39 / 79
第三章 新しい自分
3-5
しおりを挟む
真夏の陽ざしは、朝から容赦なく私に降り注ぐ。
半袖から突き出た二の腕がジリジリと痛い。ああ、この狭い庭に蝉が何匹いるのよ?
今年は昨年よりも暑いから蝉が大量発生した年だっけ?
……、えっと、あれ?
首相交代、って何年、だっけ。
後そろそろ大規模な詐欺事件があって、それは今年? 来年?
洗濯物を持ったまま考え事をしている私の頬にピチャリと雫があたる。
「焦げるよ、紅」
声の主は花壇の水撒きをしている碧だ。
去年のようにホースでかけられたわけじゃなさそうだ。
「あ、おはよ」
我に返って目先の洗濯物を干す、という仕事に取り掛かる。
「昨日、遅かったから疲れてるんじゃないの?」
「……見てたんなら助けなさいよ」
家の前まで送ってくれた宵にキスされかけて突き飛ばして逃げた。
「うん、紅なら大丈夫かな? って」
「結果大丈夫だったけれど、危ないかなって思ったら助けてよね!!」
むうっと口を尖らす私に碧はただ口角だけをあげて笑っている。
「今日は保育園行く?」
「ううん、子供たちの人数が少ないから大丈夫って。帰省シーズンでしょ、だから」
「そっか、ならさメロン食べる?」
「メロン?」
甘くてジュージーで丸くて美味しいあのメロンのこと!?
「食べたいっ!!」
口の中がもうメロンになってる。
「わかった、切って持ってく。あ、家の方がいい? 紅の家でもいい?」
「碧の家じゃ、おばさん疲れちゃわない?」
「ああ、うん、入院したんだ、昨日。その見舞い品がメロンだった」
……、また、入院しちゃったんだ。
なのに『何でもない、いつものようなこと』みたいな顔をして、碧は軽やかに微笑んでいるんだもの。
だから、碧の気持ちが見えなくて、いつもわからなくなるんだ。
結局メロンは家で食べることになった。
相変わらず玄関ではなく垣根を越えてくる碧にも慣れた。
そういえば前の十年には、こんな風に頻繁にお互いの家を行き来することはなかった、ような?
「どうしたの? 美味しくない?」
また考え事を初めてスプーンを止めてしまった私に碧が首を傾げた。
「ううん、違うの、メロンは美味しいんだけれど」
「ん? 他に何かあるの?」
「ある、というか……、ねえ碧」
「うん?」
「私の記憶が最近曖昧なんだよね、どうしてだろう?」
十年前に体験したことをおぼろげには思い出せていても、それが何月何日に起きたか、だけではなくて、年数までも忘れていたり。
あれ? こんな出来事あったっけ? とそれ自体を忘れていることもあるのだ。
最も私が思い出しそれを利用しようとしないようにと、テストの内容を変えたように、世界は少しずつ変えられているのかもしれないのだろうか。
なんだか不思議な違和感をここ最近よく感じていた。
「記憶が曖昧? どんな風に?」
「……簡単にいうと、忘れてしまっていることが多くなってる、気がする」
「まあ、そうなるよ」
「へ?」
「忘れ始めているんだよ、少しずつね」
「どうして!?」
「パラレルワールドって聞いたこと、ある?」
それは知っている、と頷いた。
違う世界線にあるこことソックリな場所のこと。
「この世界は、自分が知っているようで全く違う世界だと思った方がいい。そして紅が記憶している世界はもう一個の世界で、その記憶は今の紅には必要ないものだから消えていく、と」
久々に気が付いたのは難しすぎる話に自分がついて行けてなくて、痛いほど耳たぶを引っ張っていることだった。
「全くの別世界、なの?」
「全くってわけでもないけれど、まあ世界を大きく変えない程度には違うかも、ね」
含みのある言い方をする碧を見た。
碧はきっと全部覚えているのかもしれない、否覚えているのだろう。
半袖から突き出た二の腕がジリジリと痛い。ああ、この狭い庭に蝉が何匹いるのよ?
今年は昨年よりも暑いから蝉が大量発生した年だっけ?
……、えっと、あれ?
首相交代、って何年、だっけ。
後そろそろ大規模な詐欺事件があって、それは今年? 来年?
