約束の未来~Re:set~

東 里胡

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第三章 新しい自分

3-15

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◇◇◇

「遠慮しないで」

 そう笑った母に向かって私は酷く苛立っていた。
 遠慮するなと言われたって、するに決まっているだろう。
 いつだって貧乏なんだもの、それなのに大学にすすめと?
 裁判官になるための法科大学や大学院の費用がどれくらいか知ってる?
 安くても年間百万以上かかるのよ?!
 それを容易く、家のことは気にしないで、遠慮はするな?

「迷惑かけるつもりないし」
「え?」
「高校生のうちに予備試験に合格するつもり、大学には進学しない」
「ねえ、でもそれってとっても難しいことなんじゃ……、お母さんはよくわからないけれど」
「わかんないなら黙ってて? お母さん、何も知らないじゃん? いつもそうやって難しいことはわからないって、調べる気もないんじゃない? そんなんでよく娘の進路にとやかく言えるよね?」

 傷ついたように黙ってしまった母に追い打ちをかける。

「私、嫌なのね、お母さんの仕事」
「え?」
「夜遅くまで仕事して、給料だって安いし労働に見合ってない。いつも疲れた顔をして、それで必死に私を育ててます、みたいな。私だって、こんな環境に生まれたくなんかなかった。自分の育ってる環境がどんなんで、それ計算しながら将来の心配しなきゃならない家の子になんて生まれたくなかった」

 母は泣いているように笑っていた。

「ご飯、作るね」

 背を向けた時、本当に泣いているのがわかって。

「いらない、食べたくないから」

 母を泣かせた罪悪感から、そう言い捨てて逃げた。
 本当のこと、だもん。
 私は母みたいにはなりたくないから、だから裁判官を目指すんだ。
 裁判官になればきっと今みたいな生活からは脱却できる、なりたい理由なんかそれだけだった。

◇◇◇

「あの、ね」
「ん?」
「私、さ、裁判官にならなくてもいいかな?」
「え?」

 振り返った母が目を丸くして驚いてる。

「どうして? やっぱり遠慮してるの?」

 丁度チーンとレンジの音が響きチャーハンの良い匂いが漂ってきた。
 母はそれを二人分に分けてくれて、ササッと作ってくれたスープと共にテーブルに置いて。

「さっきも言ったけどお母さん少しは貯蓄だってしてきたし」
「そうじゃないんだ、そういうのじゃ」

 いただきます、と手を合わせ質素だけど、懐かしい母のメニューを味わう。
 忙しい時はこういうのばっかりだった、最近は私が作ってたからこれよりほんの少しはマシだったけれど。
 うん、久々にこれはこれでありかも。

「なりたいものが、他にもあって」

 ぼんやりと、だけど、ここのところずっとそれが頭に浮かんでた。

「なに? いいよ? 紅の将来だもの、紅の好きな道を選んで」
「……に、」
「え?」
「……保育士になろうかと思ってる」

 カチャンと大きな音がして目の前の母を見たら、手に持っていたスプーンを床に落とした音だった。

「やだ、もう、何してんの?」

 拾ってあげようとしたら、母がそれに気づき慌てて拾い上げて。

「だって、紅が変なこと言うから」
「何よ、変なことって……、保育士、私には難しい?」
「ううん、全然……紅には、あってる、うん」

 そう言って母はスプーンを洗いにキッチンへと立ち上がり。

「ま、まだ、二年あるしね、気が変わったらゴメンだけど」
「そうね、うん、そうだね」

 微笑んだ母が泣いているのを見た。
 あの時の悲しそうな涙じゃない、多分、嬉し涙に私は見えた。
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