23 / 44
王宮
23.無謀
しおりを挟む
何が起きたのか、すぐには理解できなかった。
眼下の騒ぎの中心に銀の髪の後ろ姿。
気性の荒い巨漢に向かい合っている手には一振の剣。しかし男達の持っている得物と比べると、あまりにも質素で木の枝のようにすら見える。
「グラキエ! 駄目だ戻って! グラキエ!!」
慌てて声をあげても、ラズリウに向けられた背は振り返らない。
どうして。
どうしていつも君は、そうやって一人で進んでしまうんだ。
「グラキエっっ!!!」
「なりませぬ、お下がりください!」
やぐらを降りようとしたラズリウを引き戻したのはテネスだった。グラキエ王子の教育係を務める専属の執事。誰よりも己の主を心配して、気遣っていたはずなのに。
この不穏な状況で、何故ラズリウを止めるのか。どうしてグラキエ王子を連れ戻さないのか。
「離せ! 助けなきゃ、あいつらと戦ったら殺されてしまう!!」
武勲は取った首の数で与えられるものだ。奴らの素性はならず者と変わらない。抵抗のできない相手にも容赦はしない。
……気にくわないと目を付けているグラキエ王子ならば、きっと尚更。
なのに父王は静観の姿勢を貫いている。このまま奴らの群れに放り込んでしまったら、どんな惨い目に遭うか分からないのに。
「手出しなんかさせない……っ! 僕が守るんだ!」
近くの兵士から剣を奪い取り、やぐらの端から勢いよく踏み切った。
……はず、だったのに。
「大丈夫ですよ。いざとなれば私とグノールトが向かいます」
いつまで経っても足が地面に着地することはなく、何故かすとんと長椅子の上に落ちた。恐らく魔法で連れ戻されたのだろう。
その証拠に、目の前にはアスルヤの姿がある。いつもの笑顔を浮かべ、背後の騒ぎなど無かったように。
「どう、して……」
グラキエ王子は隣にいない。つまり連れ戻されたのはラズリウだけ。
呆然とアルブレアの従者達を見ると、彼らは少し顔を見合わせた。
「今のグラキエ殿下は大変お怒りですので。不用意に近付かない方がよろしいかと」
「え……怒っ……どこが……」
「魔力の流れが。元々下手な魔力のコントロールが輪をかけて制御不能になる恐れがあります」
アスルヤに言われ、この場の魔力に意識を集める。
――確かに、荒れ狂う冬期の暴風雪にも似た魔力がグラキエ王子の周りで渦巻いている。
いつも穏やかな魔力が周りを包んでいるのに。彼の表情や目の前の光景に気を取られて、全く気が付かなかった。
じっと前を向いていた背中が、少しだけ動く。
「祝いの席での騒動、まずはお詫び申し上げます」
魔力の荒々しさとは正反対の静かな声が響いた。
決して荒げるようなものではない、けれど真っ直ぐに突き進むような力強いそれ。間髪入れずに玉座の方へと体を向けて深く頭を下げる。
「しかし我が番への物言いは沈黙し難く。ひとつ試合を行う許可を頂けないでしょうか」
「よかろう。しかし祝宴の場である。弓や魔法で必要以上の負傷者は出さぬように」
「はい」
ひとつ最後に会釈をして、グラキエ王子はならず者達に向き直った。剣を抜く様子はない。ただじっと立ち塞がる壁のような存在を見据えている。
しばらくすると、しんと静まり返る場に一人の騎士が前に出てきた。すっと右手を上げた所を見るに合図役らしい。
「勝負の決着は、戦意喪失または試合続行不可能な状態になるまで。では――始め!」
騎士の手が振り下ろされ、男達の雄叫びが轟く。それを聞いてようやく、グラキエ王子は剣を抜いた。
多勢に無勢。
戦場で武勲をあげた猛者と、戦士と見るには色白で線の細い他国の青年。
はたから見れば状況の優劣は明らかだった。礼儀正しい剣技でどうにか致命的な一撃をかわしているけれど、その足は踊らされて男達の張った陣形の中へ誘い込まれている。
「だめ、ダメだ、グラキエ……!」
まるで野生動物の狩りだ。獲物を誘い、とどめをさすべく包囲網を縮めていく。
けれど周囲はじっとあの場を見ているだけで割って入る気配はない。あろうことか、立ち上がろうとするラズリウの肩を押さえ込む始末で。
そんな小競り合いをしている内に、グラキエ王子を完全に男達が囲んでしまった。
ここぞとばかりに厳つい武器が空へ振り上げられる。しかしその瞬間、煙がぼわりと円の中心を覆って。
突然巻き上がった煙に場が騒然とする中、真っ直ぐに空へ昇る何かが煙の中から突き抜けていった。
煙の消えた地面には誰もいない。
代わりに、上空には一羽の巨大な鳥が翼を広げている。
孔雀のような長い首、黄金の混ざった長い風切り羽、五本の脚と五枚の銀に輝く長い尾羽。
初めて見るはずのその鳥は、激しい既視感を訴えかけてくる。
「……不死鳥……?」