洗濯物を持ったまま考え事をしている私の頬にピチャリと雫があたる。
「焦げるよ、紅」
声の主は花壇の水撒きをしている碧だ。
去年のようにホースでかけられたわけじゃなさそうだ。
「あ、おはよ」
我に返って目先の洗濯物を干す、という仕事に取り掛かる。
「昨日、遅かったから疲れてるんじゃないの?」
「……見てたんなら助けなさいよ」
家の前まで送ってくれた宵にキスされかけて突き飛ばして逃げた。
「うん、紅なら大丈夫かな? って」
「結果大丈夫だったけれど、危ないかなって思ったら助けてよね!!」
むうっと口を尖らす私に碧はただ口角だけをあげて笑っている。
「今日は保育園行く?」
「ううん、子供たちの人数が少ないから大丈夫って。帰省シーズンでしょ、だから」
「そっか、ならさメロン食べる?」
「メロン?」
甘くてジュージーで丸くて美味しいあのメロンのこと!?
「食べたいっ!!」
口の中がもうメロンになってる。
「わかった、切って持ってく。あ、家の方がいい? 紅の家でもいい?」
「碧の家じゃ、おばさん疲れちゃわない?」
「ああ、うん、入院したんだ、昨日。その見舞い品がメロンだった」
……、また、入院しちゃったんだ。
なのに『何でもない、いつものようなこと』みたいな顔をして、碧は軽やかに微笑んでいるんだもの。
だから、碧の気持ちが見えなくて、いつもわからなくなるんだ。
結局メロンは家で食べることになった。
相変わらず玄関ではなく垣根を越えてくる碧にも慣れた。
そういえば前の十年には、こんな風に頻繁にお互いの家を行き来することはなかった、ような?
「どうしたの? 美味しくない?」
また考え事を初めてスプーンを止めてしまった私に碧が首を傾げた。
「ううん、違うの、メロンは美味しいんだけれど」
「ん? 他に何かあるの?」
「ある、というか……、ねえ碧」
「うん?」
「私の記憶が最近曖昧なんだよね、どうしてだろう?」
十年前に体験したことをおぼろげには思い出せていても、それが何月何日に起きたか、だけではなくて、年数までも忘れていたり。
あれ? こんな出来事あったっけ? とそれ自体を忘れていることもあるのだ。
最も私が思い出しそれを利用しようとしないようにと、テストの内容を変えたように、世界は少しずつ変えられているのかもしれないのだろうか。
なんだか不思議な違和感をここ最近よく感じていた。
「記憶が曖昧? どんな風に?」
「……簡単にいうと、忘れてしまっていることが多くなってる、気がする」
「まあ、そうなるよ」
「へ?」
「忘れ始めているんだよ、少しずつね」
「どうして!?」
「パラレルワールドって聞いたこと、ある?」
それは知っている、と頷いた。
違う世界線にあるこことソックリな場所のこと。
「この世界は、自分が知っているようで全く違う世界だと思った方がいい。そして紅が記憶している世界はもう一個の世界で、その記憶は今の紅には必要ないものだから消えていく、と」
久々に気が付いたのは難しすぎる話に自分がついて行けてなくて、痛いほど耳たぶを引っ張っていることだった。
「全くの別世界、なの?」
「全くってわけでもないけれど、まあ世界を大きく変えない程度には違うかも、ね」
含みのある言い方をする碧を見た。
碧はきっと全部覚えているのかもしれない、否覚えているのだろう。
40
あなたにおすすめの小説
『Dystopia 25』 ~楽園~
シルヴァ・レイシオン
SF
閉鎖された大きくて深い、密林のジャングル奥地。
その空間の中心には、秘密裏に作られた大きな集落『コロニア』
そこに今では万に近い数の人類が住み、独自世界の発展を継げていた。
「衣」 「食」 「住」
全てが「配給・配備」され、なに不自由が無い楽園のような生活が確保されている。
人類が主権による争い、天災や厄災による不幸も無く、貧困や差別も無い平和が約束されたこの世界の未来は、どうなっていくのだろうか。
その先に、本当の「人間」が浮き彫りになっていく・・・・・・
25階の残響(レゾナンス)
空木 輝斗
ミステリー
夜の研究都市にそびえる高層塔《アークライン・タワー》。
25年前の事故以来、存在しないはずの“25階”の噂が流れていた。
篠原悠は、亡き父が関わった最終プロジェクト《TIME-LAB 25》の真実を確かめるため、友人の高梨誠と共に塔へと向かう。
だが、エレベーターのパネルには存在しない“25”のボタンが光り、世界は静かに瞬きをする。
彼らが辿り着いたのは、時間が反転する無人の廊下――
そして、その中心に眠る「α-Layer Project」。
やがて目を覚ますのは、25年前に失われた研究者たちの記録、そして彼ら自身の過去。
父が遺した装置《RECON-25》が再起動し、“観測者”としての悠の時間が動き出す。
過去・現在・未来・虚数・零点――
五つの時間層を越えて、失われた“記録”が再び共鳴を始める。
「――25階の扉は、あと四つ。
次に見るのは、“未来”の残響だ。」
記録と記憶が交錯する、時間SFサスペンス。
誰もたどり着けなかった“25階”で、世界の因果が音を立てて共鳴する――。
娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る
ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。
異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。
一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。
娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。
そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。
異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。
娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。
そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。
3人と1匹の冒険が、今始まる。
※小説家になろうでも投稿しています
※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!
