約束の未来~Re:set~

東 里胡

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第四章 許されないことだとしても

4-5

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 今の母の年齢から逆算すると、それは私を身ごもる一年ほど前になるのだろうか。
 祖母が病で倒れ、亡くなってから二年年、一人暮らしにも慣れた頃だったそう。
 その日は早帰り、珍しく夕暮れ時に家路についた母が、洗濯物を取り入れようと庭先で見たのは、赤い髪の男の人だった。
 酷くやつれた顔、髭はぼうぼうで、一体いつからお風呂に入ってないんだろうというほど汚い身なりのその人は、縁側に頭をもたれるようにして倒れていたそうだ。
 見ず知らずの男の人がこんなところで倒れているなんて、と一瞬通報することも頭に過ったけれど、夕日に光る赤い髪を見てしまったら、自分を助けてくれたあの人なんじゃないか。
 そう思った母は、その人に声をかけたそうだ。

「大丈夫ですか?」

 肩を叩かれ、ボンヤリと目を開いた彼は母を見て微笑み、それから一粒涙を流したらしい。
 意識のあることを知った母はすぐに彼に食料を与え、動けるようになると風呂をすすめた。
 自分の名前も何も話さない赤い髪の男は、どうにも胡散臭くはあったけれど、どうしても通報する気にはならなかった。
 小さい頃寂しかった自分とずっと遊んでくれた少年の髪色は赤。
 そして、電車の事故から助けてくれた赤い髪の人。
 庭で倒れてた赤い髪の彼の微笑んだ顔で、母は確信したそうだ。
『大丈夫か? 無事か?』あの、微笑みだった。
 自分の命の恩人だ、と。
 最初は何も話さなかった彼がやっと口を開いたのはそれから一週間後。
 記憶も名前もない、今までどこでどう過ごしてきたのかもわからない、と不安気に俯いてしまったそうだ。

「だったら、ずっとここにいて下さい。ゆっくりしていって下さいね」

 母が微笑んだのは言うまでもないだろう。

「つくづく……」
「なあに?」
「お人よしだよ、お母さん! 普通は危ない人がいたら通報しない?」
「え? だって、あの人だってすぐにわかったんだもの、まあ記憶が無くなってたから私を助けてくれたのも覚えてなかったけれど。それに危なくなんかないよ? 優しい目をしてたのよ? お父さん」

 ……この先詐欺にでも合わないか本当に心配になる、この母のこと。

「私が働いてお父さんが家のことをしてくれた。ボロボロで雨漏りも酷かったこの家を直してくれたのもお父さん。庭に花壇を作ってくれたのもお父さんなのよ」

 今は夜だし縁側にはカーテンと雨戸が閉められていて、花壇は見えないけれど。
 小さい頃から色とりどりの花を咲かせていた見慣れた花壇、あれを作ったのが父だったとは知らなかった。

 記憶がない、戸籍がないのは、父が時空界から追放されたからだろう。
 その理由はきっと母の命を助けたことだ。
 追放されてすぐに母と再会できたのか、それとももしかしたら何年もかかったのかはわからないけれど、父もまた母に会いたかったんじゃないだろうか。
 小さい頃に母と遊んだのは父だった、私もそう思える。
 父もまた母のことがずっと好きだったんじゃないか? と。
 結婚するにしたって、戸籍がなければどうしようもない。
 だから私の戸籍には母しかいない。
 ようやく知った事実にいつの日か母を恨んだことを悔いた。
 私の母は、こういう優しい人だということを、知っていたはずなのに……ごめんなさい。

「翌年、紅が生まれたの。幸せだったよ、私もお父さんも」

 お父さんは私をとても可愛がっていたこと。
 目に入れても痛くない、ってこういうことを言うのかというほど、私を愛してくれていたらしい。
 ただ、自分の左肩にある痣が、私にもあることだけを無性に気にかけていたらしい。
 お母さんは、親子だもの、似ていたって不思議じゃないでしょ、と笑ったら、お父さんも、そうか、と仕方なさそうに笑っていたと。
 自分が時空界で赤の種族と呼ばれていた記憶が残っていなくても、その赤い痣は娘に不吉な災いを呼び寄せる。
 父はそんな気がしていたのではないだろうか。
 私を生んで三ヶ月で職場に復帰した母に代わり、父が私を育ててくれたそうだ。
 とても仲良し父娘で、どちらが母親かわからない状態に母は嫉妬もしたらしい。





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