籠中の鳥と陽の差す国〜訳アリ王子の受難〜

むらくも

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王宮

25.吐露

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 グラキエの腕の中で溢れてしまったラズリウ王子の涙は、祝宴が終わるまで止まることがなかった。
 
「いやはや、大成功ですね」
「どこがだ。大失敗じゃないか」
 にやにやと笑みを浮かべるアスルヤを横目で睨み、身なりを整えに婚約者が消えていった部屋へ続く扉へ視線を戻す。
 ただでさえ王都で人攫いに遭って心配させていたのに。
 一人で勝手にネヴァルストの猛者へ突っ込んでいったのが余程こたえてしまったらしい。泣き腫らして赤くなってしまった目と、部屋に入る前の疲れたような微笑みが未だ良心に刺さっている。
「また必要のない心配をさせてしまった……あんなに泣くなんて」
 今までの経験からして怒られるだろうなとは思っていたけれど。
 まさか祝宴の間ずっと泣かせてしまうとは。せっかく祖国で催されためでたい席だったというのに、申し訳ない事をしてしまった。 
 
「しかしアレのお陰でグラキエ殿下の株は鰻登りですよ。得体の知れない北端の王子が一転、ラズリウ殿下が泣くほど大切にしている番だと知れ渡りましたからね」
 にやにやとした笑顔を崩さないアスルヤに、またひとつ深い溜息がこぼれ落ちる。
「こんな形で知れても嬉しくない」
 今のグラキエは大切にされている相手を延々と泣かせた男である。手放しで喜べるはずもなく、ネヴァルストの民に対して気まずい事この上ない。
 かといってあのまま言わせておく訳にもいかなかった。一体どう立ち回るのが正解だったのだろう。
 隠していた事が露見して青い顔で震えていたラズリウ王子の様子を思い出し、軽く溜息を吐き出した。
「まぁまぁ。あのならず者達は処罰されるようですし、結果オーライでしょう」
「処罰?」
「祝宴の席で発するには、ラズリウ殿下への物言いが悉く不敬でしたからね。グラキエ殿下へも随分と高圧的でしたし」
 いい気味だとほくそ笑む姿に嘘は感じられない。言う事ももっともだ。 
「だが、アレでも武勲を立てた戦士なんだろう? そんな事が認められるのか?」
 
 戦多き国であるネヴァルストにとって、王族に目通りをするほどの武勲をあげた戦士は重要な戦力だと聞いている。一人や二人ならまだしも、十人近い人数を処罰するのは無理があるのではないだろうか。 
「かねてより素行不良で問題になっていたようですな。武力を持った団体が治安を乱せば、内乱の危険性もございますゆえ」
「そして丁度良いところに、今回の件が起きた訳です」
「……上手く使われたという事か。なるほど、王が静観していた訳だ」
 主催する宴の席に水を差されても、国王陛下はじっと成り行きを見守っていた。己の子が阿婆擦れと揶揄されても黙していただけだった。
 薄々疑問に思ってはいたが、名誉への傷よりも実利を取ったという事なんだろう。衆人環視の場で他国の王族を巻き込んだとあれば、大義名分として十分すぎる重みを持つ。

 ふと話が途切れた所で、静かに扉が開いた。
 向こう側に立っていたのは少しだけ表情の固いラズリウ王子。琥珀の瞳がちらりとテネスを見つつ、ゆっくりとグラキエの元へ歩いてくる。
「ラズリウ……!」
 出迎えて抱き寄せると僅かに身体へ力が入る気配がした。けれどすぐに力みは消えて、腕が背に回る頃には肩に頭を預けてくれる。
「あの……さっきは怒鳴ってごめん。僕のためにしてくれた事だったのに」
「いや、何も言わずに先走った俺が悪い。心配させてすまなかった」
 少し腫れぼったい瞼に口付けると、ぱちぱちと長い睫毛が瞬いた。目尻に足された翡翠色の粉がキラキラと煌めいている。
 大きな琥珀の瞳がじっとグラキエを映して、しばらくするとホッとしたような微笑みが浮かんだ。
 引き寄せられるように伸ばした指先が頬に触れると、少しだけ赤く色付く。唇に触れると喰むような仕草をする。顔を近づけると、琥珀色が瞼の向こうに消えて――

「ゴホンッ」

 テネスのわざとらしい咳払いが響いた瞬間、腕の中の番はさっと逃げていく。恨めしく思いながら水を差した教育係を見るけれど、逆に片眉を上げて睨まれてしまった。
「周囲に人がおりますゆえ。お忘れなきよう」
「……ごめんなさい」
 ひどく落ち込んだ様子で謝罪するラズリウ王子の声に、今度はテネスが飛び上がった。
「い、いえ、その、お分かり頂ければそれで……」
 まるでシーナに怒られた時のような狼狽ぶりだ。先の騒ぎがあるせいか、いつも以上に肩を落とす姿に慌てているらしい。
 けれどラズリウ王子は表情を固くしていく。どこか思い詰めたような雰囲気に、思わず手を伸ばしたけれど。
「……あの男達の言うとおりなんです」
「はい?」
 ぽつりと聞こえた声に、伸ばしかけた手が止まった。
 
 不思議そうな声音で返事をするテネスに、ラズリウ王子は真っ直ぐに視線を向ける。もう黙ってはいられない――そう腹を括ったのだろう。
 あれだけ知られる事を恐れていたのに。僅かに震えている手と、意を決してなお不安に揺れる瞳が痛々しい。
「僕が身を許したのはグラキエ王子だけではないんです。婚約の前、離宮で……その、武勲をあげた者との子供を作るために、何人も身を重ねて……」
 何も知らない人間からすれば、耳を疑うような話。
 予想に違わず場の空気が一気に重たくなる。沈黙が積もる部屋の空気を震わせたのは、ずっと黙っていたスルトフェンだった。
「なんだそれ!? ちょっと待て、どういう事だラズ!!」
「急に割って入るな馬鹿!」
 沈黙が限界に達したらしいラズリウ王子の幼馴染がづかづかと近づいてくる。けれど横からアスルヤが魔法で制して元の場所へ押し返していく。
 少し遠くで繰り広げられる鍔迫り合いを嗜める余裕のある人間は、この場にはいなかった。
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