よろしくお願いします!
【読切短編】処刑前夜、地下牢に現れた王女は言った。「お前でなければ駄目なんだ」滅びの未来を覆す、騎士との契約
Lihito
ファンタジー
王国騎士団の副長ヴェルドは、無実の罪で投獄され、明日処刑される運命にあった。
腐敗した国に絶望し、静かに死を待つ夜。
地下牢に現れたのは、実権を持たない「傀儡」と噂されるイゾルデ王女。
彼女はヴェルドに仮死毒を渡し、こう告げた。
「死んで、私の影になれ」
彼女は知っていた。
この国が三年後に滅ぶこと。誰が裏切り者か。
そして——ヴェルドこそが、国を救うための唯一の「切り札」であることを。
これは、滅びの未来を知る孤独な王女と、一度死んで生まれ変わった騎士が、裏から国を救う「共犯」の物語。
アロマおたくは銀鷹卿の羽根の中。~召喚されたらいきなり血みどろになったけど、知識を生かして楽しく暮らします!
古森真朝
ファンタジー
大学生の理咲(りさ)はある日、同期生・星蘭(せいら)の巻き添えで異世界に転移させられる。その際の着地にミスって頭を打ち、いきなり流血沙汰という散々な目に遭った……が、その場に居合わせた騎士・ノルベルトに助けられ、どうにか事なきを得る。
怪我をした理咲の行動にいたく感心したという彼は、若くして近衛騎士隊を任される通称『銀鷹卿』。長身でガタイが良い上に銀髪蒼眼、整った容姿ながらやたらと威圧感のある彼だが、実は仲間想いで少々不器用、ついでに万年肩凝り頭痛持ちという、微笑ましい一面も持っていた。
世話になったお礼に、理咲の持ち込んだ趣味グッズでアロマテラピーをしたところ、何故か立ちどころに不調が癒えてしまう。その後に試したノルベルトの部下たちも同様で、ここに来て『じゃない方』の召喚者と思われた理咲の特技が判明することに。
『この世界、アロマテラピーがめっっっっちゃ効くんだけど!?!』
趣味で極めた一芸は、異世界での活路を切り開けるのか。ついでに何かと手を貸してくれつつ、そこそこ付き合いの長い知人たちもびっくりの溺愛を見せるノルベルトの想いは伝わるのか。その背景で渦巻く、王宮を巻き込んだ陰謀の行方は?
爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。
秋田ノ介
ファンタジー
88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。
異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。
その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。
飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。
完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。
転生少女の暇つぶし
叶 望
ファンタジー
水面に泡が浮上するように覚醒する。どうやら異世界の知識を持ったまま転生したらしい。
世界観や様々な物は知識として持っているものの、前世を生きていたはずの記憶はこれっぽっちも残っていない。
リズレット・レスターはレスター辺境伯爵家の長女だ。異世界の知識を持つリズレットは娯楽がろくにない世界で暇を持て余していた。
赤子なので当然ではあるもののそれは長い時間との戦いだ。時間を有意義に楽しく過ごしたい。その思いがリズレットを突き動かす原点となった。
※他サイトにも投稿しています。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる