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王宮
23.無謀
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何が起きたのか、すぐには理解できなかった。
眼下の騒ぎの中心に銀の髪の後ろ姿。
気性の荒い巨漢に向かい合っている手には一振の剣。しかし男達の持っている得物と比べると、あまりにも質素で木の枝のようにすら見える。
「グラキエ! 駄目だ戻って! グラキエ!!」
慌てて声をあげても、ラズリウに向けられた背は振り返らない。
どうして。
どうしていつも君は、そうやって一人で進んでしまうんだ。
「グラキエっっ!!!」
「なりませぬ、お下がりください!」
やぐらを降りようとしたラズリウを引き戻したのはテネスだった。グラキエ王子の教育係を務める専属の執事。誰よりも己の主を心配して、気遣っていたはずなのに。
この不穏な状況で、何故ラズリウを止めるのか。どうしてグラキエ王子を連れ戻さないのか。
「離せ! 助けなきゃ、あいつらと戦ったら殺されてしまう!!」
武勲は取った首の数で与えられるものだ。奴らの素性はならず者と変わらない。抵抗のできない相手にも容赦はしない。
……気にくわないと目を付けているグラキエ王子ならば、きっと尚更。
なのに父王は静観の姿勢を貫いている。このまま奴らの群れに放り込んでしまったら、どんな惨い目に遭うか分からないのに。
「手出しなんかさせない……っ! 僕が守るんだ!」
近くの兵士から剣を奪い取り、やぐらの端から勢いよく踏み切った。
……はず、だったのに。
「大丈夫ですよ。いざとなれば私とグノールトが向かいます」
いつまで経っても足が地面に着地することはなく、何故かすとんと長椅子の上に落ちた。恐らく魔法で連れ戻されたのだろう。
その証拠に、目の前にはアスルヤの姿がある。いつもの笑顔を浮かべ、背後の騒ぎなど無かったように。
「どう、して……」
グラキエ王子は隣にいない。つまり連れ戻されたのはラズリウだけ。
呆然とアルブレアの従者達を見ると、彼らは少し顔を見合わせた。
「今のグラキエ殿下は大変お怒りですので。不用意に近付かない方がよろしいかと」
「え……怒っ……どこが……」
「魔力の流れが。元々下手な魔力のコントロールが輪をかけて制御不能になる恐れがあります」
アスルヤに言われ、この場の魔力に意識を集める。
――確かに、荒れ狂う冬期の暴風雪にも似た魔力がグラキエ王子の周りで渦巻いている。
いつも穏やかな魔力が周りを包んでいるのに。彼の表情や目の前の光景に気を取られて、全く気が付かなかった。
じっと前を向いていた背中が、少しだけ動く。
「祝いの席での騒動、まずはお詫び申し上げます」
魔力の荒々しさとは正反対の静かな声が響いた。
決して荒げるようなものではない、けれど真っ直ぐに突き進むような力強いそれ。間髪入れずに玉座の方へと体を向けて深く頭を下げる。
「しかし我が番への物言いは沈黙し難く。ひとつ試合を行う許可を頂けないでしょうか」
「よかろう。しかし祝宴の場である。弓や魔法で必要以上の負傷者は出さぬように」
「はい」
ひとつ最後に会釈をして、グラキエ王子はならず者達に向き直った。剣を抜く様子はない。ただじっと立ち塞がる壁のような存在を見据えている。
しばらくすると、しんと静まり返る場に一人の騎士が前に出てきた。すっと右手を上げた所を見るに合図役らしい。
「勝負の決着は、戦意喪失または試合続行不可能な状態になるまで。では――始め!」
騎士の手が振り下ろされ、男達の雄叫びが轟く。それを聞いてようやく、グラキエ王子は剣を抜いた。
多勢に無勢。
戦場で武勲をあげた猛者と、戦士と見るには色白で線の細い他国の青年。
はたから見れば状況の優劣は明らかだった。礼儀正しい剣技でどうにか致命的な一撃をかわしているけれど、その足は踊らされて男達の張った陣形の中へ誘い込まれている。
「だめ、ダメだ、グラキエ……!」
まるで野生動物の狩りだ。獲物を誘い、とどめをさすべく包囲網を縮めていく。
けれど周囲はじっとあの場を見ているだけで割って入る気配はない。あろうことか、立ち上がろうとするラズリウの肩を押さえ込む始末で。
そんな小競り合いをしている内に、グラキエ王子を完全に男達が囲んでしまった。
ここぞとばかりに厳つい武器が空へ振り上げられる。しかしその瞬間、煙がぼわりと円の中心を覆って。
突然巻き上がった煙に場が騒然とする中、真っ直ぐに空へ昇る何かが煙の中から突き抜けていった。
煙の消えた地面には誰もいない。
代わりに、上空には一羽の巨大な鳥が翼を広げている。
孔雀のような長い首、黄金の混ざった長い風切り羽、五本の脚と五枚の銀に輝く長い尾羽。
初めて見るはずのその鳥は、激しい既視感を訴えかけてくる。
「……不死鳥……?」
はたと気づいて声に出さずにはいられなかった。王権も平和も長くは続かなかったこの国で、唯一連綿と続いている象徴。そのモチーフである伝説上の鳥――神話に出てくる不死鳥ネヴァルストに目の前の巨鳥はそっくりだ。
「でも、どうして急に……」
神話の中の生物が実在するなんて信じられない。それも、どうしてこんな時に。
困惑するラズリウに、アスルヤはにんまりと微笑んだ。
「グラキエ殿下ですよ、あれ」
「えっ」
何を言われたのか咄嗟に理解が出来なくて。固まるラズリウを見つめる魔法師は、更に笑みを深くした。
眼下の騒ぎの中心に銀の髪の後ろ姿。
気性の荒い巨漢に向かい合っている手には一振の剣。しかし男達の持っている得物と比べると、あまりにも質素で木の枝のようにすら見える。
「グラキエ! 駄目だ戻って! グラキエ!!」
慌てて声をあげても、ラズリウに向けられた背は振り返らない。
どうして。
どうしていつも君は、そうやって一人で進んでしまうんだ。
「グラキエっっ!!!」
「なりませぬ、お下がりください!」
やぐらを降りようとしたラズリウを引き戻したのはテネスだった。グラキエ王子の教育係を務める専属の執事。誰よりも己の主を心配して、気遣っていたはずなのに。
この不穏な状況で、何故ラズリウを止めるのか。どうしてグラキエ王子を連れ戻さないのか。
「離せ! 助けなきゃ、あいつらと戦ったら殺されてしまう!!」
武勲は取った首の数で与えられるものだ。奴らの素性はならず者と変わらない。抵抗のできない相手にも容赦はしない。
……気にくわないと目を付けているグラキエ王子ならば、きっと尚更。
なのに父王は静観の姿勢を貫いている。このまま奴らの群れに放り込んでしまったら、どんな惨い目に遭うか分からないのに。
「手出しなんかさせない……っ! 僕が守るんだ!」
近くの兵士から剣を奪い取り、やぐらの端から勢いよく踏み切った。
……はず、だったのに。
「大丈夫ですよ。いざとなれば私とグノールトが向かいます」
いつまで経っても足が地面に着地することはなく、何故かすとんと長椅子の上に落ちた。恐らく魔法で連れ戻されたのだろう。
その証拠に、目の前にはアスルヤの姿がある。いつもの笑顔を浮かべ、背後の騒ぎなど無かったように。
「どう、して……」
グラキエ王子は隣にいない。つまり連れ戻されたのはラズリウだけ。
呆然とアルブレアの従者達を見ると、彼らは少し顔を見合わせた。
「今のグラキエ殿下は大変お怒りですので。不用意に近付かない方がよろしいかと」
「え……怒っ……どこが……」
「魔力の流れが。元々下手な魔力のコントロールが輪をかけて制御不能になる恐れがあります」
アスルヤに言われ、この場の魔力に意識を集める。
――確かに、荒れ狂う冬期の暴風雪にも似た魔力がグラキエ王子の周りで渦巻いている。
いつも穏やかな魔力が周りを包んでいるのに。彼の表情や目の前の光景に気を取られて、全く気が付かなかった。
じっと前を向いていた背中が、少しだけ動く。
「祝いの席での騒動、まずはお詫び申し上げます」
魔力の荒々しさとは正反対の静かな声が響いた。
決して荒げるようなものではない、けれど真っ直ぐに突き進むような力強いそれ。間髪入れずに玉座の方へと体を向けて深く頭を下げる。
「しかし我が番への物言いは沈黙し難く。ひとつ試合を行う許可を頂けないでしょうか」
「よかろう。しかし祝宴の場である。弓や魔法で必要以上の負傷者は出さぬように」
「はい」
ひとつ最後に会釈をして、グラキエ王子はならず者達に向き直った。剣を抜く様子はない。ただじっと立ち塞がる壁のような存在を見据えている。
しばらくすると、しんと静まり返る場に一人の騎士が前に出てきた。すっと右手を上げた所を見るに合図役らしい。
「勝負の決着は、戦意喪失または試合続行不可能な状態になるまで。では――始め!」
騎士の手が振り下ろされ、男達の雄叫びが轟く。それを聞いてようやく、グラキエ王子は剣を抜いた。
多勢に無勢。
戦場で武勲をあげた猛者と、戦士と見るには色白で線の細い他国の青年。
はたから見れば状況の優劣は明らかだった。礼儀正しい剣技でどうにか致命的な一撃をかわしているけれど、その足は踊らされて男達の張った陣形の中へ誘い込まれている。
「だめ、ダメだ、グラキエ……!」
まるで野生動物の狩りだ。獲物を誘い、とどめをさすべく包囲網を縮めていく。
けれど周囲はじっとあの場を見ているだけで割って入る気配はない。あろうことか、立ち上がろうとするラズリウの肩を押さえ込む始末で。
そんな小競り合いをしている内に、グラキエ王子を完全に男達が囲んでしまった。
ここぞとばかりに厳つい武器が空へ振り上げられる。しかしその瞬間、煙がぼわりと円の中心を覆って。
突然巻き上がった煙に場が騒然とする中、真っ直ぐに空へ昇る何かが煙の中から突き抜けていった。
煙の消えた地面には誰もいない。
代わりに、上空には一羽の巨大な鳥が翼を広げている。
孔雀のような長い首、黄金の混ざった長い風切り羽、五本の脚と五枚の銀に輝く長い尾羽。
初めて見るはずのその鳥は、激しい既視感を訴えかけてくる。
「……不死鳥……?」
はたと気づいて声に出さずにはいられなかった。王権も平和も長くは続かなかったこの国で、唯一連綿と続いている象徴。そのモチーフである伝説上の鳥――神話に出てくる不死鳥ネヴァルストに目の前の巨鳥はそっくりだ。
「でも、どうして急に……」
神話の中の生物が実在するなんて信じられない。それも、どうしてこんな時に。
困惑するラズリウに、アスルヤはにんまりと微笑んだ。
「グラキエ殿下ですよ、あれ」
「えっ」
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