籠中の鳥と陽の差す国〜訳アリ王子の受難〜

むらくも

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王宮

24.勝負の行方

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 突然現れた神話の鳥が婚約者だと言われても。
 けれどそれならば、今グラキエ王子の姿が見えない事には納得がいく。
「でも、どうして…………あ。魔法……?」
 ラズリウの答えに満足したらしいアスルヤは、満面の笑みで首を縦に振った。  
「魔法分野は専らニクス殿下が第一人者ですが、変化の術式だけはグラキエ殿下が最も得意とされているんです」
 凄いでしょう、とまるで自分事のように笑う魔法師は楽しそうに声を転がす。
 眼下でざわつく男達を見下ろしながら、悪い顔でにんまりとほくそ笑んだ。笑顔の温度差が激しい人間である。

 元々、変化の術は野生動物への牽制や身を守る術として発達したもの。人の生活圏に迷い込んだ動物を連れ出したり、逆に動物の群れに目をつけられた時の退避手段として使われている。
 吹雪で生物全般の移動可能範囲が極端に狭くなるアルブレアにとって、この魔法は大切なものなのだ。
 しかし。
「……あいつらは……変化しただけで勝てる相手じゃない」
 変化は見た目を真似するけれど、中身まで同じにはならない。何か特殊能力が使えるようになる訳でもない。
 あの男達に攻撃をしようと下降すれば、空飛ぶ巨大な的になるだけだろう。引き落とされて蜂の巣になる様子が目に浮かぶ。
 腐っても奴らは、ネヴァルストで武勲を立てた戦士達なのだから。
 
 せめてその翼で何処かへ逃げてくれれば。
 けれど祈るような思いも虚しく、巨大な鳥は逃げる様子など見せない。じっと地上と睨み合ったままその場に留まっている。
 そんな様子を眺めていたアスルヤはラズリウに手招きをした。
「伝説の鳥なんて、野生動物相手にさほど効果はありませんが」
 指差す先は男達の足元。遠目にきらきらと光る何かが見える。しかしその正体は分からない。
「これがまた人間にはよく効くんですよ。……足元が凍り始めていても、全く気付かないほどに」
 そう言い終えるや否や、地上から野太い悲鳴が上がった。きらきらと光る何かはあっという間に数を増し、戦士達の脚を巻き込んで広がっていく。
 一瞬その動きが止まったと思った瞬間、薄い幕のようになったそれが厚みを増した。巨大な氷が姿を現したと思えばどんどん大きくなって。それに比例するように、悲鳴も切羽詰まったものになっていく。

 突然の出来事に呆然と眺めていたけれど、はたと我に返ってほくそ笑む魔法師を見た。 
「……あの氷って……」
 魔法を使っている様には見えないけれど、アスルヤは優秀な術者だと聞いている。素振りもなく魔法を使うのも容易いのかもしれない。
 けれど視線を向けた先の顔は、自分ではないですよと軽く笑った。
「あれはグラキエ殿下の魔法です。誘拐騒ぎで同じ手口をご覧になったでしょう?」
「魔法を二つ同時に使ってるってこと!?」
 グラキエ王子は魔法が得意でないと、他ならぬ本人が言っていた。人攫いに遭った時も氷結させる魔法をコントロールするのに必死だったと聞いているのに。 
 変化と氷結の二つを同時に使う技量と、本人の証言が噛み合わない。
「変化は形さえ作れば保つだけですからね。今は必死に氷結を抑えているはず……おや」
 
 くつくつと笑うアスルヤに初めて巨鳥の視線が向いた。ちらちらと地上を気にしながら、何かを訴えるような目でこちらを見つめている。 
「どうやらギブアップのようで」
 やぐらの端に立ったアスルヤが手をかざすと、空気が渦巻いて地上の阿鼻叫喚を包んだ。途端に氷結の速度が落ち、グラキエ王子の魔力を少しずつ打ち消していく。
 ようやく悲鳴も落ち着いた頃には、見事に足周りと武器だけを氷漬けにされた戦士達が取り残されていた。すると巨鳥は地上に降りる直前で煙と共に姿を消し、代わりにグラキエ王子が地面に着地する。
 その様子を合図訳の騎士は呆然と見ていたけれど、近くの宮廷術師に何か耳打ちをされ、弾かれるように右手を挙げて。
「しょ、勝者、アルブレア第三王子殿下!」
 鶴の一声に、何が起きたのか分からないまま見守っていた観衆もわあっと声を上げる。その声で弾かれるようにラズリウの足が床を蹴った。

 
 やぐらを飛び降り、着地する勢いに任せて前へ進む。
 不死鳥に変じた男を一目見ようと集まり始めた人々をすり抜け、全速力でグラキエ王子へ突っ込んだ。
「ぅお!? わ、あ、ぁっ!?」
 全力の不意打ちでバランスを崩して倒れ込みそうになる体を、近くの騎士が慌てて支える。ありがとうと一礼してラズリウの方を向いた婚約者は目を丸くした。
「ら、ラズリ」
「馬鹿ッッッ!!!」
 ラズリウの腹から出てきた声のあまりの大きさに、グラキエ王子の動きが完全に止まる。
「何でこんな無茶するんだ! ただの怪我じゃ済まないかもしれなかったんだよ!?」
「すっ、すまない……頭に血が昇って」
 怒りなのか、心配なのか、不安なのか。ラズリウをいきり立たせる原因が何なのかは分からない。
 ただ己のどうしようもない感情を受け止めてくれる温度に、喉が詰まるような息苦しさは少しずつほぐれていく。

 けれどそこで止まることはできず、気付けば優しく頭を撫でる手を払いのけていた。
「離れないでって言った!! 置いてかないでって!! 僕が守れる所に居てって、言ったのに……っ」
 落ちてくる涙が止まらない。子供の癇癪のようにグラキエ王子をなじる声が次々と飛び出してくる。
 彼が怒ってくれたのも、無茶な試合に臨んだのも、全てはラズリウを庇うためだと知っているのに。
 けれど「ありがとう」とはどうしても言えなかった。感謝してしまったら、また同じことをしそうな気がしたから。
「すまない、本当にすまない……! 頼むから泣かないでくれ」
 おろおろと狼狽える番の香りが頭に血が昇ったラズリウを包む。じんわりと伝わってくる温度と心音に安堵した瞬間、堰を切ったように涙が溢れてしまって。
 もう自力ではどうすることもできず、グラキエ王子の腕の中で気が済むまで泣き続ける事しかできなかった。 
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