は武勲をあげた人間のものになるはずだったんだ。お前みたいな弱者のお貴族様にそんな資格はない」
「王家にとっても強者の血を取り込む機会だったんだぞ! それを台無しにしやがって」
……なるほど言い分は理解できた。しかし。
「貴殿らが王家に入り込む機会、の間違いでは?」
彼らの主張どおりならば、この婚約は成立するはずがない。軟弱者のお貴族様との縁談など王が許すはずないのだから。
しかしラズリウ王子の婚約者はグラキエである。
おまけにネヴァルスト王家の子供は幼い王女まで国内外の王侯貴族と婚約済み。正式な婚約が決まったのはラズリウ王子が最後だったらしい。
つまるところ、強者の血云々は重要視されていない。むしろ拒んでいるようにさえ思える。そうでなければ、ラズリウ王子のお役目を引き継ぐ王族がいない説明がつかない。
「貴殿らの血が必要なら門戸を閉ざしたりしないだろう。大して必要ではなかったという事ではないのか」
あまりにも素直に言い過ぎたのか、一斉に男達の視線がグラキエを睨む。
しかし見れば見るほど腹が立ってきた。目の前の男達は振る舞いがどう見てもならず者だ。騎士になる夢を奪われた挙句、こんな輩の相手を大切な番がさせられていたなんて。
……万一誰かの子を孕んでいたら、ラズリウ王子はどうなっていたことか。
「そういやお前、アルブレアの王族なんだってな。あの国は初物以外は嫌がるんだろ」
にたりと笑う男の顔に、隣に座るラズリウ王子が息を呑んだ。慌てて立ち上がる青い顔の婚約者を見た男達が波の様に嘲笑を響かせる。
「他人の手垢がしこたまついた阿婆擦れ王子でいいのか? その褒賞が足を開いた相手は俺らだけじゃねぇぞ!」
わざとらしく声を張り上げる男に、この場がしんと静まり返った。
かたかたと身を震わせるラズリウ王子は、後ろに控えているテネス達を盗み見るように視線を向けている。
ずっと避けてきた瞬間だったのだ。グラキエ以外には誰にも打ち明けられなかった、祖国でのお役目。婚前交渉を厭う国の人間に知られる事を恐れていたのに。
あの男達はわざとラズリウ王子を踏みつけて、あろうことか満足そうに嗤っている。
「……それがどうした」
震える体を咄嗟に抱き寄せ、外套の中に隠した。誰からの視線もラズリウ王子に届かないように。
「貴殿らも言ったじゃないか。ラズリウ王子は褒賞だと。献身的に役目を果たした人間に鞭打つほど、我が国は非道じゃない」
あれは節度を持てという享楽への戒めであって、全くの処女主義ではない。……過激派の存在は否定できないけれど。
だからといって都合のいい所だけ使って祖国を揶揄されるのも、番を阿婆擦れ呼ばわりされるのも心底不愉快だ。
苛々とした気持ちを抑えながら、先程声を投げて寄越したならず者の男を睨む。
「俺は何と言って貰っても構わない。だがラズリウへのその物言いは許容できない」
「んなこた知るかよ。黙らせたいなら実力で黙らせるんだな」
挑発的に笑う声に、すとんとグラキエの腹が決まった。
――奴らを黙らせなければならない。このまま言わせておけば、ネヴァルストまで来て婚約者の名誉に傷を負わせることになる。
目を閉じてひとつ深呼吸をし、ゆっくりと目を開く。身につけた外套を外してラズリウ王子を包み、額に軽く口付けた。
「……ぐらきえ……?」
今にも泣き出しそうな琥珀色の瞳がグラキエを見る。不安げに揺れる視線を宥めるように微笑み返した。
やがてテネス達が駆け寄ってきたのを確認し、そっと手を離して。
「! 待って、グラキエ、何処に行っ――」
踵を返してやぐらの端から踏み切り、グラキエの身長をゆうに超える男達の前に着地した。
兵士に何人かの男が囲まれているらしい。しかし彼らのガタイは遠目に見てもかなり良く、得物も一般的な兵士が持つそれより格段に立派だ。
しかし騎士と言うにはどうにも――格好がらしくない。
「揉め事か……? ラズリウ、彼らは一体」
誰なんだろうかと軽い気持ちで婚約者に視線を向け、思わず息を呑んだ。
いつも穏やかな表情を浮かべている顔が強張り、射殺さんばかりの視線を騒ぎの中心に向けている。怒った時よりも遥かに強烈な、殺意といっても過言ではないほどのそれ。
……一度だけ、この国に入ってそんな表情を見た記憶がある。武勲を得ながらも人攫いに堕ちた、かつての戦士へ剣を抜いた時に。
そうこうしている内に嵐の中心は兵士の制止を跳ね除けてやぐらへと近づいてくる。騎士達が慌ただしく周りを囲むと、立ち止まった男達の視線がグラキエを見た。
「これが褒賞の番? 冗談だろ」
「戦場に立ったらすぐ死ぬだろ、あれは」
発せられた言葉で、漠然とした予想は確信に変わる。彼らは先日の人攫いと同じだ。かつてラズリウ王子を通して王家に繋がりを持とうとした、戦で武勲をあげた戦士達。
そんな彼らが、わざわざグラキエを値踏みしに来たとでもいうのだろうか。不思議に思いながら眺めていると、ひときわ大柄の男と目が合った。
「降りてこい」
投げかけられた言葉の意味がわからず、目を瞬かせる。
「……? それは俺への呼びかけだろうか」
「お前以外に誰が居るってんだ」
「貴殿の頭の中を理解しろと言われても困る。口に出して貰わなければ分からない」
至極当然の話をしているはずだけれど、相手は苛々とした様子で舌打ちをする。理不尽な話だ。
身に覚えはない……訳でもないが、どうやら彼らから敵視されているらしい。
この場で騒ぎを起こすのもどうかと思うけれど、王が直接介入してくる様子はない。じっと静かに、この場を鋭い琥珀色の双眸が見つめている。
「その褒賞は武勲をあげた人間のものになるはずだったんだ。お前みたいな弱者のお貴族様にそんな資格はない」
「王家にとっても強者の血を取り込む機会だったんだぞ! それを台無しにしやがって」
……なるほど言い分は理解できた。しかし。
「貴殿らが王家に入り込む機会、の間違いでは?」
彼らの主張どおりならば、この婚約は成立するはずがない。軟弱者のお貴族様との縁談など王が許すはずないのだから。
しかしラズリウ王子の婚約者はグラキエである。
おまけにネヴァルスト王家の子供は幼い王女まで国内外の王侯貴族と婚約済み。正式な婚約が決まったのはラズリウ王子が最後だったらしい。
つまるところ、強者の血云々は重要視されていない。むしろ拒んでいるようにさえ思える。そうでなければ、ラズリウ王子のお役目を引き継ぐ王族がいない説明がつかない。
「貴殿らの血が必要なら門戸を閉ざしたりしないだろう。大して必要ではなかったという事ではないのか」
あまりにも素直に言い過ぎたのか、一斉に男達の視線がグラキエを睨む。
しかし見れば見るほど腹が立ってきた。目の前の男達は振る舞いがどう見てもならず者だ。騎士になる夢を奪われた挙句、こんな輩の相手を大切な番がさせられていたなんて。
……万一誰かの子を孕んでいたら、ラズリウ王子はどうなっていたことか。
「そういやお前、アルブレアの王族なんだってな。あの国は初物以外は嫌がるんだろ」
にたりと笑う男の顔に、隣に座るラズリウ王子が息を呑んだ。慌てて立ち上がる青い顔の婚約者を見た男達が波の様に嘲笑を響かせる。
「他人の手垢がしこたまついた阿婆擦れ王子でいいのか? その褒賞が足を開いた相手は俺らだけじゃねぇぞ!」
わざとらしく声を張り上げる男に、この場がしんと静まり返った。
かたかたと身を震わせるラズリウ王子は、後ろに控えているテネス達を盗み見るように視線を向けている。
ずっと避けてきた瞬間だったのだ。グラキエ以外には誰にも打ち明けられなかった、祖国でのお役目。婚前交渉を厭う国の人間に知られる事を恐れていたのに。
あの男達はわざとラズリウ王子を踏みつけて、あろうことか満足そうに嗤っている。
「……それがどうした」
震える体を咄嗟に抱き寄せ、外套の中に隠した。誰からの視線もラズリウ王子に届かないように。
「貴殿らも言ったじゃないか。ラズリウ王子は褒賞だと。献身的に役目を果たした人間に鞭打つほど、我が国は非道じゃない」
あれは節度を持てという享楽への戒めであって、全くの処女主義ではない。……過激派の存在は否定できないけれど。
だからといって都合のいい所だけ使って祖国を揶揄されるのも、番を阿婆擦れ呼ばわりされるのも心底不愉快だ。
苛々とした気持ちを抑えながら、先程声を投げて寄越したならず者の男を睨む。
「俺は何と言って貰っても構わない。だがラズリウへのその物言いは許容できない」
「んなこた知るかよ。黙らせたいなら実力で黙らせるんだな」
挑発的に笑う声に、すとんとグラキエの腹が決まった。
――奴らを黙らせなければならない。このまま言わせておけば、ネヴァルストまで来て婚約者の名誉に傷を負わせることになる。
目を閉じてひとつ深呼吸をし、ゆっくりと目を開く。身につけた外套を外してラズリウ王子を包み、額に軽く口付けた。
「……ぐらきえ……?」
今にも泣き出しそうな琥珀色の瞳がグラキエを見る。不安げに揺れる視線を宥めるように微笑み返した。
やがてテネス達が駆け寄ってきたのを確認し、そっと手を離して。
「! 待って、グラキエ、何処に行っ――」
踵を返してやぐらの端から踏み切り、グラキエの身長をゆうに超える男達の前に着地した。
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