はたと気づいて声に出さずにはいられなかった。王権も平和も長くは続かなかったこの国で、唯一連綿と続いている象徴。そのモチーフである伝説上の鳥――神話に出てくる不死鳥ネヴァルストに目の前の巨鳥はそっくりだ。
「でも、どうして急に……」
神話の中の生物が実在するなんて信じられない。それも、どうしてこんな時に。
困惑するラズリウに、アスルヤはにんまりと微笑んだ。
「グラキエ殿下ですよ、あれ」
「えっ」
何を言われたのか咄嗟に理解が出来なくて。固まるラズリウを見つめる魔法師は、更に笑みを深くした。
眼下の騒ぎの中心に銀の髪の後ろ姿。
気性の荒い巨漢に向かい合っている手には一振の剣。しかし男達の持っている得物と比べると、あまりにも質素で木の枝のようにすら見える。
「グラキエ! 駄目だ戻って! グラキエ!!」
慌てて声をあげても、ラズリウに向けられた背は振り返らない。
どうして。
どうしていつも君は、そうやって一人で進んでしまうんだ。
「グラキエっっ!!!」
「なりませぬ、お下がりください!」
やぐらを降りようとしたラズリウを引き戻したのはテネスだった。グラキエ王子の教育係を務める専属の執事。誰よりも己の主を心配して、気遣っていたはずなのに。
この不穏な状況で、何故ラズリウを止めるのか。どうしてグラキエ王子を連れ戻さないのか。
「離せ! 助けなきゃ、あいつらと戦ったら殺されてしまう!!」
武勲は取った首の数で与えられるものだ。奴らの素性はならず者と変わらない。抵抗のできない相手にも容赦はしない。
……気にくわないと目を付けているグラキエ王子ならば、きっと尚更。
なのに父王は静観の姿勢を貫いている。このまま奴らの群れに放り込んでしまったら、どんな惨い目に遭うか分からないのに。
「手出しなんかさせない……っ! 僕が守るんだ!」
近くの兵士から剣を奪い取り、やぐらの端から勢いよく踏み切った。
……はず、だったのに。
「大丈夫ですよ。いざとなれば私とグノールトが向かいます」
いつまで経っても足が地面に着地することはなく、何故かすとんと長椅子の上に落ちた。恐らく魔法で連れ戻されたのだろう。
その証拠に、目の前にはアスルヤの姿がある。いつもの笑顔を浮かべ、背後の騒ぎなど無かったように。
「どう、して……」
グラキエ王子は隣にいない。つまり連れ戻されたのはラズリウだけ。
呆然とアルブレアの従者達を見ると、彼らは少し顔を見合わせた。
「今のグラキエ殿下は大変お怒りですので。不用意に近付かない方がよろしいかと」
「え……怒っ……どこが……」
「魔力の流れが。元々下手な魔力のコントロールが輪をかけて制御不能になる恐れがあります」
アスルヤに言われ、この場の魔力に意識を集める。
――確かに、荒れ狂う冬期の暴風雪にも似た魔力がグラキエ王子の周りで渦巻いている。
いつも穏やかな魔力が周りを包んでいるのに。彼の表情や目の前の光景に気を取られて、全く気が付かなかった。
じっと前を向いていた背中が、少しだけ動く。
「祝いの席での騒動、まずはお詫び申し上げます」
魔力の荒々しさとは正反対の静かな声が響いた。
決して荒げるようなものではない、けれど真っ直ぐに突き進むような力強いそれ。間髪入れずに玉座の方へと体を向けて深く頭を下げる。
「しかし我が番への物言いは沈黙し難く。ひとつ試合を行う許可を頂けないでしょうか」
「よかろう。しかし祝宴の場である。弓や魔法で必要以上の負傷者は出さぬように」
「はい」
ひとつ最後に会釈をして、グラキエ王子はならず者達に向き直った。剣を抜く様子はない。ただじっと立ち塞がる壁のような存在を見据えている。
しばらくすると、しんと静まり返る場に一人の騎士が前に出てきた。すっと右手を上げた所を見るに合図役らしい。
「勝負の決着は、戦意喪失または試合続行不可能な状態になるまで。では――始め!」
騎士の手が振り下ろされ、男達の雄叫びが轟く。それを聞いてようやく、グラキエ王子は剣を抜いた。
多勢に無勢。
戦場で武勲をあげた猛者と、戦士と見るには色白で線の細い他国の青年。
はたから見れば状況の優劣は明らかだった。礼儀正しい剣技でどうにか致命的な一撃をかわしているけれど、その足は踊らされて男達の張った陣形の中へ誘い込まれている。
「だめ、ダメだ、グラキエ……!」
まるで野生動物の狩りだ。獲物を誘い、とどめをさすべく包囲網を縮めていく。
けれど周囲はじっとあの場を見ているだけで割って入る気配はない。あろうことか、立ち上がろうとするラズリウの肩を押さえ込む始末で。
そんな小競り合いをしている内に、グラキエ王子を完全に男達が囲んでしまった。
ここぞとばかりに厳つい武器が空へ振り上げられる。しかしその瞬間、煙がぼわりと円の中心を覆って。
突然巻き上がった煙に場が騒然とする中、真っ直ぐに空へ昇る何かが煙の中から突き抜けていった。
煙の消えた地面には誰もいない。
代わりに、上空には一羽の巨大な鳥が翼を広げている。
孔雀のような長い首、黄金の混ざった長い風切り羽、五本の脚と五枚の銀に輝く長い尾羽。
初めて見るはずのその鳥は、激しい既視感を訴えかけてくる。
「……不死鳥……?」
はたと気づいて声に出さずにはいられなかった。王権も平和も長くは続かなかったこの国で、唯一連綿と続いている象徴。そのモチーフである伝説上の鳥――神話に出てくる不死鳥ネヴァルストに目の前の巨鳥はそっくりだ。
「でも、どうして急に……」
神話の中の生物が実在するなんて信じられない。それも、どうしてこんな時に。
困惑するラズリウに、アスルヤはにんまりと微笑んだ。
「グラキエ殿下ですよ、あれ」
「えっ」
何を言われたのか咄嗟に理解が出来なくて。固まるラズリウを見つめる魔法師は、更に笑みを深くした。
11
あなたにおすすめの小説
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
【if/番外編】昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、夢の中で僕と結婚する
子犬一 はぁて
BL
※本作は「昔『結婚しよう』と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する」のif(番外編)です。
僕と幼馴染が結婚した「夢」を見た受けの話。
ずっと好きだった幼馴染が女性と結婚した夜に見た僕の夢──それは幼馴染と僕が結婚するもしもの世界。
想うだけなら許されるかな。
夢の中でだけでも救われたかった僕の話。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
ずっと、貴方が欲しかったんだ
一ノ瀬麻紀
BL
高校時代の事故をきっかけに、地元を離れていた悠生。
10年ぶりに戻った街で、結婚を控えた彼の前に現れたのは、かつての幼馴染の弟だった。
✤
後天性オメガバース作品です。
ビッチング描写はありません。
ツイノベで書いたものを改稿しました。
出戻り王子が幸せになるまで
あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
初恋の相手と政略結婚した主人公セフィラだが、相手には愛人ながら本命がいたことを知る。追及した結果、離縁されることになり、母国に出戻ることに。けれど、バツイチになったせいか父王に厄介払いされ、後宮から追い出されてしまう。王都の下町で暮らし始めるが、ふと訪れた先の母校で幼馴染であるフレンシスと再会。事情を話すと、突然求婚される。
一途な幼馴染×強がり出戻り王子のお話です。
※他サイトにも掲載しております。
勘違いへたれアルファと一途つよかわオメガ──ずっと好きだったのは、自分だけだと思ってた
星群ネオン
BL
幼い頃に結婚の約束をした──成長とともにだんだん疎遠になったアルファとオメガのお話。
美しい池のほとりで出会ったアルファとオメガはその後…。
強くてへたれなアルファと、可愛くて一途なオメガ。
ありがちなオメガバース設定です。Rシーンはありません。
実のところ勘違いなのは二人共とも言えます。
α視点を2話、Ω視点を2話の後、その後を2話の全6話完結。
勘違いへたれアルファ 新井裕吾(あらい・ゆうご) 23歳
一途つよかわオメガ 御門翠(みがと・すい) 23歳
アルファポリス初投稿です。
※本作は作者の別作品「きらきらオメガは子種が欲しい!~」や「一生分の恋のあと~」と同じ世界、共通の人物が登場します。
それぞれ独立した作品なので、他の作品を未読でも問題なくお読みいただけます。
金の野獣と薔薇の番
むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】
転生場所は嫌われ所
あぎ
BL
会社員の千鶴(ちずる)は、今日も今日とて残業で、疲れていた
そんな時、男子高校生が、きらりと光る穴へ吸い込まれたのを見た。
※
※
最近かなり頻繁に起こる、これを皆『ホワイトルーム現象』と読んでいた。
とある解析者が、『ホワイトルーム現象が起きた時、その場にいると私たちの住む現実世界から望む仮想世界へ行くことが出来ます。』と、発表したが、それ以降、ホワイトルーム現象は起きなくなった
※
※
そんな中、千鶴が見たのは何年も前に消息したはずのホワイトルーム現象。可愛らしい男の子が吸い込まれていて。
彼を助けたら、解析者の言う通りの異世界で。
16:00更新
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる